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2章 新生活スタート
55 優しいひと(side グリム)
しおりを挟む「あ~、終わった終わった。模擬とはいえ、疲れるよな」
「あぁ、そうだな」
「この試験、結果が当日に分かるってのも怖いよな…優秀者誰になるかなあ」
模擬試験が終わって、軽口で盛り上がるクラスメイトたち。
とは言っても、錆色の彼はいつも通りクールな対応をしている。
そんな彼の優しげな眼差しを思い出すと、心臓の奥底がギュッと切なく絞られるようだった。
彼と交流できた回数は多くはなかった。
だが、そんな少ない会話の中からも彼はヒントを得て、自分の正体を見破ったのだから末恐ろしい。
(魔王だと名乗る瞬間は汗が止まらなかったなぁ…だって、いくらカンザキでもあんなにすんなりと受け入れてくれるとは思ってなかったから)
彼はオレの身の上話を聞いた上で、異世界から来たと明かしてくれた。
しかも、それはオレとカンザキ2人だけの秘密。
「んふふぅ」
「…」
隣に座るザックに白い目で見られた気もするが、気にしていない。
この喜びに比べれば、些細な事だ。
(復活した時は、こんなに生きることが楽しくなるとは思わなかったなぁ)
……そうだ、今でこそこの安泰を手に入れているが、目を覚ました時は酷かったんだ。
魔王は、暗闇に横たわっていた。
墓のように周りを埋められ、出入り口が塞がれていた洞窟内は、真っ暗で冷え切っていた。
「どこ…ここ」
痛む全身を無理矢理に動かして、あたりを見回す。
魔王は特化した属性はあるものの、一応全属性を使用することができる。
指に火を灯し、あたりを細い火で照らすと、悍ましい光景が広がっていた。
封印の儀か何かが行われたのであろう。描き連ねられた魔法陣や、周辺に落ちている夥しい数のナイフや染みがそれを証明している。
だが、それは何に対して施された封印なのか?
当時記憶を失っていた魔王は自分に向けられたものだとは、直ぐに理解出来なかった。
封印は既に術者が死に絶えた事で解けていたようで、そこには魔力の残滓しか感じられない。
ということは、封印は今、無効になっているはず。
(ここにいるのは自分だけ、そして、この空間は塞がれたまま…)
冷静になって考えてみるとこの状況の意味が一つの事実を指し示していた。
その意味を理解して、魔王は声を上げて泣いた。
自分は封印されるような事をしでかしたのか、この全身の痛みは自分の生み出した生命によって刻まれたのか。
魔王は、生来優しい性質だった。
この様な状況になっても、魔族を恨む事をせず、自戒の念を抱いて洞窟を脱した。
そして、比較的中立と呼ばれるこの学院に腰を落ち着けたのだ。
木属性の剣技クラス所属の"グリム"として。
学院に入学してからは、自分の身に何が起きたのかを理解するために、魔王部に入部した。
だが、掘り返せば出てくるのは悪辣な過去ばかり。
(オレ、もう使徒の魔人とは名乗れないかも…しれないなぁ)
そう思って落胆していたところに、カンザキという光が差し込んだ。
彼は異世界から来たと言っていたから、魔王がどの様な悪行をしたのか、知らないのかもしれない。
でも、今の自分にはその無知な優しさも嬉しかった。
仄暗い過去に蓋をして、彼と友人になろう。
「では、模擬試験の結果を返します…このクラスから、座学、実技でそれぞれ1人ずつ優秀者が出ました」
担任のハイルが少し綻んだ表情を浮かべ、カンザキを見る。
(まさか…カンザキって、異世界から来たんじゃ)
「おめでとう、カンザキ君。魔獣学では、満点の解答でした…他の科目はさておき、編入してから努力されたんですね」
「…はい、ありがとうございます」
(え、魔獣学…?)
魔獣学、ということは、使徒の魔人の話も必ず関わってくる。
それに、あの試験問題は暴走の果てに封印された魔王として、自分の過去の行いが詳細に書かれていたのに…
(それなのに、オレを学院の生徒の"グリム"として、あの優しげな眼差しで見つめてくれたの?)
カンザキの奥に潜む、泥沼のように底知れぬ優しさに、身を震わせた。
(彼なら、オレをこの暗闇から引き上げてくれるかも知れない…)
その苦しいほどの優しさに身を焼かれたい、そう願わずにはいられなかった。
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