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2章 新生活スタート

51 ハプニング

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今日はセシルさんが教鞭をとる魔獣学の特別講義だ。

扉がうっすらと空いている教室に入ると、何かの本を熟読するセシルさんが見えた。
教室に入ってきた俺には全く気が付いていない。

前にも一度あったことだが、セシルさんは集中していると周りの音が入って来なくなるタイプらしい。

…なんだか危なっかしくて心配になるな。


「セシルさん」

「……」


だ、駄目だ…声を掛けても反応しないなんて。

驚かせたいわけでもないから、気が付くまで待ってみようか。
いや待てよ、集中が切れて目の前を見たら俺が居るって状況の方が驚くか。

俺だったら飛び上がるくらい驚く気がする。

(そうだ、もうちょっと近寄って声を掛けてみるか。)

意を決して、セシルさんに近寄る。

…まだ気が付かない。


(かなりの集中力だな…俺に気が付いてもらう方が難題なんじゃないか?)

美しい銀髪がサラリと風に靡いている様を観察しながら、左脇まで近寄ってかがみ、耳元で呼びかけてみる。


「…セシルさん」

「わぁっ!!??」


セシルさんが予想以上に驚いてしまい、耳を押さえて後退ろうとする。

お分かりだろうが、椅子に四方の背もたれはないし、この世界の椅子には後退するためのキャスターも存在しない。

つまり…

セシルさんはバランスを崩して椅子から転げ落ちた。


「っ危ない!」


慌ててその後頭部に手を回し、背を支えた。
が、非力な身体の俺は成人男性の体重を支えられず、結局2人仲良く床に倒れ込んでしまった。


ドサッ!


「痛っ…大丈夫ですか。」

「うん、お陰様…でっ?!」


セシルさんが目を見開いたかと思うと、俺の顔を凝視してくる。

その虹彩が光を受けて煌めく様まで見えるほど近……あ。


「なんかすみません」


王道の展開で、セシルさんを組み敷いている状況に気が付く。

俺が慌てたのは言うまでもない。
セシルさんはこの美しさで、グリフォンが赤子を運んでくると説明する程のピュアなのだ。

チラッと様子を窺うと、案の定。

蒸気が立ち上って"ふしゅ~"という音がしそうなほど、顔を上気させている。

…セシルさんには悪いが、リンゴのように耳まで真っ赤になった姿は、かなり面白い。

(って、不味い…面白がっている場合じゃないだろう俺!)

ニヤけた表情になっていなかっただろうか…営業時代の表情管理スキルが生きていることを祈るのみだ。

取り繕うように心配そうな表情を作って、セシルさんに呼び掛ける。


「セシルさん、お怪我はないですか」

「だ、だ、大丈夫だから退いてほしい…です」

「もしかしたら頭を打ったかもしれません…触っても?」

「え、え?!…っ」


セシルさんの控えめな抵抗をそっと制止し、後頭部と床の隙間に掌を滑り込ませた。

マーナを撫でる時と同様に、軽く髪を梳き、刺激のないよう優しく後頭部に触れる。

ピクリ、と肩を揺らした銀髪の麗人は、状況をいまいち把握できていないらしい。
大きな瞳を白黒させている。

(あれ、セシルさん…もしかしてキャパオーバーになってる?)


「ふぁ、」

「特に怪我はなさそうですね、立てますか?」

「っ、う…はい」


すごすごと俺の手を掴んだセシルさんは、立ち上がったところで予想外の呟きを残して椅子に逆戻りしてしまった。


「どうしよう、もう婿に行けない…」

「は?!」


(突然耳がおかしくなったのかと思った)


その言い回しってこの世界にもあるんだ…じゃなくて、話が突拍子もない。


「え、セシルさん?私、何か不味いことをしましたか?」

「いや、そうじゃないんだ…僕の問題だから。」


どこか憂いを含んだ吐息をフゥ、と吐き出すセシルさん。
何かを言いたそうにしながら、声に出せずまごついている。

優秀者特典、絶対獲得!という意気込みで魔獣学を学びに来たのだけど…。


(セシルさんがこの状態では…身から出た錆だが、この状況ってどうすればいいんだ?)


兎にも角にも、完全に調子が狂ってしまったセシルさんが再起動するのを待つしかない。


「セシルさん、よほどパーソナルスペースが広いんだな…」


マーナが聞いていたら尻尾でビシッ!と激しいツッコミをいただきそうな勘違いをしているとは、全く思いもよらなかった。




数分後、少し落ち着きを取り戻したセシルさんは俺と顔を合わせずに話し出す。

まだ緊張は取れないらしい。


「じ、じゃあ…気を取り直して、はじめよう。今日は野生の魔獣について学んでいこうね」


ぎこちない動作で教科書を捲る手。

所在なさげに彷徨わせていた視線を俺に移すと、顔を赤くしてそっぽを向く。

そんな動作を5分に一回を挟みながら進んだ授業は、いつもよりも時間を要してしまった。

(はぁ…セシルさんへの接し方、今後は気を付けなきゃいけないな)

もはやロボットのようになってしまったセシルさんを気の毒に思いつつ、俺は試験対策に没頭していった。


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