48 / 68
2章 新生活スタート
44 山あり谷あり
しおりを挟むなにかに押し潰されるような感覚。
しっとりと触れる感触は温かくて、ふわりと柔らかい。
蒸した小豆のような甘く懐かしい香りが鼻を掠める。
この香り…「饅頭?」
視界いっぱいに広がる地元名産の白い温泉饅頭。
特大饅頭を前に、日本に戻れたのかと考え始めた瞬間、ここ数日で慣れ親しんだ低い声が耳元で呟いた。
「マンジュウ…?」
「…あれ」
開き切らない瞼をこじ開けると、訝しげなマーナがぼやけた視界に映る。
しかしながら、耳はピコピコと嬉しそうに動かしているから上機嫌ではあるらしい。
「朝だぞ」
何故かマーナの胸元で、頭をホールドされていた。
筋肉質だが、力が入っていないので柔らかい胸の感触。銀糸のような艶やかな髪が肌の上を滑って落ちた。
…柔らかい饅頭って、これか。
「見事に寝惚けているな、カンザキ」
「…おはよう」
「寝言とは珍しい。して、マンジュウとはなんだ」
「う…聞き間違いじゃないか?」
眠い目を擦りながら起き上がると、マーナも後をついてベッドを出る。
マンジュウ、マンジュウと連呼しているマーナは放置して、朝ご飯の支度を始める。
説明を求められても困る。
ありもしない特大饅頭を夢に見てました、なんて普通に日本でも隠し通す。
(…自分が思っていた以上に、日本に帰りたい気持ちが強かったのか)
「そういえば、昨日はよく眠れたか?私が添い寝してやったのだ、さぞ夢見は良かったろう」
「変な夢見たのはそれのせいか…」
温泉饅頭で地元を思い出してしまって、ちょっぴりホームシックだ。
こちらの生活様式や学校も少しは慣れてはきたけど、やっぱり食文化は一向に慣れない。
醤油とか味噌とか小豆とか…そういった舌に馴染んだ味が食べられないんだ。
あれだけでもこっちの世界にあれば、ここを100倍楽しめるのに。
「…今日は早く帰って来れるのか?」
「お昼にグリフと話してこようかなと思ってる…今後のことについて。その後は薬学の特別授業があるんだ。」
マーナは返事でもするかのように緩く尻尾を振ると、服を着替え始めた。
マーナの身体はいつ見ても惚れ惚れとする。
鍛え抜かれた肉体と、頭の上の耳がアンバランスなのも魅力だ。
何をするでもなくボーッとマーナを見ていると、視線が混じり合った。
瞬間、ふと思いついたように手を止めて、控えめに俺の腕に擦り寄る。
「そんなに見るな…見るくらいなら、撫でてくれ」
「はいはい、わかったよ」
マーナはその言葉を聞くと、足取り軽く家を出て行った。
創世の聖獣とあろう者が、撫でで機嫌を左右されていいのか…
なんて今更ながら思ってしまったのは、心のうちに秘めておく事にした。
剣技クラスに着くや否や、結構な衝撃が襲ってきた。
何事かと発生源を探ると、ユルいウェーブが掛かった緑の塊が思いっきり抱きついているのが見える。
「カーンッザキ!おはよぉ」
「グリム、痛い」
「えへ、ごめぇん」
グリムは何が楽しいのか、ニヘニヘと笑いながら俺にもたれ掛かってくる。
初対面の時のあのニンマリ顔よりも大分接しやすくなったが、相変わらず何を考えているかは不明だ。
「…カンザキ、グリムとそんなに仲良かったか?」
「?ユージン、おはよう。まぁ、この前ちょっとな」
「とっても仲良しになったよぉ!」
いつの間にか背後に立っていたユージンの声色は、いつになく堅い。
グリムが煽るような声色でユージンに話しかけていることろを見ると、何やらマウントを取っているらしい。何のだ。
すると、次はユージンが俺の耳にそっと触れてくる。その面持ちは、妙に真剣だ。
「…カンザキ、ピアスつけてくれたんだな」
「ああ、ありがとう。心なしか体が軽い(…かも)」
「ピアスゥ?」
昨日は特に何も言ってこなかったのに、改めてピアスのことについて言及される。
そうするとグリムは顔をぐいっと近づけて俺の耳を観察し始めた。
あれ?今、俺の周りで何が起きてるんだ。
「ふぅん、ま、いいけどね」
少し観察したあと、グリムはサッと踵を返して机に向かっていった。
…鼻で笑ったように聞こえたのは幻聴だったに違いない。
「何なんだあれ…おい、ユージン?ユージン!」
「っ、なんか言った?」
「いや、そろそろ授業始まるぞ」
「ごめん…ボーッとしてた」
グリムの去った方をじっと見つめていたユージンは、俺の声に肩を揺らし、慌てて移動し始めた。
この前の休校日は俺が上の空だって拗ねてた癖に。
(何なんだ、本当に…)
そんな些細な朝の一幕は、昼になれば俺の頭からすっぽりと抜け落ちてしまった。
…ユージンと言う一人の人間の心に、確かな歪みを生んだことにも気が付かぬまま。
************
更新を再開するにあたり、表記揺れなどを改稿しました。
もしお時間あれば過去から読み返していただけますと、よりお楽しみいただけると存じます。
5
お気に入りに追加
675
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

俺の義兄弟が凄いんだが
kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・
初投稿です。感想などお待ちしています。

悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい
椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。
その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。
婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!!
婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。
攻めズ
ノーマルなクール王子
ドMぶりっ子
ドS従者
×
Sムーブに悩むツッコミぼっち受け
作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。

風紀“副”委員長はギリギリモブです
柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。
俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。
そう、“副”だ。あくまでも“副”。
だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに!
BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。
私の事を調べないで!
さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と
桜華の白龍としての姿をもつ
咲夜 バレないように過ごすが
転校生が来てから騒がしくなり
みんなが私の事を調べだして…
表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓
https://picrew.me/image_maker/625951

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

BlueRose
雨衣
BL
学園の人気者が集まる生徒会
しかし、その会計である直紘は前髪が長くメガネをかけており、あまり目立つとは言えない容姿をしていた。
その直紘には色々なウワサがあり…?
アンチ王道気味です。
加筆&修正しました。
話思いついたら追加します。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる