残業リーマンの異世界休暇

はちのす

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2章 新生活スタート

39 タトゥー

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***********

休校日2日目。

昨日帰った後、マーナにピアスのことをそれはもうしつこ~~~く聞かれた。

"何故持たざる者の俺に態々魔力付加したのか"って具合だ。

マーナや先生方くらいになると魔力がないだろうことは雰囲気でわかるらしい。

逆にそれが独特の気配になっていたようで、
ログハウスに近づいた時点で中にいるマーナに警戒されたのだ。


「カンザキの事は私が守ってやるから、そんなものはいらん」


とか言い出す始末だ。
優しいのかなんなのか分からないな…

そんなこんなで昨日はマーナの機嫌を取るのが大変だったりした。

そのせいでちょっと寝不足だけど、今日はザックの小屋で一緒に食事をする予定があるから元気過ぎるくらいだ。

元の世界での宅飲みを思い出して、楽しみ過ぎてソワソワしてしまう。
なんなら昨日仕込みまでしてしまった。


「~♪」


「楽しそうだな」


「あ、マーナ。おはよう。今日はザックの家でお昼ご飯を食べることになった。夕方には帰ってくる。」


「…夕方からは、私のために時間を使えるんだな?」


「は?」


マーナはそこで言葉を区切ると、キッチンに立っている俺の背後からのしかかってきた。

筋肉の塊なので相当重い。


「マーナ!つ、潰れる!!!」


「…カンザキがいないと暇なんだ。」


肩にグリグリと頭を押しつけられる。

(もしや、拗ねてる…?)


「わ、わかった!夕方からは一緒に過ごそう!!」


「!そうか、ならいい」

マーナは尻尾をゆるりと揺らしながら、嬉しそうに耳をピコピコと動かした。


(ぐっ…かわいい…)


思わずその頭をひと撫ですると、機嫌を良くしたように俺から離れてソファに寝そべった。


「(気まぐれだなあ…)じゃあマーナ。留守番よろしく。」



いってらっしゃいの合図なのか、
マーナは尻尾を一度大きく振り上げた。


*****************


トテテテ…


ラビッツが俺の足元に駆け寄ってくる。

(ぐっ…!今日は可愛いを過剰摂取している気がする…)


「こいつも大分元気になったぞ。…そろそろ森に帰しても大丈夫だろ。」


ザックが慈愛の眼差しで毛玉を見る。
分かる、可愛いよな…愛着湧いちゃうよな…


「ザックが飼い続ける選択肢はないのか?」


「ああ、どうせ魔獣部で餌やりとかの管理はするからな。態々狭い部屋に閉じ込めたくねぇ。」


「そうか…」


ザックは、テーブルに広げた色とりどりのプレートを見て満足げに頷いた。


「気合が入り過ぎたかもしれねぇが、良い出来だな。」


「俺も凄く楽しみで昨日から仕込みしてきたよ。」


「っ、そ、そうかよ…ホラ、座れよ」


ザックは突然挙動不審になりながら着席を勧めてきた。

そこでふとザックの目線が俺の耳で止まる。


「カンザキ…ピアスなんてしてたか?」


「あぁ、昨日もらったんだ。」


「へぇ、特殊なやつっぽいな。」


「そうらしい。なんでも、基礎体力アップの魔術が込められてるらしい。」

(あと魔力詐称の幻惑もね…)


小さなアクセサリーに秘められた力を鼻高々に自慢すると、ザックの顔も緩んだ。


「ハハ…そりゃ便利だな。運気が上がるものがあれば、俺も欲しい。」


「運?あ、ユージンが買ってたぞ、それ。」


「ユージン…?お前、それユージンにもらったのか?」


「え、うん。」


え、なになに…突然しかめっ面になっちゃったけど、何かあったのか?

メチャクチャ高いとか?


「なら、俺からも何か…プ、プレゼントしたい。」


「は?どうしたんだ?」


「大した意味はねぇよ。ちょうど良いもんがあんだ。」


そう言うなりとサッサと席を立ってしまう。
オイオイ…みんなどうしたんだよ…プレゼントが流行りなのか??



「ホラ、これだ。」


「…!こ、これは…!」


「ラビッツの抜け毛で作ったマスコットだ。」


一瞬状況が理解できず、頭が真っ白になり掛けた。
この掌に収まるサイズの◯ルバニア的なモノをザックが作ったと言う。


(嘘だろ…)


器用とかそう言うんじゃなくて、



「…可愛いな、ザック」


「ハ?お、俺かよ」


「ありがとう、大切にする。」


「おう…このラビッツ、毛が大量に抜けるんだよ。」


大層嬉しそうなザックを見るに、恐らく誰かにプレゼントなんてしたことがないんだろう。

この年代の男の子で、友達に手芸品をプレゼントする奴はなかなか稀だ。

ザックには、是非このまま純真に育って欲しい。


「紐もついてるし、カバンにつけようかな。」


「あ、あんま見るなよ…もういいだろ」


今更ながら恥ずかしくなってきたのか、
ザックは慌てて水の入ったコップを手に取った。

その時、

ー パシャッ


慌て過ぎたザックが水を自分にぶちまけた。
薄手の白いシャツが水に濡れたことによって透けてしまう。


「ちょ、大丈夫か。すげえ濡れてるじゃ…っ!」


俺が驚いたのは、シャツの下にも、首と同じくタトゥーがビッシリと入っていた事だった。

筋肉質で引き締まった身体に、墨のような黒が刻まれている。


「結構濡れちまったな…どうした、カンザキ」


「あ、いや…別に。」


この前実技で見たのはタンクトップで隠れていたごく一部のタトゥーだったんだ。


「なあザック、それ、何の柄なんだ?」


「!!」


透けているとは思っていなかったのか、
ザックは慌てて手でタトゥーを隠した。

いや、メチャクチャ大胆に入れてるのに隠すのかよ。


「…何の柄でもねぇよ」


「隠しちゃうのか?カッコイイと思うけどな。」


「カッコイイ…?これがか?」


「ああ。強そうで良いと思う。」


…自分の語彙を呪いたくなってしまった。
強そうってなんだよ。
なんでも強い弱いで表現する風潮に乗せられてしまっている。


「そうか…

これは、ある意味呪いなんだ。」


ザックはどこかヤケになったように、嘲るような顔つきで喋り始める。


「え…(馬鹿俺!!!そんなこととは露知らず!!!)」


「ただ、そうだな。カンザキには教えてやるよ。」


ペラリと裾をまくり上げ、バキバキに割れた腹筋を晒してきた。


(こ、これが男の色気って奴か…!!)


どこまでも頓珍漢な思考回路の俺を誰か止めてくれ…



「この刻印は、魔獣と魔族のハーフの証だ。…普段は魔法で見えなくしてるんだが、気が緩んでいたみてぇだな」


「(あっ、それ俺が悪いんです!!!魔術無効化しちゃうから!!)…そうか。」


「そ、それだけか?」


「?あ、カッコイイな…特にこの辺り。」


横の腹のあたりに、ライオンの様な動物が刻まれていた。

言いながらその辺りを指でなぞると、ザックがビクッと身を痙攣らせた。


「っぅ…」


「あ、すまない。擽ったかったか。」


「…」


ザックは俺の問いには答えぬまま、少し顔を赤くして元の椅子に座ってしまった。

え?そんなに気に障った??

ザックはすっかり意気消沈して、ボソボソと独り言の様な呟きをこぼした。


「…さっきの話、お前だけが笑わなかった。」


「え?ハーフってやつか?」


「そうだ。他の奴らは決まって俺を笑った…下等な生き物だってな。」


それを聞いた俺は、さっきまでのギャグモードは何処へやら、腸が煮え返るような憤りを覚えた。

出自や環境は生まれる側が選択することは出来ないし、事情も知らない第三者が勝手に評価するようなことではない。
そもそも生物に上等下等なんていう概念は無いんだ。

それを笑われたり、下に見られたり、憐れまれたり…そういった奴らにしか出会えなかったんだろう。

今の所在なさげなザックの視線は、
そんな環境で育ってきた証だ。



「事故とはいえ、詮索してしまってすまない。

あと…話してくれてありがとう。」


語彙力無し、言葉下手な俺は行動で示すしかない。

椅子に力無くもたれかかるザックの隣に立ち、優しく頭を抱き込んだ。

ザックは驚き、弱々しくも手で俺を押しやろうとした。


「っ、オイ!」


「…1人じゃない。そう思えるだろ?」


そう言うと、ザックは弱い抵抗をあっさりとやめた。

静かになったので、そのまま数分頭を撫でていた。
そういえば、髪質もどことなくライオンっぽいよな…フサフサ?って感じ。


「気が済むまで抱いてやっててもいいぞ。」


「うるせぇ…」


冗談に暴言を返す力が出てきたらしい。

そう察知した俺はゆっくりと身体を離し、
自分の席に戻った。


「よし、食事に戻るか。」


「…ああ。」


これからも普段通りでいこう。
ザックはこれまでもこれからも、何も変わらないしな。


それからザックはどこか吹っ切れたように、
いつもより笑うようになった。
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