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2章 新生活スタート
18 ユージン
しおりを挟む静かな廊下に一定のリズムで足音が響く。
もう19時になろうとしている。
既に辺りは人気がない。
突然、バールさんは頬を赤く染めながら俺にすり寄ってきた。
「少年。一発殴ってくれ。」
「欲求に素直すぎません?」
「やはりあの快感が忘れられない。痛くして欲しいんだ…」
「勘違されそうな言い回しやめてください。ワザとですか?」
意外と執念深くめんど…ゲホン
俺を気に入ってくれたらしいバールさんは押しが強かった。
「殴れません叩けません踏めません」
「首を締めるでも良いぞ?」
「私が良くないですから。」
痛みが大好きなドMの星の人とは話しが合いそうにない。
錬金術の研究内容を教えてもらうこと、バールさんが火魔法を使う理由を教えてもらうにはこの取引をするしかなかったし、まあ仕方ないか…
未知の世界に少しワクワクしてしまったのも事実だし…
「このチョーカーを引っ張ってくれ。」
「そう言って擬似首締めを楽しむつもりですね?」
「勘がいいな。」
(油断も隙もあったもんじゃないな…)
そんなこんな話しているうちに、ログハウスまで戻ってきた。
「バールさん、送ってくれてありがとうございました。」
「少年、次はいつ来てくれるんだ?明日か?」
「はあ…まあ暇ですから行けますけど…」
そうか、と答えたバールさんは心底嬉しそうな表情をした。
前の無表情から考えると、有り得ない変化だ。
呼び方も「お前」から「少年」に変わっていた。
(まあ、仲良くなれた…のかな?)
「カンザキ!」
俺の気配を感じたのか、中からマーナが出てきた。
驚いた事に、本当にログハウスで待っていた様だ。
「マーナガルム様…ここにお住まいなのですか?」
「私の勝手だ。小童はどうした。何故お主がカンザキといる?」
俺の隣にいるバールさんに気が付き、毛を逆立てて威嚇し始めた。
こら!仲良くしなさい!
「少年は私の助手にも登録したので…
まあ…手伝って貰った帰りですよ。」
(何にも手伝ってないですけどね…!)
助手と聞き、マーナは更に毛を逆立てる。
「どいつもこいつも…!
ふん、まあいい。カンザキ、早く飯だ。」
「え、ああ…うん」
去り際、バールさんが耳元に顔を寄せてきた。
「少年、明日はもっと…『痛くしてくれよ?』」
(やっぱりそうなりますよね…)
マーナの耳がピクリと動いた事に気が付かないまま、俺はローブを取りにログハウスに入っていった。
*****
うおお…昨日より更に混んでる…
実は今、学院は長期休暇らしく、明日から授業が始まるんだそうだ。
(平常時はこんなに大所帯になるのか…3000人を舐めてたな。)
「カンザキ、あの隅が空いてる。」
「ああ、今行く。」
マーナが陣取っていた席につくと、
見覚えのある緑頭があった。
あ、あれは…確か、ユージンと呼ばれていた子だ。
面倒な匂いがするぞ…
「あれ、昨日の…」
「また会いましたね。」
「昨日は不躾にすみませんでした。帰ってからとても反省しまして…」
お、意外だな。
その態度に好感を持ち、視線を向ける。
昨日はまともに顔も見ていなかったが、
こいつイケメンだ。
バスケをやってそうな好青年といった印象だ。
緑の短髪を遊ばせるわけでもなく、自然に形を整えている。
数少ない常識人っぽいぞ。
一年らしいし、仲良くなれるかもしれない。
「いや、気にしないでくれ。見かけた事ない奴がいたら話しかけたくなるよな。
俺はカンザキだ。
多分同年齢だし、フランクに話してくれると嬉しい。」
「カンザキ君…よろしく。
俺はユージン。木属性の1年で、剣技クラスだ。」
「剣技クラス…?」
聞き覚えのない単語に戸惑っていると、
横からマーナの助けが入った。
「この学院の授業は特性に合わせて、魔技と剣技に分けられる。
属性の次に重要な指標だ。」
「なるほど。剣技といっても魔法は使うんだろ?」
「クラスにもよるけど、俺のクラスでは下級魔法くらいまでを併用する感じだ。まあ、身体強化がメインだと思ってくれれば大丈夫。」
「な、成程…」
魔法使いにも色々あるんだな。
待てよ…あまり魔法を使わないのなら、俺も授業についていけるかもしれない。
セシルさんに明日頼み込んでみるか…
突然の活路発見に、内心万歳三唱のお祭り騒ぎだ。
「ちなみにカンザキ君は学院ではどう過ごしてるんだ?」
「君付けもいらないよ。
そうだな…上手く説明できないけど、まだ居候って感じだ。」
「?…そっか。」
深く追求しないユージンに助けられる。
やっぱり良いやつだな。
「そういえば今日はお友達はいないのか?」
「ああ、昨日の2人?今日は街に出てるみたいだ。朝から見かけてないよ。」
え、そういうのって一緒に行ったりしないのか…?
まあ、色々あるんだろうと思い直し会話を続ける。
「明日から授業再開なんだろ?昨日言ってた課題はできたのか?」
「ウッ、よく覚えてたな…なんとか終わったよ。それで俺だけ今日も寮待機だよ。」
「なるほどね。」
「カンザキ、料理が来たぞ。」
「あ、ありがとう。食べようか。」
「あ、じゃあ俺はここで。また会おうな!」
ユージンは食べ始める俺たちを気遣って、席を立った。
何から何まで良いやつだな…
(ユージンのような奴がいるなら、
俺も授業に参加したいなあ)
マーナは今日も肉料理にがっついている。
俺は魚料理の気分だった。
(ポアレみたいな料理だ。)
料理を観察していると、マーナがこちらを見ている事に気付いた。
「…あの男が気に入ったか?」
「は?」
「…なんでもない」
それだけいうと、また肉にがっつき始めた。
何が言いたかったんだ…?
(ま、いいか。)
ユージンとも仲良くなれたし、今日は収穫アリだった。
俺は良い気分で魚に舌鼓を打った。
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