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番外編

ミッション1 突然の呼び出し

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季節は秋。
文化祭も無事終わって、段々と肌寒くなってきたこの頃。


「あーーーー暇。暇だ、暇すぎるわ!」


「そんな言うなら友達と遊べば良いじゃん。あ、私は出かけるから」


「ん?今なんか喧嘩売られた?」


「じゃ、いってきまぁ~す!」


前の世界線よりも優しくなったとはいえ、妹はやっぱり兄をリスペクトする意志を持っていないようだ…誰に似たんだ!


「まあ俺しかいないんだけどね!」


ボフン!と布団に倒れ込んだのだが、ふわりとした感触ばかりではなく、予想に反して板状の固いものと肩が衝突した。


「あ、そっか。スマートフォン買ったんだった」


世界が一つになった……と言うファンタジーも裸足で逃げ出す超常現象に遭遇してから、以前この世界では手に入らなかった文明の力を手に入れたのだ。

(これで俺も、一端の現代人ってことだな!)

得意げに画面を眺めていると、一通の通知が表示された。


「……あれ、主人からだ。今日仕事だって言ってたよな」


休みに入る前の金曜日に、主人からこの週末の予定について聞いたばかりだ。
その時は、何やら早朝から難しい撮影があるとか何とか言ってたのだけど……連絡する余裕があるのか?

動揺しつつも、メッセージアプリを開いてみる。


「“撮影早めに終わった、会いたい“って、はぁ?!」


何だこりゃ、こんなメッセージって、まるで…


「恋人かよ、このやろう……」


思わず枕に顔面をめり込ませた。

(いつもそうだけど、主人はやることなすこと全てが、イケメンにしか許されないタラシ行為というか…ちょっと気を抜くとコレなんだもん)


「ゔ~返信するのもなんか気まずいだろがい!むしろ、おちゃらけて返してみようか……“おっけいご主人様♡”っと!」


いや待てよ、字面だけだとなんかおちゃらけ感足りてない気がしてきた。

本気だと思われたら不味いな、と送信を取消そうと操作してみたものの、
すぐに塗り変わった既読の文字が俺の退路を塞いだ。


「ヒョエ!爆速既読ッ…しかも返信も早い!」


『2時間後に、このお店で。田中で予約してある』


間髪置かず送られてきたご飯の誘いに、簡単に釣られてしまったのも、俺の弱さのせいじゃないはず。うんうん。



***************



「にしても、予約までスマートだったなぁ…まだ若いのに立派だ」


さすがは業界人といったところか。
俺の好みの店を予約してくるあたり、日頃から食事を共にしているからこその手腕かもしれん。恐るべし。

俺はお世話になりっぱなしのマップを頼りに、指定された飲食店へと向かっている。
この辺りは主人の事務所があるらしく、飲食店はもちろん、ビジネスっぽい建物も多く立ち並んでいた。

つまりは繁華街から一歩離れた場所って感じのところだ。
同じような建物も沢山あって、注意深く見ていないと簡単に迷いそうなところが玉に瑕だね!


「ここを右に…んでもってまた右に…あれ、ここも右?一周するぞ?」


「はは、何やってんの田中。通り過ぎてるって」


「へ、あ!主人!」


声をかけられて振り返ると、そこには帽子とマスクで一般人に擬態した主人が立っていた。
オーラは全然隠し切れてないけど。


「ってか見てたの?!それなら早く声かけてくれない?!」


「ごめんごめん、ちょっと小動物みたいで面白くて」


こっち、と手招きされて入ったお店は、全室個室仕様になっている和食店だった。
空腹を擽る良い香りが漂ってくる店内は、ランチの時間帯にも関わらず繁盛しているようで、そこかしこの部屋からわずかに話し声が聞こえてくる。


「な、なんかお高そうじゃありませんこと…ッ?!」


「俺の奢りだから心配しなくていい。急に呼び出しお詫びってことで」


「年下に奢らせるわけには行かないじゃん!」


「田中と俺、同い年じゃん。というか、学年でいうと俺が一つ上だから。誰かさんが留年したからさ」


「その節はどうも」


「どういう返しだよ……はい、メニュー」


危ない危ない、思わず実年齢について口を滑らせるところだったぜ。

個室内は比較的手狭で、完全に壁で囲まれており、
現役で芸能活動をしている売れっ子な主人も安心して利用できる環境だ。

が、主人から受け取ったメニューを見て、俺はまた仰天させられた。


(ファストフードとは比較にならないほど高い…!)


ニートしてた時も大したご飯食べてなかったから、こんな値段の食事を久しぶりに見た。
ご飯もの単品でも最低2000円はする。これ、絶対俺みたいな若人が口にできるランチじゃないよな!

(あ、焦りで手汗が滲んできたぜ…っ!)


「あ、これいいな。俺はこれにする」


そう言って主人が指差したのは海鮮丼だ。
なるほど。普段あまり生物を食べてるところを見ないけど、今日はそういう気分なのか。

(そうか、ならば俺もそれを頼む他あるまい!)

脳内で偉ぶるもう一人の俺が囁くままに、同じものを頼むことにした。
……本当は、この卵焼きとか頼んでみたかったけど、欲目を出したと思われたらいやだし。

俺は安杯を選択できる気遣いの漢、田中なのだ。


「俺も同じものを…」


「田中、好きなもの頼んで。この、ふわふわ出汁巻き卵定食とか頼みたいんじゃないの?」


「ば、バレてる!何故だッ!」


「いつも俺の弁当の卵焼きを羨ましそうに見てるから…これお願いします」


主人には全てお見通しだったのか、軽く諭され、スマートに注文まで熟されてしまった。

(俺の方が圧倒的に精神年齢が上のはずなのに、何故か太刀打ちできないぜ。完敗だ)

フッ…と格好つけながら海外俳優のような身振りで降参のポーズを取っていると、
向かいから熱い視線を投げかけられていることに気が付いた。

発生源を辿ると、妙に優しく微笑む主人と視線がかち合う。


「…いつも通りの田中で安心した」


「へ、何急に。なんかあったの」


「別に何もないけど、ただ単にいつもの田中だなってだけ」


(……何だかはぐらかされた気がする)

いつもに比べて覇気がない主人の声に、何だか心配になってきた俺は主人の顔をじっくり観察する。

いつもながら清涼感のある輝きに満ちた顔立ちだが、どこか寂しげでもあった。
目も少し充血してるし、気持ち目元が赤い気がする。


「…もしかして、泣いた?」


「おぉ、なんで分かるの。第六感?」


「まあね…っていやいや!マジで泣いたの?!どうしたんだよ」


「はは、すげぇ慌てっぷり。演技だよ、演技。今連続の撮影してるんだ。詳細は言えないけど」


茶目っ気を見せたいのか、パチリとウィンクを披露するが、やっぱりどこかぎこちない。
なんとなく、唐突に俺を呼び出した理由が分かった気がして、そっと主人の手を両手で包んだ。


「なぁ、主人。前に言ってたよな、演技してると自分が分からなくなるって」


「……」


「内容までは聞かないけど……入り込みすぎて、自分を見失っちゃった?」


真剣に、そしてはぐらかされないように。
しっかりと目線を合わせて、主人に訴えかけた。

醜い思考かもしれないけれど、俺と言葉を交わしてくれるその時だけは、俺だけを見て欲しい。
こうして思い出を重ねる時にまで、仕事に心を捧げないで欲しい…そう思っちゃうんだよな。

(うわ、キモいな俺……ポエマーかよ)

主人の目元が辛そうに歪み、眉間に薄く皺が寄る。


「あのさ、田中」


ガラッ!


「失礼いたします。出汁巻き卵定食です」


「あああぁはい!お、俺です…ッ!」



突然開いた個室の扉。
俺は思わずパッと手を離して、店員さんが配膳する定食をサムズアップで迎え入れた。

店員さんにクスッと笑われた気がしたが、致し方ない。それだけのことをしている自覚はある。

そうして二人分の食事が揃い、個室の扉が閉められ、再び静寂が訪れた。
向かいの主人と向き直ると、完全に持ち直したようで、いつもの涼しい表情をしていた。


「ごめん主人、途中だったよな」


「あぁ、大丈夫。何でもないから」


(……何でもないやつはそんな目、しないんだよなぁ)


主人がいつも屋上で見せるものとは打って変わって、どこか空っぽな目をしている。
でも、何というか、普通に励ましてもどうにもならない気がする。

(こうなれば、ヤケクソだ!)


「主人!ご飯の後もまだ時間ある?!」


「え、は?今日はもう上がってるけど…」


「じゃあ遊び尽くそう!美術館、水族館、ショッピング、公園…はやめておこう!何でもいいけど、一緒に遊ぶぞ!」


主人が分からなくなっちゃったなら、思い出させるまで…!
名付けて、主人と遊んで自我を取り戻そう大作戦だッ!(IQ2)


戸惑う主人の海鮮丼の刺身と卵焼きを1つずつ入れ替えつつ、俺は主人を連れ回して遊ぶ予定を立て始めた。





***************


突然ですが、完結一周年を記念して主人との番外編「ミッション」を数本更新いたします。

DLCの同人誌に掲載している限定の番外編とは全く別の作品となりますので、
ご購入くださった方も、どちらもお楽しみいただければ幸いです。
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