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DLC 前日譚

こちら田中家

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ピロン!と音を立てて注目を集めながら届いたメールを、恐る恐る開く。
その書き出しの一行目を見た瞬間。


「うわぁぁああああ!!またお祈りだよぉぉおお!!」


俺は無意識のうちに、叫び声を上げながら膝から崩れ落ちた。

妹が引き気味でこちらを横目で見ている。


「うるさっ…そりゃそうだよ、就活もそんな簡単ではないでしょ。」


「で、でもぉ!これで20社目なのよ!祈られすぎて、俺神聖な存在にでもなった気分だ!!」


「今時の学生は3桁受ける人もいるらしいじゃん。頑張れ。」


妹はゲームのコントローラーを離さないまま、俺に無責任な言葉だけを投げかけてきた。


(さ、3桁…このペースだと、受けるだけで人生終わっちゃいそうなんだけど?!)


そう、俺はあの不思議な体験をしてから丸1年、きちんと就活を頑張っている。

最初の頃は、前の就活時代の辛い記憶が蘇り、あまり上手く立ち回れていなかったのは自覚してる。
だが、最近は結構良い調子で面接などにも臨めている感覚があった。

なのに…まだ1社も内定が出ていない。
やっぱり大学卒業後4年間ニート生活を経験してしまうと、履歴書の空白が目立ってしまうのだ。

致し方ないとは言え、こう何度も落ちてしまうと、精神的に参ってしまう。


「てか、妹も後数年でこうなるんだからね!!きちんとお兄ちゃんの背を見て学びなよ!」


「私は一発で決める予定だから。」


「むきぃ!!そういうこと言ってると、面接官に見透かされるんだからね!」


「…まあ、それはそれとして。お兄ちゃんも頑張ってるし、少し休憩したら?

そんなに焦る事でもないような気がするし、ゆっくり探せば良いじゃん。」


コントローラーは手放さなず、画面からも目を離さないという相変わらずのスタンスだが、
労りの言葉をかけられたという事実に、俺はその言葉に目頭を熱くする。


「妹…!!」


「うざい」


「っあぅ!辛辣なのは治らないよね!!」


俺は妹に促され、部屋に戻る。


「でも一理あるな。結構根詰めて頑張ったし、たまには息抜きもあった方が良いよな。」


ベッドに座り、ボーッと机を眺めてみる。


(ここ最近、趣味という趣味を見つけられてなかったからする事がないなあ…。)


そこで、鍵をかけた引き出しに眠っているカードの存在を突然思い出した。


(あ、そっか…あのゲームのDLC、まだやってないんだっけ。)


あの経験が濃すぎて、続き物だということをすっかり忘れていた。
この就活も、皆にドヤ顔してやろうと思って本気で初めてみたんだったな。


(忙しくしすぎて忘れてたな…)


「引き出しの鍵ってどこにやったかなぁ…」


俺の悪い癖なんだけど、頻繁に使うもの以外は、適当に仕舞ってしまうのだ。
しかも、記憶に微塵も残ってない。


「んん~?」と首を捻っていると、どこか薄ら寒い気配が背中を撫であげた。


「ッ!」


思わず後ろを振り返ってみるが、そこには誰もおらず、少し大きめの本棚が並んでいるだけだ。


(なんか名前を呼ばれた気がしたんだけど、気のせい…だよな?)


なんとなしに本棚を探ってみると、あのゲームの設定資料集が並べられていた。


「あ、これ…懐かしいなぁ!あれ、先生のページもあるじゃんか!」


今見てみると、実際に会話を交わした彼らの背景が事細かに書いてあるのが余計に面白い。
やはり先生と秀先輩は、資産家の息子らしい。

あの家とか半端なかったもんな。


「先生は30歳…俺よりちょっと年上なのか。」


(え、数年の差であんな大人の色気が身につくものなの…?)


俺は自分との違いに怯えるばかりだ。
数ページパラパラとめくってみると、見覚えのある銀髪が目に入る。


「嘉賀先輩のページとか詳しく見てなかったな。事前情報がヤンキー、ってだけだったもんなぁ。」


嘉賀先輩の情報を読み込んでいくと、想像以上の過去が記載されていた。


「幼い頃に親を失くし、新宿歌舞伎町の親戚の家に引き取られる…初体験はそれから数年後…?!?!」


ま、マジですか…。

驚きすぎて、冊子を取り落としそうになった。


(だからあの時、あんなに手慣れた感じだったのか。)


かたや俺は、まだ童貞を貫き通している。
ああ、この違いは何…!!

もう見てられないとページを進めていくと、黒木のページに何か硬いものが挟まっていた。


「あ、鍵あった!!」


こんなところにあったのね!通りで見つからないわけだ。

俺は嬉々としてその鍵で引き出しを開ける。


(きちんとある…)


足が生えて逃げてないかな、なんてちょっと心配だった。
だって、あんな体験をしたんだから、それぐらいあってもおかしくないような気がするんだ。


(そういえば、前にこのゲームの本体をやった時は、何故かゲーム世界に入り込んでしまったけど…今回はどうなんだろうか。)


このゲームにそういう機能がついてる、なんて聞いたこともないし、そんな技術ある訳もない。

考えれば考えるほど不可思議だ。


「あー!考えるのやめ!!」


とりあえず、目標にしてた“皆にドヤ顔で会う”ための条件がまだ揃ってないから、ちょっと味見する程度にやってみよう。


(普通にゲーム機でやれるかな。)


1年ぶりに手に取ったカードは、なんだか擽ったさを感じさせる。


「皆の顔を見るのも久しぶりだなぁ…。」


開封して、コンテンツをダウンロードして…


プツッ…


「あれ?画面真っ暗になった…」


ダウンロードは順調に進んでいたのだが、ゲーム機の調子が悪いのか画面が突如暗転してしまう。

おかしいな、と画面に近寄ったその時。


脱ぎ捨てていたスーツを踏んづけ、前のめりにダイブを決めてしまう。

で、デジャヴ!!


「やば、?!」


『やっとみつけた』


画面にぶつかると覚悟した瞬間、意識が暗転する。
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