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DLC 前日譚

自覚

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空がまだ青い。

体を横たえたまま、することもなくボーッと空を眺めていた。

嘉賀は肺に溜まった空気を吐き出すと、空いた空間の虚しさを実感する。


「マジで居なくなってんじゃねぇよ…」


胸が焼け付くような苛立ちの感情が湧き上がり、ここにはいないアホ面に軽く蹴りを入れる。
それも空を切るだけだが。


最初は田所と名乗ったアイツ。
今でも偽名を教えられていたと知った時の衝撃は忘れられない。

これでも学内の噂は理解している。
周囲からは腫れ物を扱うような待遇を受けていたため、馬鹿正直に嘘をついてくる奴は滅多に現れなかった。
…というよりも、おそらく初だ。


田中が定期的に屋上に訪れるようになってから、
惰眠を貪る以外に”訪れたい“と思える場所になっていた。

それも今では昔以上に味気ない場所になってしまっている。
色鮮やかな記憶ができてしまった後だからこそ、色がすっかり抜けたように感じる。


「もう、会うこともねぇか。」


自分が呟いた言葉に、周りの音が吸い込まれ、何も聞こえなくなる。

授業が終わる5時を知らせるチャイム、運動部の掛け声、楽しそうな話し声。
どれも自分とは縁遠い存在だ。


(アイツに噛み跡を残した瞬間、これ以上ないほど満たされた。)


細い頸に残る、自分の歯型と、生命の証の赤。
生きているアイツの存在を丸ごと食らってやったかのようで、渇いた喉が潤った。

降らせるようなキスをした時も、アイツが恥ずかしそうに反応を返すのが面白くて、
揶揄う筈がつい本気になってしまった。

最初は“放って置けない”とか生意気な事を抜かす口を押さえ込んでやろうと思ったんだ。
だが、そのうちに、本気で欲しくなっていってしまった。


「クソッ…らしくねぇ。」


貯水槽のある場所から屋上へ飛び降りると、アイツが壊したドアが目に入る。


「本当に、居たんだよな…?」


2週間近くというあまりに短い時間を共に過ごしただけなのに、
失った時の反動が大きすぎる。

アイツを抱いた時は、無我夢中だった。
このアホ面が見られなくなって、どこか遠くで幸せになる。

そう考えただけで、煮え立つような怒りと渇きを覚えた。


「ってか、連絡先も伝えないで消えやがったな。」


とことんバカにしたような態度を取る奴だ。
そう考えていると、なぜか体の中心から温かい感情が溢れる。


「…完敗だ」


十分すぎる答えに辿り着く。
俺はアイツに惚れてたんだ、逃げられると分かって、アイツを壊しそうなほど抱く程には。

もう一度、アイツに会って腹パンして…隣に居させてやろう。


自覚するのがあまりに遅かった俺の落ち度だ。
今度こそは伝えなければ。

微風が吹き抜ける。

嘉賀は田中が残していった唯一の痕跡である、壊れたドアノブを回した。



***********



DLC 前日譚②  嘉賀 宗治

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