所詮、狗。

はちのす

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帰巣本能

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あの奇妙な行動の後、心頭滅却すべしとピザを無心で貪っていた俺を置いて、先輩は「散歩してくる」と夜歩きに出てしまった。
それから、十数分経ってようやく帰宅。コンビニにでも行っていたのだろうか。

ゴロゴロと転がって暇を持て余していた俺を抱き起こしてベッドに寝かせると、そのまま夜の会は解散となった。

じっとりと脳に張り付く睡魔に身を任せて、すぐにでも寝たかったのだが……
首元に残る熱が気になって、結局は寝るに寝れなかった。

「どうしたの、黒ちゃん。なんか眠そうじゃん」

「いやそれは先輩が……はぁ、もう良いです」

「はは、意地悪してごめんね?」

どこかスッキリした顔の先輩は意地の悪い笑みを浮かべ、心にもなさそうな謝罪を述べる。

「さ、探偵社に着いたよ。今度は連絡手段を絶って逃げたりしないでね」

「逃げた訳ではないんですけど……連絡先登録したんで、いつでも連絡できます。ありがとうございます、先輩」

「かわいい黒ちゃんの為だから。いつでも連絡して良いんだよ?」

「えぇ……頼り過ぎないよう、頑張りますって」

頸をくすぐるように撫でられて、身体がぴくりと反応する。
昨日付けられた熱の痕が、じんじんと存在を主張するに疼く。

昨夜のことを思い出すと、顔に熱が集まり、走って逃げ出したくなる。

「っ……」

「ダメだよ黒ちゃん、簡単に弱いところ見せたら。常に気を張ってなきゃ」

「黒谷君!」

ガチャリと玄関の扉が開き、中から慌てた様子の白王が出てくる。

恥ずかしさに耐えかね、思わずその背に
回り込んで収まる俺を見て、黄嶋先輩は声を上げて笑った。

「あはは、かわいい!2人とも仲良くね」

「……執務室に戻るぞ、黒谷君」

「あぁ。先輩、ありがとうございました」

ひらりと手を振り帰路につく背を確認して、ようやく執務室に引っ込んだ。

一晩でどっと疲れた俺は、行儀が悪いと理解しながらも、適当にスーツを脱ぐとソファに突っ伏す。

「数日しか居なかったはずなのに、なんか落ち着くわ」

「……それはよかった」

白王の声色は、昨日の通り意気消沈したままだ。
何をそんなに?と気に掛かったが、コイツと黄嶋先輩の関係性に不透明な所があるので、おいそれと追求も出来ない。

「あ、飯食ったか?」

「いや、ここ数日は栄養価の高い物を食べていたから不要だ」

「成人男性の必要摂取カロリーやら栄養バランスを一回学んだ方がいいぞ」

「……」

「よし、作ってやるからちょっと待っとけ。今6時半だな?始業まで余裕はある」

まあ俺も腹減ったしな、と独り言を溢しながらキッチンに向かう。
後ろから白王が着いてくるのを感覚的に理解しながら、あぁまた買い物に行きそびれたと残念に思った。

なけなしの食料を求めて冷蔵庫を開けると……

「あ?もしかして、買い物に行ったのか」

コイツの冷蔵庫とは思えないほどに食材が溢れていた。
パンや米、トマト、キャベツ、きゅうり……そして肉類や卵まで。

思わず後ろを振り返ると、居心地が悪そうに顔を背けた美貌の男。

「……大したものではないが、朝食に向いている食材を買ってみた」

「俺がいつ帰るかも分からなかったのに?」

そうだ、先輩は明朝に返すとは言ったが、俺は朝を食べろと白王に伝えていた。
俺が帰ってきて、朝食を作ると踏んで用意したのか、それとも……

チラリと俺を見たその時の頬の赤みで、なんとなく理由を悟る。

「そうか」

── 少しだけ、白王という無色透明な人間に色がついた気がした。


************


「あ!それは水を切ってから使うんだよ、そのままサラダにすると食感や味に影響する」

「そうなのか、手間が掛かるな」

「お前、今まで本当に何食って生きてきたんだよ」

2人で朝食を準備すると、テーブルについた。

まだあと始業までは1時間ある。
昨日の会議をパスしたのだから、少し早くスタートすると考えても十分なモーニングタイムだ。

「黒谷君、昨日は何もなかったか?何か言われたことは」

「あ~、まあ色々。白王に関することはほぼ聞いてない」

(1番の驚きは白王と先輩が知り合いという事実なんだけどな)

白王は食事の手を止め、こちらをじっと見据える。
その手は僅かに震えているように見えた。

「俺としては、お前から直接聞きたい。なんで先輩と知り合いなのか、そもそも俺の事情に妙に詳しい理由とか」

「……そうか、何かの入れ知恵はされた訳だな」

ふう、と大きく息を吐いた白王は、何かを決心したように口を開いた。

「今は時じゃない。この案件が終わったら話そう、私の行動の理由……それが知りたいんだろう」

「まあな、世話になりっぱなしも嫌だし」

「世話か、そうだな。それには同意する」

先に執務室に向かうぞ、と短い言葉を残してキッチンを後にする白王の顔色は、やはり幾分か良くなっていた。

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