所詮、狗。

はちのす

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鳴動

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「良く出来た話だと思いませんか」

口角を上げて、こちらを見据えるツグミの表情が、不遇に耐える笑顔なんだと今なら理解出来る。

俺が言動に気味の悪さを覚えていたのは、どうしようもなく空っぽになってしまった心を、無理をして繕っているのが伝わったからだ。

(……悲しい話だ)

俺は不条理に正面から殴り掛かるタイプだが、目の前の男の様にグッと飲み込んで耐える者もいる。

「……ひとりでよく頑張ったな」

目の前の人間が少しでも救われるように

そう思いながら、成人男性にしては小さな頭を、くしゃくしゃに撫で回した。

ツグミはポカンとした顔をして、離れていった俺の手を見つめている。

交番勤務時代に、迷子を手懐ける為に培われた技術であり癖だ。人たらしな黄嶋先輩の影響が多分にあると思う。

「ハジメさんのスマートフォン、まだ動くか」

「え、あぁ……動きますけど」

欠かさず充電してますから、と言いながらツグミはスマートフォンを起動させる。

「女とやらに監視されてたっていうメッセージを出してくれ」

出てきた画面には、話にもあった通り夥しい数の通知。
現在地を教えろだの、直ぐに連絡を返せだのと、見るに耐えないメッセージが入っていた。
送信元を見ると、やはり菖蒲咲子の名前。

(ここまで明確に履歴が残っていれば、言い逃れは出来ないだろうな)

「これ、事件当時からそのままか?」

「メッセージは見ないようにしてました。気持ちが悪いから」

……6月13日。
ハジメさんが自らの幕を閉じたその日は、いつもと違ったメッセージが飛び交っていた。
大きな戸建て物件の写真とリンクが貼られ、どれが良いかと問われていた。
そのリンク先には日本語は一切存在しない。

「住所は……海外?」

メッセージには『子供はフランスで産みたい』と添えられていた。

「おいおい、子供なんて家に居なかったろ」

「子供?どういう事ですか」

画面を見ないよう部屋の隅に避難していたツグミが、思わず聞き返してきた。

「ハジメさんと菖蒲咲子の間には子供はいたのか?」

「そんなの、居るわけない……と思います。手紙にも一言だって書かれてなかった」

(正直彼女の部屋を見ても、子供が居るとは到底思えなかった)

「って事は単なる願望か?それにしては内容が詳細過ぎるし、1年後には本当に海外へ移住する計画を立てていたようだ」

「そんな、そんなはずは……」

「これもハジメさんを追い詰める原因になってたんだろうな」

決められた就職先も、そこで自身のキャリアを積む事なく海外へと移住させられようとしていた事も、子供についての計画を毎日のように説かれていたのも。

そして、常に共に居た片割れの存在が近くにない事も。

(人生、人格の全てを菖蒲咲子に握られているようだ)

まだ若い彼にとって、それがどれだけ辛い日々だったかと想像すると、苦々しい気持ちが広がっていく。



……ふと、微かに俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。

(そういや、白王を放ってたわ)

「このスマートフォン、1週間預かっても良いか」

「……なんで、ですか」

「ちょっくら灸を据えてやるよ。もう一度、大手を振って外を歩けるようにしてくる」

少しの間があって、ツグミは小さく頷いた。
本当は片時も手放したくないんだろう。

それでも俺に預けてくれたと言うことは、少しは信頼されたと思っていいはずだ。

「自分の連絡手段は持ってるか?」

「ハジメ名義のものしかないです。僕達は一人として育てられてたから」

「……繋がるなら何でもいい。ここに登録してくれ」

そう言って青野に貰ったスマートフォンを渡した。

(これがなきゃ探偵社の固定電話しか教えられなかった。青野に改めて礼をしないとな)

手慣れた様子で設定を済ませて手渡された連絡先の一覧には、見慣れない「嗣」と言う文字が記載されていた。

(ツグ、の一文字でツグミと読ませるのか)

「よし、じゃあ連れが待ってるから行くわ。1週間後にまた来る」

「……」

何か言いたそうな顔をしたツグミに「またな」と声を掛けて、踵を返した。

間接照明だけの薄暗い部屋に招かれる直前までとは、全く違った想いを抱きながら、エレベーターの到着を待つ。

「さてと、何から始めるかな……っと?!」

考えを巡らせている最中、ぐいっと身体を引っ張られて思わず驚きの声を上げてしまった。

後ろを振り返ると、ツグミが少し緊張した様子でジャケットの裾を摘んでいる。

「……お兄さん、名前教えて」

「名乗ってなかったか、すまん。黒谷だ。今は白王探偵社を手伝ってる」

「くろや、さん」

「呼び捨てで良いから、じゃあな」

エレベーターが到着したのを確認すると、指先の力が緩む。
そのままの流れで庫内に乗り込み、閉まる扉を挟んでで向き合うと、ツグミは小さく手を振った。

そんなあどけない姿を見て、久しぶりの大仕事への覚悟が決まったのは言うまでもない。
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