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歓迎会
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夫婦に促されて座った席には、いかにも"コース料理が出て来ますよ~!"と宣言するかのようなセッティングがされていた。
(もしかして、歓迎会と言いつつ試されているのか…?探偵たるもの、テーブルマナーが身に付いていなければ不適格で退去、とか)
白王には拭い切れない胡散臭さを感じて反抗的な態度を取ってきたが、今追い出されるのは非常にまずい。
(この歓迎会、失敗出来ない…!)
全身に緊張が走る。
見た目の通り、平々凡々な生まれである俺は、いわゆる上流階級の教養なんて学んでいない。
きちんと整列されたナイフ、フォーク、そしてナプキンの前になす術もなく固まるしかなかった。
「緊張しているところ悪いが、マナーは気にしなくてもいい。今日は貸切にしているからな」
「貸切…っ!?」
「食事は楽しんでいただくのが一番大切です。何もお気になさらず、召し上がって下さいね」
店主はカチコチな俺を安心させようとしているのか、穏やかな口調で話しかけてきた。
(しかし、貸切か…どんだけ金持ってんだよ)
こじんまりしているとはいえ、2人だけの歓迎会でレストランを貸切とは、規格外も甚だしい。
俺は、お洒落でいてアットホームさもある雰囲気に、一周回って居心地の悪さすら感じ始めた。
(やっぱり永遠に理解しあえる日は来ないな)
席にはメニューが置いてあるが、俺が目を通そうと手を伸ばした途端、白王に奪い取られる。
「私はドライバーだからお酒は飲めないが、黒谷君は自由に飲んでくれ」
「いやそれは…」
「ワインで問題ないか?メニュー的に白が良いと思うが」
「あ、ハイ…」
白王が飲み物の注文を終えると、素早くグラスがサーブされた。
酒は好き嫌いなく全て飲めるし、強い自覚もあるから全く問題がないが、主催が飲まないのにという罪悪感が拭えない。
「いいのか?俺ばっかり飲む感じになるぞ」
「歓迎会と言っただろう、そのための会だ」
「白王さんに、そんな大切な会でこの店を選んでいただけて光栄です」
店主が皿を手に歩み寄り、白尾に声を掛けた。
ふと視線をそちらに向け、その皿に取り分けられた前菜の意外性に驚く。
「家庭的な料理…って感じですね」
「それがウチの持ち味ですよ。お口に合うと良いのですが」
前菜は、魚や肉を盛り合わせた良くある系統の冷菜だった。
特に構える事もなく口に放り込むと、その素朴な見た目に反してしっかりとした旨味が舌に広がり、思わず目を瞬かせる。
魚には出汁がよく効き、肉には酸味のあるソースが掛かっている。
(家庭的な料理だなんて、畏れ多い。味は食べたこともない美味さじゃんか)
一瞬でなくなってしまった前菜の皿を寂しく眺めていると、次の料理が出された。
店主が何やらスープの名前を言っていたようだが、お洒落な名前すぎて聞き取れない。
(見た目は普通にコーンスープだけど…)
クルトンがいくつか乗った王道のコーンスープ。
ひと掬い口に運ぶと、甘みのあるコーンの風味が広がり、その優しい温かさにホッと息をついた。
そんなはずないのに、昔から知っているような落ち着く味わい。
どこかで張っていた自分を支えるための糸を、優しく解してくれるような、そんな温かさを感じる。
「めちゃくちゃうまい」
「そうだろう」
そう声を掛けられ、初めて自分の世界に入ってしまっていたことに気が付く。
パッと前を向くと、どこか満足げな表情でこちらを眺める白王と視線がかち合う。
「…美味しいです」
「しおらしいな、君らしくない」
その後も出てくる料理は、コース料理として提供はされているが、イメージしがちな絢爛な装飾や演出は一切なく、素朴で手の込んだ創作料理ばかりだった。
「そんなに急がなくても、料理は逃げないぞ」
加速度的に食べ進める俺にそう言い残し、白王は席を立った。
…お手洗いだろうか。
気に留めず食事をしていると、店主がスススッと近くに歩み寄り、内緒話をするかのような声の小ささで話し掛けてきた。
「白王さん、通って下さって長いですが、初めて私共にお連れ様を紹介して下さったんですよ」
「え?」
「ここは安易に人を紹介したくない、安らげる場所が無くなるから…そう仰ったんです」
「は、はぁ…」
「失礼、お喋りが過ぎましたかね。白王さんはいつも気を張り詰めている方です…そんな方が、貴方と穏やかに過ごされているのを拝見して、嬉しくなってしまいまして」
店主はチャーミングにウィンクをすると、キッチンへと引っ込んだ。
俺は、予想外の告げ口に、一瞬口の中に広がる味が消え失せた気がした。
(白王が俺と居ることを好ましく感じているってことか?)
…俺達はいつそんなに仲を深めた?
そもそも、白王のような性格の奴が会ったばかりの人間を簡単に信用するはずもない。
身に覚えのない店主の発言は、白王に対する少しの猜疑心となって、俺の心にわだかまりを残した。
(もしかして、歓迎会と言いつつ試されているのか…?探偵たるもの、テーブルマナーが身に付いていなければ不適格で退去、とか)
白王には拭い切れない胡散臭さを感じて反抗的な態度を取ってきたが、今追い出されるのは非常にまずい。
(この歓迎会、失敗出来ない…!)
全身に緊張が走る。
見た目の通り、平々凡々な生まれである俺は、いわゆる上流階級の教養なんて学んでいない。
きちんと整列されたナイフ、フォーク、そしてナプキンの前になす術もなく固まるしかなかった。
「緊張しているところ悪いが、マナーは気にしなくてもいい。今日は貸切にしているからな」
「貸切…っ!?」
「食事は楽しんでいただくのが一番大切です。何もお気になさらず、召し上がって下さいね」
店主はカチコチな俺を安心させようとしているのか、穏やかな口調で話しかけてきた。
(しかし、貸切か…どんだけ金持ってんだよ)
こじんまりしているとはいえ、2人だけの歓迎会でレストランを貸切とは、規格外も甚だしい。
俺は、お洒落でいてアットホームさもある雰囲気に、一周回って居心地の悪さすら感じ始めた。
(やっぱり永遠に理解しあえる日は来ないな)
席にはメニューが置いてあるが、俺が目を通そうと手を伸ばした途端、白王に奪い取られる。
「私はドライバーだからお酒は飲めないが、黒谷君は自由に飲んでくれ」
「いやそれは…」
「ワインで問題ないか?メニュー的に白が良いと思うが」
「あ、ハイ…」
白王が飲み物の注文を終えると、素早くグラスがサーブされた。
酒は好き嫌いなく全て飲めるし、強い自覚もあるから全く問題がないが、主催が飲まないのにという罪悪感が拭えない。
「いいのか?俺ばっかり飲む感じになるぞ」
「歓迎会と言っただろう、そのための会だ」
「白王さんに、そんな大切な会でこの店を選んでいただけて光栄です」
店主が皿を手に歩み寄り、白尾に声を掛けた。
ふと視線をそちらに向け、その皿に取り分けられた前菜の意外性に驚く。
「家庭的な料理…って感じですね」
「それがウチの持ち味ですよ。お口に合うと良いのですが」
前菜は、魚や肉を盛り合わせた良くある系統の冷菜だった。
特に構える事もなく口に放り込むと、その素朴な見た目に反してしっかりとした旨味が舌に広がり、思わず目を瞬かせる。
魚には出汁がよく効き、肉には酸味のあるソースが掛かっている。
(家庭的な料理だなんて、畏れ多い。味は食べたこともない美味さじゃんか)
一瞬でなくなってしまった前菜の皿を寂しく眺めていると、次の料理が出された。
店主が何やらスープの名前を言っていたようだが、お洒落な名前すぎて聞き取れない。
(見た目は普通にコーンスープだけど…)
クルトンがいくつか乗った王道のコーンスープ。
ひと掬い口に運ぶと、甘みのあるコーンの風味が広がり、その優しい温かさにホッと息をついた。
そんなはずないのに、昔から知っているような落ち着く味わい。
どこかで張っていた自分を支えるための糸を、優しく解してくれるような、そんな温かさを感じる。
「めちゃくちゃうまい」
「そうだろう」
そう声を掛けられ、初めて自分の世界に入ってしまっていたことに気が付く。
パッと前を向くと、どこか満足げな表情でこちらを眺める白王と視線がかち合う。
「…美味しいです」
「しおらしいな、君らしくない」
その後も出てくる料理は、コース料理として提供はされているが、イメージしがちな絢爛な装飾や演出は一切なく、素朴で手の込んだ創作料理ばかりだった。
「そんなに急がなくても、料理は逃げないぞ」
加速度的に食べ進める俺にそう言い残し、白王は席を立った。
…お手洗いだろうか。
気に留めず食事をしていると、店主がスススッと近くに歩み寄り、内緒話をするかのような声の小ささで話し掛けてきた。
「白王さん、通って下さって長いですが、初めて私共にお連れ様を紹介して下さったんですよ」
「え?」
「ここは安易に人を紹介したくない、安らげる場所が無くなるから…そう仰ったんです」
「は、はぁ…」
「失礼、お喋りが過ぎましたかね。白王さんはいつも気を張り詰めている方です…そんな方が、貴方と穏やかに過ごされているのを拝見して、嬉しくなってしまいまして」
店主はチャーミングにウィンクをすると、キッチンへと引っ込んだ。
俺は、予想外の告げ口に、一瞬口の中に広がる味が消え失せた気がした。
(白王が俺と居ることを好ましく感じているってことか?)
…俺達はいつそんなに仲を深めた?
そもそも、白王のような性格の奴が会ったばかりの人間を簡単に信用するはずもない。
身に覚えのない店主の発言は、白王に対する少しの猜疑心となって、俺の心にわだかまりを残した。
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