所詮、狗。

はちのす

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モーニング!

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ジリリリリリリリッ!!!

「うぉあ!!?な、なんだ…朝か」

その場で飛び上がると、見知らぬ家具類が目に入る。
…いや、見知らぬ訳ではない。昨日からこの部屋が俺の住処になったんだった。

(この環境にも、なれなきゃな…)

寝惚け頭を覚ますため止めずにいた、目覚ましのアラームが鳴り響く。

最低限の動きでアラームを解除すると、そのまま布団から這い出た。

「今は…朝6時か。昨日は力尽きちまったし、朝風呂でもするか」

動物の如く伸びをして、部屋を後にした。


*************


「……」

頭部から流れ落ちるお湯が、徐々に勢いを増し、思考も呼吸も全てを巻き込んで滑り落ちていく。

このまま意識が混濁してしまえば楽なのに、そんな卑屈な発想をして笑みを作った。

(…家、燃えたんだなあ)

先輩の案件を初めて引き継いだ時に貰った手帳も、誕生日だからと強引に後輩に付けられたネクタイピンも……
その時のことを思い出して、クスッと笑ってしまう。

(記憶さえあればと言うけど、形ある物が無くなるのは堪えるな)

今度、2人に謝罪も込めて会いに行こう。

……って言っても、なるべくあの組織には近寄りたくないから、会いようもない。

スマートフォン?あんな高い物はとっくに解約している。

「参ったな。まぁ、一応生活圏は近いし、そのうちばったり会うか」

簡単に髪を乾かすと、用意されていたシャツに着替え、キッチンに向かった。

「えぇっと、ここがキッチンだったな」

職を失ってからと言うもの、ほぼ不定期に仕事に就く状態だった。

そんなこんなで、節約のために自炊が欠かせない生活を送っていたから、自然と朝食を作ろうと手が動いていた。

「何が入って……んだこれ。何もねぇ」

驚く事に、この大きい冷蔵庫には、どこかのコンビニで購入したと思われるお惣菜や、栄養補助食品やパンが数点綺麗に整頓され保管されているだけ。

とてもじゃないが成人男性の食事としては、量質共に足りていなかった。

「俺の場合は金がないから同じような状態だったが…まさかアイツ、いつもこんな感じなのか?」

野菜庫も見てみるが、レタス的なものしか見当たらない。

「俺の分の食事も満足に作れないな…理解できねぇ」

仕方ない、と昨日のうちに手渡されていた手元金の一部を握りしめて、近くのスーパーへと繰り出した。

幸い、近所にあるスーパーは24時間営業らしく、この薄暗い時間帯にも煌々と明かりが灯っていた。

「えーっと、まずは何かしらの栄養素…野菜と肉でいいか。あ、卵もあると良いな」

テキパキと買い物カゴに放り込み、数分で買い物を終える。

レジの人に寒いですねぇ、なんて話しかけられながら早々に帰宅した俺は、
冷蔵庫にあったパンと合うように、購入品を簡単に調理した。

俺が食べる物を作るついでだ。
別にアイツのために、朝っぱらからこんな苦労をしている訳ではない。

「ったく、なんであんな食事メニューで、あんだけ成長出来たんだか」

愚痴を溢しながらふと時計を見ると、只今の時刻は7:40。

「やべぇ!ここで食べる時間はないな…執務室に持ってくか」

洗い物を済ませた俺は、トレーに2人分のプレートを乗せて、慌ただしく執務室へ向かった。

「おはよう、黒谷君。10分前か、流石に仕事となると律儀……君の手にある物は何だ」

食い物を持って入ってきたのが驚きポイントだったらしく、白王は目を大きく見開き小首を傾げた。

「朝食。ホラ、アンタの分」

「……私は家政婦を雇った覚えはないが」

「は?!んだよ、要らないなら俺が食うわ」

まるで余計な事をした、とでも言うかのような口ぶりで諌められた。

折角の手料理を断られた事に恥ずかしさを覚えた俺は、踵を返して執務室を出た。

そのまま応接室に向かい、一人で朝食を食べ始める。
朝食なんて、5分もあれば搔き込めるから、始業にも間に合うだろう。

…にしても、『家政婦を雇った覚えはないが』 だとさ。

(やっぱり気を遣うんじゃなかった、アイツのことは無視して普通に一人暮らしとして生活するに限るな)

拗ねたように自分の中で結論をだすと、最後の一切れを口に押し込む。

「…口の水分消えたわ、さすがパン」

だが、残念なことに水を取りに行っている時間はない。

仕方ないと、次のプレートに手をつけようと伸ばした指の先に、

コトリ、と黒いマグカップが置かれた。

ふと視線を上げると、湯気が立ち上る色違いのマグカップを手にした白王が佇んでいる。

「紅茶だ。食事に向いている香りの薄い茶葉を選んだから飲むといい」

「…どうも」

「それで、そのプレートは私の分…なのかな?」

「要らないんじゃないのか」

「そうは言っていない。ただ、驚いただけだ…昨日は少々手荒に引き入れたからな。私の事を気遣ってくれるとは思いも寄らなかったよ」

「自覚があるなら、もっと段階踏んでくれ」

「…善処する」

言葉少なく俺お手製のサンドイッチを食べ始めた白王の表情が、パッと明るくなった。

「美味しいな」

「…そうかよ、良かったな」

肘をついて何をするでもなく食事の様子を眺めていると、目の前のお綺麗な顔が、段々と赤みを取り戻していく。

…やっぱり、粗食が体調に支障をきたしているな。

「アンタ、冷蔵庫はいつもあんななのか」

「ああ、そうだ。モノには執着がない、筈だ」

「筈って…なんだその煮え切らない答えは」

「君の作った朝食が…いや、何でもない」

「はあ?」

ありがとう、と言葉を残すと、皿を持ってサッサと引き上げていく。
応接室の扉を出るタイミングで、こちらに顔だけを向けた。

「黒谷君、歯を磨いてきなさい。仕事は8:30からにしよう」

「……ワン」

俺が皮肉をこめて一言で返事をすると、白王は口の端をニヤリと持ち上げた。

「良い子だ」

「うげ」

…ノリノリかよ、やんなきゃ良かった。

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