所詮、狗。

はちのす

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信じられない

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「これは君の部屋の鍵だ」

差し出されたのは、小振りな銀色の鍵。

「俺、ここに住み込みになるのか……?」

なんてことだ。
職場と寝床が一体化してるって事は、プライベートなんかあったもんじゃない。

鍵は掛けられると言うが、それは気休めにしかならない。

「社のため、いつ何時でも役立つのが君の勤めということだ。私の部屋は3階にある、緊急時には訪問を許可しよう」

「私の部屋…って、アンタもここに住んでるのか?」

「ここは私のオフィスであり、住居だ。そして、同時に君のでもある。3階に入りさえしなければ、自由に過ごしてもらって構わないよ」

(って事は、コイツと同居するって事じゃ…)

俺が絶句しているのをいい事に、白王は言葉を重ねた。

「その代わり、保証する衣食住の他に、月にして30万を給金とする。経費は好きに使っていい……業務で君が不自由しないように」

嘘のような条件を提示され、たじろいでしまう。

「そんな好待遇、聞いたこともねぇ。その条件なら、俺なんか雇わずとも働き手で溢れてるんじゃねぇのか」

探偵だって無限に儲かるような職じゃ無い。
波もある仕事なのに、目の前の探偵は事もなげにただの助手としては破格の定給を提案してきた。

「あぁ、いるだろうな。だが、君には刑事としての職歴がある。組織に拳で楯突く度胸も備えていた…そこを評価してるんだよ」

(やっぱりバレてんじゃねぇか)

美しく理知的な色を宿した瞳に面と向かって見つめられ、自分の心を洗いざらい見通されているような感覚に陥る。

「それに生憎と私は金に困っていない。収入源は別にある」

「納得だな。そうじゃなきゃ辻褄が合わないし」

いつの間にか浅く繰り返していた息を深く吐き出すと、胸に支えていたモヤが取れたようだった。

(俺は家無し、職なし。これはきっと千載一遇のチャンスだ。金を貯めるまでの辛抱…そういうことにしよう)

「分かった。アンタに従うよ」

「そうか。では勤務は明日の朝8時からだ。以降は案件の状況により左右するだろう、都度こちらに合わせてくれ……さて、部屋を案内しようか」

「契約書の類はあるか?こういう事にはついて回るだろ」

「あぁ、突然の事で今は用意がない。明日の始業時には整えておこう……今日は何も考えず寝ると良い」

目線だけで、着いてくるようにと促される。

その背をゆったりと追いながら、自分の家となる建造物の構造を頭に入れる。


建造物の構造把握は、業務上の基本だった。

例えば、見つかりたくない物を隠す際には隠された部屋があると都合が良い。

簡単な話だが、初見では気付けないから、見落としがちなポイントになる。

そのため、床下や不自然な間取り、そういう類のものがないかを探ってしまう癖がついていた。

(1階には給湯室、応接間、簡易的な物置、執務室。2階には浴室と、俺の部屋…あとキッチンもあるな。で、3階には立ち入り禁止)

業務以外の大抵の行動は、2階で限定されそうだ。

「2階までの構造は一度で覚えたか?」

「……分かってるなら一々聞くな」

「Good boy, 上々だ」

「グッ…?!」

白王は上機嫌に寒い台詞を吐いて、そのまま俺の部屋と紹介されたスペースに入っていく。

(本格的に犬扱いだな)

"ヴーッ、ワンッ!"と犬を真似て、頭の中で白王を威嚇するが、勿論返事はない。

あっても困るが。

「さて、君の部屋は常日頃手入れされている状態だ。今すぐにでも快適に暮らせるだろう。
あぁ、夕飯は特に何も用意してなかったが…冷蔵庫を確認してみてくれ。

では、明日朝8時に執務室で」

バタン!

扉は呆気なく閉められ、シンとした静寂が身体に纏わりつく。

ふと、震える足に気がついて、床に座り込んだ。

「…俺、限界だったのか」

今更ながら、自分の足元が大きく揺らぎ、支える事も出来なくなっていた事に気が付いた。
モゾモゾ、と這って移動してようやくベッドに辿り着いた。

「はあ、布団あったけ~」

今日は、もう何も考えずに寝よう。
明日からのことは、明日考えれば良い。

…そう、アイツに教えられたのは癪だが。



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