4 / 22
信じられない
しおりを挟む「これは君の部屋の鍵だ」
差し出されたのは、小振りな銀色の鍵。
「俺、ここに住み込みになるのか……?」
なんてことだ。
職場と寝床が一体化してるって事は、プライベートなんかあったもんじゃない。
鍵は掛けられると言うが、それは気休めにしかならない。
「社のため、いつ何時でも役立つのが君の勤めということだ。私の部屋は3階にある、緊急時には訪問を許可しよう」
「私の部屋…って、アンタもここに住んでるのか?」
「ここは私のオフィスであり、住居だ。そして、同時に君のでもある。3階に入りさえしなければ、自由に過ごしてもらって構わないよ」
(って事は、コイツと同居するって事じゃ…)
俺が絶句しているのをいい事に、白王は言葉を重ねた。
「その代わり、保証する衣食住の他に、月にして30万を給金とする。経費は好きに使っていい……業務で君が不自由しないように」
嘘のような条件を提示され、たじろいでしまう。
「そんな好待遇、聞いたこともねぇ。その条件なら、俺なんか雇わずとも働き手で溢れてるんじゃねぇのか」
探偵だって無限に儲かるような職じゃ無い。
波もある仕事なのに、目の前の探偵は事もなげにただの助手としては破格の定給を提案してきた。
「あぁ、いるだろうな。だが、君には刑事としての職歴がある。組織に拳で楯突く度胸も備えていた…そこを評価してるんだよ」
(やっぱりバレてんじゃねぇか)
美しく理知的な色を宿した瞳に面と向かって見つめられ、自分の心を洗いざらい見通されているような感覚に陥る。
「それに生憎と私は金に困っていない。収入源は別にある」
「納得だな。そうじゃなきゃ辻褄が合わないし」
いつの間にか浅く繰り返していた息を深く吐き出すと、胸に支えていたモヤが取れたようだった。
(俺は家無し、職なし。これはきっと千載一遇のチャンスだ。金を貯めるまでの辛抱…そういうことにしよう)
「分かった。アンタに従うよ」
「そうか。では勤務は明日の朝8時からだ。以降は案件の状況により左右するだろう、都度こちらに合わせてくれ……さて、部屋を案内しようか」
「契約書の類はあるか?こういう事にはついて回るだろ」
「あぁ、突然の事で今は用意がない。明日の始業時には整えておこう……今日は何も考えず寝ると良い」
目線だけで、着いてくるようにと促される。
その背をゆったりと追いながら、自分の家となる建造物の構造を頭に入れる。
建造物の構造把握は、業務上の基本だった。
例えば、見つかりたくない物を隠す際には隠された部屋があると都合が良い。
簡単な話だが、初見では気付けないから、見落としがちなポイントになる。
そのため、床下や不自然な間取り、そういう類のものがないかを探ってしまう癖がついていた。
(1階には給湯室、応接間、簡易的な物置、執務室。2階には浴室と、俺の部屋…あとキッチンもあるな。で、3階には立ち入り禁止)
業務以外の大抵の行動は、2階で限定されそうだ。
「2階までの構造は一度で覚えたか?」
「……分かってるなら一々聞くな」
「Good boy, 上々だ」
「グッ…?!」
白王は上機嫌に寒い台詞を吐いて、そのまま俺の部屋と紹介されたスペースに入っていく。
(本格的に犬扱いだな)
"ヴーッ、ワンッ!"と犬を真似て、頭の中で白王を威嚇するが、勿論返事はない。
あっても困るが。
「さて、君の部屋は常日頃手入れされている状態だ。今すぐにでも快適に暮らせるだろう。
あぁ、夕飯は特に何も用意してなかったが…冷蔵庫を確認してみてくれ。
では、明日朝8時に執務室で」
バタン!
扉は呆気なく閉められ、シンとした静寂が身体に纏わりつく。
ふと、震える足に気がついて、床に座り込んだ。
「…俺、限界だったのか」
今更ながら、自分の足元が大きく揺らぎ、支える事も出来なくなっていた事に気が付いた。
モゾモゾ、と這って移動してようやくベッドに辿り着いた。
「はあ、布団あったけ~」
今日は、もう何も考えずに寝よう。
明日からのことは、明日考えれば良い。
…そう、アイツに教えられたのは癪だが。
2
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説
巻き込まれ異世界転移者(俺)は、村人Aなので探さないで下さい。
はちのす
BL
異世界転移に巻き込まれた憐れな俺。
騎士団や勇者に見つからないよう、村人Aとしてスローライフを謳歌してやるんだからな!!
***********
異世界からの転移者を血眼になって探す人達と、ヒラリヒラリと躱す村人A(俺)の日常。
イケメン(複数)×平凡?
全年齢対象、すごく健全
俺のまったり生活はどこへ?
グランラババー
BL
異世界に転生したリューイは、前世での死因を鑑みて、今世は若いうちだけ頑張って仕事をして、不労所得獲得を目指し、20代後半からはのんびり、まったり生活することにする。
しかし、次代の王となる第一王子に気に入られたり、伝説のドラゴンを倒したりと、今世も仕事からは逃れられそうにない。
さて、リューイは無事に不労所得獲得と、のんびり、まったり生活を実現できるのか?
「俺と第一王子との婚約なんて聞いてない!!」
BLではありますが、軽い恋愛要素があるぐらいで、R18には至りません。
以前は別の名前で投稿してたのですが、小説の内容がどうしても題名に沿わなくなってしまったため、題名を変更しました。
題名変更に伴い、小説の内容を少しずつ変更していきます。
小説の修正が終わりましたら、新章を投稿していきたいと思っています。
ひとりぼっちの180日
あこ
BL
付き合いだしたのは高校の時。
何かと不便な場所にあった、全寮制男子高校時代だ。
篠原茜は、その学園の想像を遥かに超えた風習に驚いたものの、順調な滑り出しで学園生活を始めた。
二年目からは学園生活を楽しみ始め、その矢先、田村ツトムから猛アピールを受け始める。
いつの間にか絆されて、二年次夏休みを前に二人は付き合い始めた。
▷ よくある?王道全寮制男子校を卒業したキャラクターばっかり。
▷ 綺麗系な受けは学園時代保健室の天使なんて言われてた。
▷ 攻めはスポーツマン。
▶︎ タグがネタバレ状態かもしれません。
▶︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
台風の目はどこだ
あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。
政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。
そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。
✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台
✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました)
✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様
✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様
✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様
✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様
✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。
✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)
平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。
無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。
そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。
でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。
___________________
異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分)
わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか
現在体調不良により休止中 2021/9月20日
最新話更新 2022/12月27日
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる