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初めて
しおりを挟む「黒島!教科書を読み上げてくれ」
「……どこやってるんでしたっけ」
「おいおい、授業聞いてないのか。そんなんでついて来れるのか?」
「問題ないです」
授業は、はっきり言って退屈だ。
教科書なんて読めば理解出来るし、復習も一度やりさえすれば、応用も含めた試験範囲は全て網羅できる。
この学校のレベルはこんなもんだと言ってしまえばそれまでだが、そもそも進行速度が遅いし授業内容も面白味がない。
つまりは、さっさと終わらせて帰りたいんだ。
終礼を終えるまでひたすら一人で黙々と
教科書を読み進め、2年生2ヶ月目の今日、ようやく一冊を完走した。
これで来年までのテストも安泰なのだが、授業中の暇潰しがないため、逆に明日から困るだろう。
── いつも何かしらで憂鬱になっているな、俺。
周囲の生徒達は何の悩みも無い顔をしていて、この環境に馴染めない自分の歪さを改めて自覚する。
最速で帰り支度をしていると、帰りはカラオケに寄ろうだの、ゲーセンに寄ろうだのと楽しそうに話している声が聞こえてきた。
黒島も誘うか、という発言も遠くで聞こえたが、あいにく俺は全く興味がない。
何なら声を掛けられる前にさっさと教室を出てしまいたい。
それも、俺を笑い物にしたあの面子と、連れ立って歩く事に抵抗感があるからだ。
── もし赤坂が、この学校に居たなら。
そんな、らしくもない例え話を考えてしまう。
でも、赤坂なら……俺を侮りも、下心を持つこともせずに接してくれる。
あのぴょこぴょこと動き回る癖っ毛が脳裏にチラついて、何だか胸がざわついた。
自分で思考に登場させておきながら、勝手に苛立ちのような感情を募らせている。
自分でも良くわからない機微を隅に押しやり、騒がしい教室を後にした。
*********
「赤坂、お前なんで毎回このタイミングで来るの?」
「俺のルーティンが終わる時間が、ちょうどそっちの休憩時間と合ってるんだよ」
「へぇ、ルーティンね」
俺はまた滝のように流れる汗を、今度は自前のタオルで拭っている。
「いつも凄い汗だけど、どんな練習してんの」
「お、興味ある? 走り込みと、体幹トレーニングと、ジャンプ練習とかかな」
「……ジャンプ練習?」
全く聞き馴染みのない名前が飛び出て、思わず鸚鵡返しをしてしまった。
「そ! バスケのゴールって305cmのところにあるんだ。だから跳躍力を鍛えて、少しでも近づいてやろうと思ってさ」
「あぁ、小柄だからか」
赤坂に対して幼さを感じる一因は、その小柄な体格だった。
「……ずっと思ってたんだけど。黒島ってかなり身長高いよね。何センチ?」
そういえば、コイツと話している間、一度も立ってないな。
口で言うより早いだろうと、ゆるりと立ち上がった。
見下ろすと、隣に座っている赤坂が、さらにちんまりとして見える。
「で、ででで! でかい……ッ!」
「この前の健診では182cmだった」
「うぉ~凄すぎ! あてっ、首痛くなってきた!」
そう言って赤坂も立ち上がったものの、それでもなお俺の胸の位置にあの癖っ毛がぴょんと立っている状態だ。
目視だけでも、20cm近く差がありそうだ。
「……身長高過ぎるのも不便だから」
「もう! そういうフォローはいらないって! 俺は慣れっこだからいーの」
適当な励ましが反感を買ったのか、ぷくりと頬を膨らませた赤坂は、膨れ顔のままスポーツバッグを背負った。
「今日は忘れ物すんなよ」
「してないって」
「してるだろ、ホラ」
俺はいつ差し出してやろうかと迷っていた物を、赤坂のスポーツバッグに捩じ込んだ。
「そんだけ練習すりゃ腹減るだろ。やるよ」
「あ、栄養補給食だ……いいの?」
「……さっさと行けよ」
「!ありがと、黒島」
赤坂は、俺が捩じ込んだばかりの袋を取り出すと、大事そうに両手で持ち直してへにゃりと笑う。
「……」
今度こそ走り出した赤坂の背が消えるまで、俺はその場に立ち尽くしていた。
「何なんだよ、この満足感は……」
赤坂の嬉しそうな笑顔を見て、飼い犬におやつを与えたような充足感。
それでいて、何故か手足の先まで暖かくなったような、そんな錯覚に惑わされた。
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