君に会える、一時間。

はちのす

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アイドルの受難

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鏡の前に立つと、嫌でも目に入る。

嫌いじゃない。けど、煩わしい。
そんな言葉がピッタリ当てはまるだろう、少しばかり特殊な顔立ち。

「はぁ」

寝癖のついた艶のある黒髪を軽く整え、乾燥気味な唇を無色のリップで潤す。
美容と言えるほどのこだわりはないが、どこで噂されても困らないよう、身嗜みにはそこそこ気を遣っている。

服も、持ち物も……当たり障りのない物で固めているつもりだが、それでも注目の的になるんだから、やっていられない。

身長182cm、成績優秀、顔立ちはクールなアイドル系。

瀬名高校のアイドル ──つまりは学校を代表する見目と傍迷惑な噂をされる、俺こと 黒島 涼くろしま りょう は、今日も憂鬱な面持ちで登校していた。


「やば、黒島だ。朝からビジュ極まってんな」

「あれで頭も良いとか、天が百物を与えてるよ。羨ましすぎるわ」


家から出ると間髪置かずに、視線の嵐が俺を襲う。

一年足らずでズボンの丈が合わなくなり、特注になった制服のポケットに手を突っ込む。
そのまま手探りで無線のイヤホンを取り出すと、外界を遮断するように爆音で音楽を流し始めた。

── サンタが魔法を使えるとしたら、透明になれるマントを強請るのに。

俺は整った容姿とスタイルのせいで、意図せず人目を惹きつけるオーラを醸し出している、らしい。
そう噂されてるのを、昨日聞いてしまった。

「ウザ。こっちは普通に生きてるだけなんだけど」

単に女子生徒に騒がれるくらいならスルーも出来る。
だが、好意を持たれる範囲が、老若男女を問わない事がまた問題だった。

幾分か視線もマシになるだろうと入学した男子校でさえもこの始末。
高校入学後ひと月で、周りの男子生徒から、一挙手一投足に熱視線を受けるようになってしまった。


『今日はどんなヘアスタイルで、どんなアクセサリーだったか』

『いつも一人でいるが、誰かとつるんでいるのか』

『あの見た目なんだし、芸能活動をやっているんじゃないか』


いつも噂話の的になり続けて、俺の心中とは関わりなくコンテンツとして消費されていく。心から休まるのは家の中だけだと、この学校に入って改めて思い知らされたのだ。

元々人と距離を置きたがる俺が、あらゆる部活からの勧誘を無視して帰宅部に入部し、家に篭りがちになったのはごく自然な流れだっただろう。

そんな状況でも、この学校に見切りをつけないのはが無いからに他ならない。

手狭な体育館しかないこの学校では、長距離走などの陸上競技はもちろん、サッカーやバスケなどの広いコートが必要になる競技は授業で採用されない。
あるのは、ダンスや剣道、筋トレといった、比較的省スペースで出来る競技の授業だけだ。

その事だけを、心の拠り所にしていたのだが。

「……2年だけはグラウンドでの授業があるって、知らなかった。最悪」

とある郊外の学校へと突き進むバスに揺られながら、酔いが倍増する不快感に襲われる。

これから訪れるであろう最悪な時間が頭を過り、一人ため息を吐いた。


**********


「よし、今日は初めてのグラウンドでの授業だ。これから1年間、週に1度だが、体育の授業のみの日を設定している。朝のバスに乗り遅れないようにな!」

先生の声が広々としたグラウンドに響く。

「それと、グラウンドを借りているだけだから、校舎には入らないこと! 共学だからといって、潜入しようなんて考えるなよ。ジャージの色ですぐにバレるからな!」

「先生~! 前から思ってたんですけど、ウチの学校のジャージの色ダサすぎ!」

「そうだそうだ! これ着こなせるのって、黒島ぐらいじゃねぇの……ほら、女子が見に来てるよ」

一人の生徒が囃し立てるのを耳にして、思わず後ろを振り返った。
グラウンドと校舎を隔てるフェンスには、チラホラと女子が立っており、物珍しそうにこちらを見ているのが伺える。

何人かの女子は俺を指差し、きゃあきゃあと黄色い声を上げていた。

「……」

帰りたい。今すぐにバスに乗り込んで、授業が終わるまで寝ていたい。

「こんなダサいジャージも、黒島が着るとアイドルの衣装みたいだもんな…おかしいよ、世の中って」

「はいはい、お前らの不平不満は分かった!そんなことより、さっさと授業を始めるぞ」

そう言いながら、先生は後ろ手に持っていたボールをこちらに見せるように掲げた。

「今日の種目はバスケだ! ここはグラウンドにゴールが設置されているから、3on3での練習試合をするぞ! 3人1組を作ってくれ」

先生のその言葉を聞いた瞬間、クラスメイト達の目の色が変わった。
皆一様に最後列へと勢いよく走り出す。
その目的は言わずもがな、背の順でいつも通り最後列に並んでいる俺だ。

「黒島を獲れ! 学内一の高身長だ!」

「……本当に嫌なんだけど」

拒否の言葉は誰にも届く事なく掻き消え、あっという間に“黒島争奪戦“が始まってしまった。

どうせ、俺と組んでも良いことなんて一つもないのに。
そんな心の声が聞こえるわけもなく、熾烈な争いが始まった数分後に、一人の生徒が声を掛けてきた。

ジャンケンで勝ち残ったらしいクラスメイトは意気揚々と俺にボールを投げ渡してくる。

「っしゃあ!かましてやろうぜ」

「……」


ピーーーーーーッ!


試合開始を告げる笛の音と共に、手から滑り落ちたボールがコロリと転がる。

……そして、学校のアイドル 黒島 涼 が壊滅的な運動音痴であるという、ある種の伝説が刻まれた。
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