上 下
2 / 10

目指す先は

しおりを挟む

「しっかし、ネーミングが悪いよな……あやかしってなんか気味悪いし、相談者も寄り付かないんじゃないか?」

(とは言いつつも、上手くカモられてくれそうな俺という人間が向かっているんだけどな。)

 この店に疑念は拭えないものの、ええいやったれ!の気持ちで自暴自棄になりながら目的地を目指す。
 この地図通りにあるとすれば、そろそろ看板でも入り口でも、何かしらは見えてきそうなものなんだが…周囲を見回してみても、住宅街が広がるばかりで、何の目印も見当たらない。
 特筆すべきことといえば、目の前にある日本家屋が富豪の御屋敷かと見紛うほどの大きさと造り込みだということぐらいか。

「この地図、やっぱり間違ってんじゃないのか?そもそも、どっちが北でどっちが南なんだ…。」

 地図を回したり傾けたりしてみていると、どこからか凛とした声が聞こえてくる。

「よろずやに用か」

 てっきり人がいないと思い込んでいたため、俺は思わず飛び上がって声の発生源を探した。だが、いくら探せども、話しかけてきたであろう人どころか、遠くの人影でさえも見えない。
 妖怪は視えても、ホラー体験の場数を踏んでいる訳ではないから、怖いものは苦手だ。
 俺は怯えつつも、相手の言葉を待った。

「それならば、目の前の門を3度打ち付けると良い。店主は中に篭りきりでな、客が門を叩かなければ動こうともしない……呆れたものだ。」

 内容から察するに、ご丁寧によろずやを見つけられない俺にヒントをくれたようだった。相変わらず姿は見えないが、ここにずっと居続けても仕方ない。事情通なこの声に従う他ない状況な訳だし、と腹を決めて目の前の日本家屋の数寄屋すきや門を3度叩く。
 すると、何かを引きずるようにゴゴゴゴ……と地面が鳴動し、それに呼応して扉がゆっくりと開かれて行く。

「お、お邪魔しま……え、誰も居ない? 」

 門を開けてくれた人に挨拶でも、と思い覗き込んだ家屋の中は壮観な庭が広がるばかりで、やはり此処にも人影がない。
 庭は日本庭園然としており、石や水を効果的に取り入れた龍門瀑りゅうもんばくは見事な出来で、こんな場所が家の敷地内に広がっていることが信じられないほどだ。……というか、外から見た敷地の広さと辻褄が合わない気がするんだけど、どういう構造なんだ。
 キョロキョロとあたりを見回していると、スルリと足元から白いモフモフしたものが抜け出てくる。庭の水路を避け、少し先に進んだところで俺を振り返りちょこんと座った。

「あれ、君さっきの……」

 よ、妖怪じゃんかよ……!!
 不味い、かなり安易に話しかけようとしてしまった。約2年間も頑張って無視し続けてきたのに、余りに人がいなさすぎて気が緩んでいた。

「ふふーん! 」

 俺は鼻歌を歌いながら、猫など見えていないかのように庭を通り抜けようとしたのだが、先の割れたの尻尾で器用に足を捕らえられてしまった。
 そして、そのモフモフとした口から、あの時の凛とした声が発せられる。

「おい、吾輩が見えているんだろう。人間にしては珍しいにゃ。」

「し、喋ったぁぁぁああ!! 」

「に"ゃっ?! 」

 予想外だ。斜め上というか、正反対だ。妖怪が言葉を発するなんて、2年間で初めての事例だった。
 俺の声に仰天したらしい猫の妖怪は、腹を見せてひっくり返ってしまう。

「おい人間っ!その大声はなんとかならなんのか!喧しくてかなわんわ! 」

「す、すみません……? 」

 居住まいを正してから自分のことを猫又と名乗った妖怪は、付いて来いと俺に声をかけ、慣れた様子で庭をずんずんと突き進んでいく。
 成り行きでついてきちゃったけど、明らかにやばい場所だよな、ここ。
 “よろずや あやかし”という名前は妄言でも誇張でもなんでもなく、本当に妖怪が出入りする場所だったんだ。
 ……気がつくのが遅すぎた、猫又に見つかってしまったし、もう引き返すことも出来ない。
 俺は自分の不運を嘆きながら、猫又のフリフリと振られる尻尾の後をついて行く。
 少し歩くと、家屋の母屋が見えてきて、縁側にダラリと寝そべる人影を発見した。

「おい、無精者。珍妙な客だぞ、吾輩が連れてきてやったんだ。早く持て成さんか。」

 猫又はその人に近付くと、尊大な態度でその人影の上に乗り上げカリカリとその頭を引っ掻き始めた。
 引っ掻かれた人物はようやく上体を起こすと、眠そうに欠伸をしながら猫又の首根っこを引っ掴む。

「五月蝿い、何の用だ…この前の依頼は熟しただろ。」

「今日の客は吾輩じゃない、あそこの人間にゃ」

 猫又の尻尾が俺をズビシ!と指す。それにつられるようにして、俺に視線を向けたその人は、俺を認めると僅かだが目を見開いた。
 猫又やこの人の空気感は似通っている。ということは、やっぱりこの人も…

「人間が何の用だ。」

 ああやっぱり、姿は人間でも“妖怪”なんだ。
 1ミリほど期待していた、この人が人間である説も数秒で打ち砕かれ、俺が苦労して積み重ねてきた平穏な2年間は呆気なく崩れ去っていった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ねぇ、狐さん

キャラ文芸
陰陽師の青年と、狐の男装女子の恋物語 前にエブリスタで書いていた物を修整しました。

鈍色送り

南部忠相
キャラ文芸
怪異、それは無から出でて生あるものへ忍び寄る。 古よりその怪異を祓うもの達がいた。これは歴史の表には決して現れない人間たちの物語。

もち妖怪もちっこ夫婦

荒井 恵美
キャラ文芸
ハートフルストーリー。もち妖怪もちっこの日常。もちのねばり腰は、きたえています。

追憶の剣聖姫〜剣導部外伝〜

九重死処/shiori
キャラ文芸
脅威の戦跡を刻む神住の原点のお話 本編では語られない神住の秘密が明らかに――

一人夜行 ~お人好しぬらりひょんの妖魔奇譚~

稲葉りん
キャラ文芸
人知れず民家に入っては、お茶を飲んでいるだけの妖怪ぬらりひょん。その息子として生まれた滑川竜次は高校生として学生生活を送っていた。そこにいることに疑問を感じなくても、誰一人として彼の名前を知るものはいない。そんな日常のなかで竜次は不意に隣の席の女子生徒、八雲紗菜から名前を呼ばれる。 故あって八雲と共にあらゆる妖魔退治をすることになった竜次は、ただのパッとしない妖怪のハーフか、はたまた百鬼夜行の総大将の血を引くものなのか。 ※作品中に存在するキャラクター、ストーリーのモチーフになっている逸話、文学等については筆者の個人的な見解が含まれます。あくまでもフィクションとしてお楽しみください。

魔法使いの名付け親

玉響なつめ
キャラ文芸
母子家庭で育った女子高生の柏木可紗は、ある日突然、母を亡くした。 そんな彼女の元に現れたのは、母親から聞いていた彼女の名付け親。 『大丈夫よ、可紗。貴女の名前はね、ロシアの魔法使いにつけてもらったんだから!』 母親に頼まれていたと語る不思議な女性、ジルニトラとその執事により身寄りもない可紗は彼らと暮らすことになる。 そして、母親の死をゆっくりと受け入れ始め、彼らとの新しい『家族』のカタチを模索していると――? 魔法使いと、普通の女子高生が織りなす穏やかな物語。 今まで気づかなかった世界に気がついた時、彼女は自分の中で閉じ込めていた夢を再び取り戻す。 ※小説家になろう にも同時掲載しています

こちら夢守市役所あやかしよろず相談課

木原あざみ
キャラ文芸
異動先はまさかのあやかしよろず相談課!? 変人ばかりの職場で始まるほっこりお役所コメディ ✳︎✳︎ 三崎はな。夢守市役所に入庁して三年目。はじめての異動先は「旧館のもじゃおさん」と呼ばれる変人が在籍しているよろず相談課。一度配属されたら最後、二度と異動はないと噂されている夢守市役所の墓場でした。 けれど、このよろず相談課、本当の名称は●●よろず相談課で――。それっていったいどういうこと? みたいな話です。 第7回キャラ文芸大賞奨励賞ありがとうございました。

三度目の創世 〜樹木生誕〜

湖霧どどめ
キャラ文芸
国単位で起こる超常現象『革命』。全てを無に帰し、新たなる文明を作り直す為の…神による手段。 日本で『革命』が起こり暫く。『新』日本は、『旧』日本が遺した僅かな手掛かりを元に再生を開始していた。 ある者は取り戻す為。ある者は生かす為。ある者は進む為。 --そして三度目の創世を望む者が現れる。 近未来日本をベースにしたちょっとしたバトルファンタジー。以前某投稿サイトで投稿していましたが、こちらにて加筆修正込みで再スタートです。 お気に入り登録してくださった方ありがとうございます! 無事完結いたしました。本当に、ありがとうございます。

処理中です...