鈴ノ宮恋愛奇譚

麻竹

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第四章【過去】

第二十話

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――帰宅早々散々な目にあった……。

ようやく客間へ辿り着いた兇は僅か数分の出来事で既にぐったりと疲れ果てていた。

――だから家に呼びたくなかったのに……。

少々過保護な家族はきっと興味津々で出迎えてくるとわかっていた、兇は予想通りの展開に恥ずかしさを通り越して呆れていた。
両手で顔を覆い溜息を吐いていると客間の物色に飽きた光一が話しかけてきた。

「なあなあ、お前んちってすげえなぁ。」

床の間の掛け軸を捲りながら「純和風って感じだな~♪」と言いながら満面の笑顔だ。

「そうか?どこにでもあるだろそんなもん。」

そんな光一を鬱陶しく思いながら兇は素っ気無く答えた。
その答えに光一は「うちにこんなもんねーよ!」と引き攣りながら言い返す。
その言葉に兇はきょとんとした顔をする。

「光一の家は団地だからでしょう。」

そこへ若菜が会話に混ざってきた。

「俺の家は一軒家だよ!つうか普通の家にこんな広い客間なんかないってーの!」

若菜の言葉にムキになって反論する光一。

「まあまあ、鈴宮君の家は本家だからしょうがないよ。」

そんな二人に割って入ったのは北斗だった。
なんとかフォローしようと話に加わる北斗の言葉に光一が真っ先に反応する。

「本家なのか!?すっげ~♪」

そう言いながら兇を尊敬の眼差しで見つめる光一。
フォローに入ったつもりが逆に事態をややこしくしてしまったようだ。
光一はキラキラした視線で兇に質問をしはじめた。

「本家ってことは退魔師の?それってマジすげーじゃん!え、てことはさっきの兇の親父さんって当主かよ!凄いな!!」

どんどん話を広げていく光一に兇がうんざりした顔で溜息を吐く。
そうこうしている内にも光一の質問攻めはどんどんエスカレートしていった。

「つうかさ兇、お前悪霊とかと戦うんだろ?どうやって戦うんだ?」

見ると瞳をキラキラさせた光一が詰め寄ってきていた。
一番聞きたかった話題なのだろう、光一の隣にいた若菜も平静を装いながら聞き耳を立てている。
光一は霊との対応を何か勘違いしているらしい。
漫画や映画であるような悪い悪霊を倒す陰陽師的なイメージを持っているらしく派手なアクションを期待するような質問が多かった。

「霊とは必要以上に交戦したりしない。まず霊と打ち解けることを前提に霊と交渉するんだ。」

「え?……」

興奮気味に質問してきていた光一は兇のその言葉に驚いたように目を見張った。

「この世に留まる霊は生前の未練や心残りが原因で成仏できないでいる。その霊の話を聞いて彼らの悩みを解決してあげるのが俺の……俺達の役目だ。」

兇は静かな声で淡々と説明した。

そう、霊には色々ある。
自縛霊や浮遊霊、未練を断ち切れないで悪霊になってしまった霊など様々だ。
そんな霊達を導き供養するのが自分達なのだと兇は言った。
いつの間にか光一は大人しくなっていた。
兇の話を食い入るように聞き入っている。

「だから……霊と俺達は敵同士なんかじゃないんだ。」

兇の言葉が重く深く光一達の胸へと落ちていった。

「そうか……。」

兇の話を聞き終えた光一がぽつりと呟いた。
先程まで好奇心旺盛に兇へと詰め寄っていた姿は身を潜め、何故か叱られた子供のような顔をする光一の姿があった。

「その……悪かったな……なんか俺勘違いしてたみたいでさ。」

光一はバツが悪そうに謝ってきた。

「いや……霊の事をわかってくれたのならいいんだ。」

そんな光一に兇はふわりと優しい笑みを見せながらそう言ってきた。
その珍しい表情に光一が固まった。
これが兇の素の笑顔なのだろう。
その柔らかな天使のような微笑みに光一をはじめ、若菜や北斗までが顔を赤くしていた。

「おまっ……その顔はずるいぞ!!」

赤くなった顔を腕で隠しながら光一が慌てて言う。
そんな光一に兇はわけがわからずキョトンとした顔をした。

「何照れてんのよ、そういう趣味があったの?気色悪いわね。」

若菜が光一を茶化すように割って入ってきた。

「はあっ!?お前何言ってんだよ?」

「ぷっ……くすくすくす。」

「北斗まで!お前らいい加減にしろよ!!」

慌てる光一の姿にその場にいた全員が笑い出した。
一気に場が和む。

「ふふ、霊ってそんな悪いものじゃないんだよ…ね、鈴宮君!」

「ああ」

北斗がくすくす笑いながら兇に同意を求めると兇は嬉しそうに頷いた。

「霊は悪いものじゃないそれだけはわかって欲しい。ただ……」

兇はそう言いながら一旦言葉を切り三人の顔を見回した。

「ただ、残念なことにごく一部だが手に負えない霊がいる……それが悪霊と呼ばれているものだ。」

兇の真剣な眼差しに三人は無言で見返した。

「今回は不運なことにその悪霊が相手になる。しかもかなり手強い相手だ……こんな事にみんなを巻き込んですまないと思ってる。」

そう言って兇は頭を下げてきた。
その姿に北斗は慌てて兇の隣に移動すると同じく頭を下げてきた。

「ちょっ、どうしたんだよいきなり!?」

「ちょっとやめてよ二人共。」

突然のことに慌てる光一と若菜。

「ううん、この件は私も関わってることだから。巻き込んでごめん。」

北斗は頭を下げたままそう言ってきた。
そんな兇と北斗におろおろする若菜と光一。

「三人のことは全力で守るから安心してくれ!」

そう言って面を上げた真剣な瞳で言ってくる兇に光一が叫ぶように言い返してきた。

「な、なんだよ!水臭い事言うなよ!!俺達だって乗りかかった船なんだから協力するつもりなんだぞ!それにほら、師匠から貰ったこれもあるしさ、俺達でも何かの役には立つって♪」

光一はそう言いながらガッツポーズをするように腕に嵌めた数珠を見せてきた。

「そうよ、私達も何か力になれる事があるはずよ!もう、鈴宮君も北斗も二人で何とかしようとしないでよ、友達でしょ!!」

「若菜……光一君……」

ようやく顔を上げた北斗は嬉しさで瞳を潤ませていると……

「う~ん美しい友情だねぇ。うんうんそうだよみんなで力を合わせれば悪霊の一匹や十匹どおってことないよねぇ~♪」

そう言いながら部屋の障子を開けて猛が入ってきた。

「師匠!」

光一が驚いたように声をあげる。

「ふふふ、そうですねぇみなさんが協力すれば百人力ですね♪」

更に猛の背後からにこにこと笑いながら保まで現れた。
突然の訪問客に唖然とする一同。

「何しに来たんだおまえら……。」

固まる同級生達を庇うように兇が低い声で言ってきた。
そんな弟の反応に猛はくすりと笑うと――

「いや~夕飯できたよ~って呼びに来たら君達の素晴らしい熱弁が聞こえてきたからつい♪」

「おや奇遇ですね~♪私も甘酸っぱい青春の1ページに参加させてもらおうかと♪」

にやにや笑いながら感動のやり取りを台無しにしてくれた父と兄に兇は――

「出て行け!!!」

ブチ切れながら怒鳴り返すのであった。
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