鈴ノ宮恋愛奇譚

麻竹

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第四章【過去】

第七話

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「え?猛・・・・さん?」

北斗は思わずそう尋ねてしまった。
着物の男性の顔が猛にそっくりだったからだ。
いや、よく見ると兇にも似ている。

「おや?貴女が最近うちへいらしているというお嬢さんですね。」

どことなく二人に似た男性に北斗が困惑していると、その男性がにこりと菩薩のような笑顔で尋ねてきた。
その言葉に北斗がさらに困惑していると背後から声が聞こえてきた。



「お久し振りです・・・・・・父さん。」



背後にはいつの間に来たのか兇が立っていた。
しかも何故か顔は無表情だ。

「へ?」

突然背後に来ていた兇にも驚いたが、何よりも兇から発せられた言葉に北斗は驚いていた。

――え?え?父さんって・・・・オトウサン??

北斗は玄関に立つ着物の男性をまじまじと見た。

短く切り揃えられた色素の薄い髪。
渋めの色の着物にお揃いの色の羽織を着た男性の面影は兇にも猛にも似ていた。
そして落ち着いた雰囲気はあるのだがどことなく威厳を感じる佇まい。

北斗が呆けているとまた背後から声が聞こえてきた。

「あらあら、お早いご到着でしたわね。おかえりなさい保さん。」

凛と澄んだ声を響かせて現れたのは清音だった。
清音は嬉しそうに着物男の帰宅を喜んでいる様だった。

「ただいま清音さん。私が居ない間家の事で変わりは無かったですか?」

「ええ特には・・・・でも猛さんが・・・・。」

清音はそう言って表情を曇らせてしまった。

「猛の事は聞いているよ。大変だったね。」

保と呼ばれた兇達の父親はそう言うと清音の肩に優しく手を乗せてきた。

「あなた・・・・。」

見詰め合う夫婦。
そんな二人をどきどきと見守っていると、北斗と兇の視線に気がついたのか清音が慌てて保から離れた。

「こ、こんな所で立ち話もなんですわね。朝食の用意もできてますから話は食事をしながらしましょう。」

清音はそう言って促すと恥ずかしそうに奥へと引っ込んでしまった。

「やあ、久し振りの清音さんの手料理か楽しみだなぁ。さあ、二人とも行きましょうか。」

保は嬉しそうに言いながら玄関を上がると北斗と兇を連れて食事の間へと向かうのだった。





「では改めて。はじめまして、私が現当主の鈴宮すずみや たもつです、よろしく。」

「あ、こちらこそはじめまして。居候させて頂いている那々瀬 北斗です。」

あの後、清音が用意してくれた朝食を囲みながら保と北斗が自己紹介をしていた。

「うん、相変わらず清音さんの作る料理はおいしいなぁ。」

ホカホカと湯気の昇るお茶碗を片手に、ニコニコと笑顔を絶やさない鈴宮家当主を目の前にして、北斗は緊張していた。
そんな北斗は、ふとある事を思い出す。

「あ、あの・・・当主って、確か猛さんだったんじゃ?」

北斗の質問に保は一瞬きょとんとした顔になったが、ややあって「ああ」と言葉を続けた。

「長男には私がいない間の代理をやってもらっていたんですよ。あいつが現当主と言っていたんですか?」

にこにこと聞いてくる保に北斗は思わず首を横に振った。
以前猛は確かに『現当主』と名乗った事はあるのだが・・・・。
何故かそれを言ってはいけないような気がして黙っておいた。

「い、いえ、私が勝手にそう思っていただけです。その・・・・すみません。」

「あはは、謝る事はありませんよ。私もずっとこちらに居ませんでしたからねぇ~。」

にこにこと朗らかに笑う保に北斗は「はぁ」と相槌を打つしかなかった。
そんな二人の遣り取りを遮るように隣に座っていた兇が言葉を挟んできた。

「で、父さんはなんでまた家に戻ってきたの?」

探るような兇の言葉に保は一瞬呆けた後、笑顔になってこう返してきた。

「あははは、そりゃぁ~息子達の一大事と聞いて駆けつけない親は居ないだろう?」

朗らかな笑顔と共に言われた保の答えに、何故か兇は眉間に皺を寄せて半眼になった。

「それだけじゃないだろう?」

兇は保の顔をじっと見据えるとそう言ってきた。
その言葉に保は笑顔のまま息子に向き直る。

「おや、次男君は何かお気に召さないようですねぇ。」

保はそう言うと困ったように眉根を下げた。

「貴方がそんな事で動くとは思えませんからね。」

兇は保に対して丁寧な言葉使いではあったが、どこか棘を含んだ物言いに北斗は二人を見ながらハラハラしていた。

「私も一応父親の端くれですよ。君は私が息子が怪我をして黙っているとでも思っていたのかな?」

にこにこと笑顔を張り付かせていた保は、兇の言葉に少しだけ不満そうな低い声で答えると、これみよがしに”よよよ”と着物の袖で顔を覆いながら泣き崩れた。
その姿に兇は「うっ」と一瞬怯む。
そんな兇に向かって保は更に言葉を続けた。

「私は、私は、こ~んなにも息子達のことを思っているのに・・・・。長男の猛君が怪我したっていうから仕事も途中だったけど、それすらも放り出して飛んで来たっていうのに・・・・それなのに、それなのに・・・・次男の兇君はそんな私を疑うんだね・・・・。」

そう言いながら保は兇の顔を恨めしそうに見つめた。
こうなるともう手がつけられない。
泣き崩れる父親を兇はジト目で見ながら胸中で呟いていた。

この嘘泣きク○親父が!!

兇は、はっきり言って父が苦手だった。
聡明で堅実な鈴宮家当主と謳われている保。
確かに聡明で堅実・・・・ではあるのだが・・・・。
この掴み所のない飄々とした態度や口調が兇はどうしても苦手だった。
今はここにはいない、よく似た相手を思い出しながら兇は小さく舌打ちした。
今はまだ一人だから何とか我慢できるが、これが二人揃った日には・・・・

はっきり言ってメンドクサイ!

そう胸中で呟きながら兇は眉間に深い皺を寄せながら心底嫌そうに嘆息するのだった。
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