鈴ノ宮恋愛奇譚

麻竹

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第三章【霊導者】

第十一話

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青白い光の中を入るとすぐ外に出られた。
兇と猛は目の前の光景に、やはりあの場所は神隠しの境い目だったのだと確信する。

二人は深い林の中にいた。

先程までいた交差点にも林はあったがこんなに広くは無かった。
ぐるりと周りを囲む木々の群れの奥は深く、高くそびえた木々は日の光を遮断して辺りを薄暗くしていた。
あの交差点にあった林はもっと木が少なくてもっと明るかったはず。
ここがまったくの別空間である事を認識しながら兇達は注意深く辺りを見渡した。
すると自分達が立つ目の前に深緑色に濁った大きな池があった。
更に見渡すとその奥に小さなお堂があるのが見えた。

「あそこを見てみよう。」

猛の言葉に兇は頷くと急いで近くに行ってみた。
近くに行くと結構大きなお堂だったことに気づく。
人が数人入れる程のそのお堂は古びて所々が朽ちかけていた。
木でできた階段を登り入り口の戸の前に立つ。
ふと、その戸の内側から微かに人の声が聞こえてきた。
二人はお互い頷き合うと一気に戸を開いた。

「那々瀬さん!」

「北斗ちゃん!!」

「キャッ」

二人の声に悲鳴のような小さな声が混じった。
その聞き覚えのある声に二人は思わず中へと急いで入って行く。
開け放たれた戸の向う、薄っすらと明るくなったそのお堂の中で捜し求めていた人物を見つけた。

「二人ともどうしてここへ?」

いきなり現れた兄弟に北斗は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げた。

「北斗ちゃん怪我は!?」

北斗の元へ辿り着いた猛はそう言うや否や、驚く北斗の腕や足を掴むと真剣な顔で異常が無いか確かめ始めた。

「た、猛さん!ちょ・・・きゃあ!な、なにを!?」

間髪居れずに体の隅々を診察し始めた猛に北斗は顔を真っ赤にさせて抗議する。

「はっ!ここはっ!?」

そう言って猛が北斗のスカートへと手を伸ばした瞬間――

ごいん

久々に聞く懐かしい音が響いてきた。
ぷしゅう~と音を立てて猛がその場に蹲る。
その後ろでは米神に青筋を浮かべた兇が立っていた。

「この非常時に!いいかげんにしろ!!」

相変わらずなそのやり取りに恥ずかしさで半泣き状態だった北斗は何故かほっとする。
怒りに拳を震わせていた兇も我に返ると北斗の元へ駆け寄ってきた。

「那々瀬さん大丈夫?」

そう言いながら北斗のすぐ横で片膝をついて顔を窺う。
先程のセクハラ兄とは違い自分を気遣うその真剣な眼差しに北斗の緊張が一気に解れた。

「す、鈴宮君・・・・」

北斗の瞳がみるみるうちに潤んでいく。
「心細かったよー!!」と声を上げながら北斗は兇の胸へと縋りついた。
そんな北斗を兇は優しく包み込む。

「良かった無事で・・・・」

顎にかかる北斗の柔らかい髪の感触を感じながら兇は安堵の溜息を漏らした。
しばらくの間二人がそうしていると、横から「オホン」と咳払いが聞こえてきた。

「お楽しみの所悪いんだけど二人共、今の状況わかってる?」

呆れ声でそう言ってきたのはいつの間にか復活した猛であった。
猛の言葉に二人ははた、と気づき慌てて離れる。
顔を赤くさせながら辺りを見回すと無数の瞳がこちらを見ていた。

「そ、そ、そ、そういえばそうだった。」

現状をいち早く理解した北斗が震える声で呟いた。
北斗の言葉に兇はようやく辺りを見渡した。
そこには――

数人の子供達――が抱き合う二人を好奇の目で見つめていたのだった。

「な、な、な、那々瀬さん、こ、この子達は!?」

ようやく己のしでかした恥ずかしい行動に気づいた兇は震える声で北斗を振り返る。

「え、ええ~っと・・・・」

お堂の中で出会った子供達のことを北斗は何と答えてよいか判らず首を傾げる。
そこへ救いの一言が降ってきた。

「ああ、神隠しに遭った子供達だね・・・たぶん。」

のほほ~んと言ってきたのは先程絶妙なつっこみを見せた猛であった。
その飄々たる物言いに兇はジト目になる。
そんな弟の冷たい視線を浴びながら猛は北斗へと向き直った。
「そうだ北斗ちゃん。ここに男の子いなかった?」
猛の言葉に北斗は首を傾げた。

「えっと・・・ここにたくさんいます・・・けど?」

男の子ならここにたくさんいる――
猛の言葉の意味を上手く理解できず北斗が自信なさそうに言うと、猛は「ああ、違う違う」と首を振った。

「その子達じゃなくて、ここにずっといる子、北斗ちゃんは会わなかった?」

猛の言葉に北斗は「あっ」と声をあげる。
思い当たる節がある北斗に猛は詰め寄った。

「その子は今何処に?」

「えっと・・・そこに、います・・・」

「へ?」

北斗の言葉に猛は目を丸くする。
次いで北斗が指差した方を見ると

――そこにいた

不安そうな子供達の集団に混じって不思議そうにこちらを見ている男の子がいた。
10歳にも満たないであろうその小さな少年は猛と目が合うとこちらに近づいて来た。

「お兄ちゃん達は誰?」

小首を傾げて聞いてくる姿は愛らしい。
幽霊か?と疑いたくなるような程生き生きとした少年に猛は臆する事無く声をかけた。

「君はいつからここにいるの?」

猛の質問に少年が首を傾げる。

「僕?ええ~っと僕はず~っとここにいるよ。」

少年の言葉に猛は「そう」とだけ言うと鈴の数珠を嵌めた方の手を少年へとかざしはじめた。

「猛!」

強引に事を進めようとする猛に兇が慌てて止めに入る。

「猛さん待ってください!」

北斗も同時に気づき少年を抱えて庇う様にすると猛を見上げた。

「そこをどいて北斗ちゃん。まだ気づいていない今がチャンスなんだけど・・・」

止めに入った二人に猛はやれやれと嘆息すると手を下ろした。

「この子は自分がやっている事にまだ気づいていないけど、これはもうれっきとした悪霊の行為なんだよ?」

「手遅れになる前に除霊しないと。」そう言って面倒そうに肩を竦める猛に北斗が堪らず声をあげた。

「だからこそ、この子にそんなことしちゃ駄目だと思います!」

「北斗ちゃん。」

必死になって言う北斗に猛は困ったように眉根を下げる。

「おねえちゃん?」

そんな二人のやり取りを見守っていた少年がふいに北斗に声をかけてきた。

「だ、大丈夫だからね。」

北斗は慌ててしゃがみ込むと少年を安心させようと微笑みかける。

「おねえちゃん、見て!こうた君が来てくれたんだよ!」

心配する北斗を他所に少年は瞳を輝かせながらそう言ってきたのだった。

「え?」

少年の言葉に目を瞠る北斗。
にこにこと笑顔を見せる少年は「ほら!」と言いながら一人の少年を指差す。
見ると神隠しに遭った子供達のうちの一人を少年は指差していた。
少年は北斗から離れると指差した男の子の方へ駆けて行ってしまった。

「こうた君ずっと待ってたんだよ、どうして遊びに来てくれなかったの?」

嬉しそうに言う少年。
しかし、こうた君と呼ばれた男の子は目をまん丸にして不思議そうに少年を見ていた。

「え?僕こうたって名前じゃないよ。」

男の子はそう言って後退る。

「何言ってるのこうた君?ほら一緒に遊ぼうよ。」

後退る男の子に少年はそう言うと手を差し伸べてきた。
その手に躊躇う男の子。
少年達のやり取りを見ていた北斗が慌てて助け舟を出した。

「そ、そうだ!かくれんぼしようよ!!」

北斗はぽんと手を打つと二人の少年に向かってそう言ってきた。

「「かくれんぼ?」」

二人の少年の声が重なる。

「うん!やろうやろうかくれんぼ♪」

いち早く言葉の意味を理解した幽霊の方の少年が顔をぱあっっと輝かせながら嬉しそうに頷く。
そして、「こうた君も一緒にやろうよ。」と幽霊の少年は隣の少年を誘い始めた。
こうた君と呼ばれた男の子は少年の誘いに困ったような顔をしながら北斗を見上げる。
その様子を見て北斗はすかさずこう続けた。

「やろうやろう!ずっとここにいてお姉ちゃん飽きちゃった!ね、君も一緒に遊んでくれる?」

男の子を安心させるようになるべく優しくにっこり微笑みながそう付け加える。
すると、男の子は少し躊躇いがちに「うん。」と頷いてくれたのだった。
北斗はまたにっこり笑うと少年に「ありがとう」と言いながら、今度は大きな声を出して周りの子供達を誘い始めた。
それを見ていた猛はお堂の外へと子供達を連れ出そうとしていた北斗を呼び止めてきた。

「北斗ちゃん一体何を?」

北斗の意図がわからないといった顔をしながら猛は聞いてくる。
そんな猛に北斗は

「猛さん、ここは私に任せてもらえませんか?お願いします。もしそれで駄目なら猛さんの好きなようにしてください。」

北斗はそう言いながら猛に頭を下げた。
北斗の言葉に猛は少しの間考え込む。
ややあって猛は「少しだけだよ。」と言って了承してくれた。
それを見た北斗は嬉しそうに笑顔になると「ありがとうございます。」と猛にまた頭を下げた。
猛は深々と頭を下げる北斗に「やれやれ君には適わないなぁ~。」と呟きながら肩を竦めて見せると

「で、僕達は何をすればいいんだい?」

と言ってきた。
いつもの優しい笑顔に戻った猛に北斗は更に目を輝かせながらこう言ってきた――

「はい!一緒にかくれんぼしてください!!」

と――
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