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第三章【霊導者】
第三話
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「那々瀬さん、そろそろ行くけど準備はいい?」
「あ、兇君待って~~すぐ行く!」
夜明け前、静かな屋敷の中からばたばたと廊下を走る音が響いてきた。
暫くするとドタッと、遠くの方で派手な音が聞こえてくる。
そして続いて響いた「いてて」という少女の声。
玄関で待っていた兇は一瞬目を瞠ると、慌てて靴を脱いで屋敷へと上がろうとした。
しかし兇の片足が玄関へと上がったと同時に、廊下の角から北斗がもの凄い速さでこちらへ走ってくる姿が現れた。
「お、お待たせ!」
はぁ、はぁ、と肩で息をしながら玄関に辿り着いた北斗は、開口一番叫ぶようにそう言ってきた。
「お、おはよう、那々瀬さん、その……大丈夫?」
兇はそんな北斗に少々驚きながら心配そうに訊ねる。
「う、うん……さっきそこで滑って転んじゃった。」
兇の言葉に北斗は舌をぺろっと出しながら恥ずかしそうに答えた。
そのなんとも北斗らしい行動に兇は思わず噴き出してしまった。
「う……そんなに笑わなくても。」
口元を押さえて笑いを堪える兇に、北斗はぷくーっと頬を膨らませながら抗議する。
「ごめんごめん、でも本当に大丈夫?」
先ほどの派手な音を思い出し、兇は北斗の顔を見下ろしながら再度心配そうに聞いてきた。
「う、うん大丈夫……ちょっとお尻打っちゃったけど、平気。」
その真っ直ぐな眼差しに、北斗は違う意味で頬を染めながら俯き加減で頷いた。
「そっか、良かった。」
優しい眼差し。
時折向けられる兇のその視線に、北斗はなんだか無性に恥ずかしくなり今度こそ下を向いて黙り込んでしまった。
――な、なんだか最近こうやって見つめられる事が多くなったような……。
ここ最近、兇の事が気になり始めた北斗は胸中でそんな事を呟く。
――で、でも、きっと気のせいだよ……。
今まで異性との浮いた話一つ出た事のない自分がそんな訳は無いと、己の自意識過剰を内心で罵りながら兇を見上げた。
すると今の今まで自分を見ていたのであろう、兇とばっちり目が合ってしまった。
「あ、あの……じ、時間大丈夫?私寝坊しちゃって、ご、ごめんね。」
胸中であんな事を思っていた北斗はびっくりしながら首を激しく左右に振ると、いつもよりも大きな声で誤魔化すように言った。
「大丈夫だよ、さ、さあ行こうか。」
北斗の言葉に兇もはっと我に返り、今の今まで見つめていた事を誤魔化すように腕時計を見ながらそう答える。
「う、うん。」
かくして。
微妙に意識し合う二人は、夜明け前の薄暗い道を頬を染めながら出かけて行くのであった。
「ありがとう。」
満面の笑顔で言ったその霊は、光り輝く朝日の中に吸い込まれるように消えていった。
「無事行けたみたいだね。」
瞬く光の軌跡を見送りながら北斗が呟く。
「うん。」
隣で同じ光景を見守っていた兇が短く答えると、北斗は嬉しそうに笑った。
あれから二人は二時間かけてこの場所までやって来た。
人通りの少ない交差点。
そのすぐ近くにあるガードレールの側に二人はいた。
よく見ると、そのガードレールはぐにゃりと折れ曲がり塗装が剥がれていた。
そして、そこに添えられた花束。
そこは不運の事故があった場所。
もちろん兇達はそこで自縛霊となってしまった哀れな霊のために、わざわざここまでやって来たのだ。
そして、霊は無事黄泉へと旅立っていった。
ここ数日二人はこうやって霊が彷徨っている場所へと出向いては、黄泉へと旅立たせる為に霊と話をして回っていた。
なんでも、兇の話ではこれが一番最良の方法なのだそうだ。
『一人ぼっちで彷徨っている霊と話をし説得をする。』。
そして、これが兇の「仕事」であった。
以前から兇のために何か役に立ちたいと思っていた北斗は進んで手伝いを買って出た。
最初こそ危険だからと渋っていた兇だったが、北斗の強い押しに負けて週末だけ手伝っても良いという事になった。
そして先ほど無事黄泉送りが終わったところだった。
明るくなった道を肩を並べて歩いていく。
「今日も無事に終わって良かったね。」
家へと帰る道すがら、北斗が嬉しそうにそう言ってきた。
その笑顔を見下ろしながら兇は「うん」と短く頷く。
北斗と週末、こうやって仕事ができるのは正直嬉しかった。
しかし、兇は不安だった。
比較的大人しい霊を相手にするようにしているとはいえ、霊は霊だ。
いつ何時、何がきっかけで悪霊へと変貌するかわからない。
やっと平和な生活を取り戻した北斗を、また危険な目には遭わせたくはなかった。
―― 一緒にいたい。
―― でも……危険に晒させたくない。
矛盾する二つの本音に兇は困惑する。
「兇君どうしたの?」
かけられた声に驚き振り向くと、己を覗き込む北斗と目が合った。
「どうしたの急に黙り込んで……疲れた?」
そう言って心配そうに見上げてくる北斗に、兇は内心の葛藤を悟らせないように慌てて頭を振った。
「なんでもないよ……そうだ、那々瀬さんちょっとだけいいかな?」
「う、うん。」
話題を変えるために兇はもう一つの仕事を思い出すと、そこへと向かった。
小さな交差点。
その場所にひっそりと佇む石碑。
兇はその前に立つと、数珠をポケットから取り出し読経を始める。
時間にして数十秒。
兇が唱え終わった後、一瞬だけその石碑が光ったような気がした。
「兇君?」
兇のやり取りを見守っていた北斗が恐る恐るといった声で訊ねてきた。
兇はふぅ、と小さく息を吐くと北斗へ微笑みながら振り返った。
「急にごめんね、ここの力が少し弱まっていたみたいだったから。」
そう言って兇が見おろした視線の先には先ほどの石碑があった。
「これは?」
北斗はその石碑を見下ろしながら兇へと問いかける。
「これは道祖神だよ。」
「ドウソジン?」
初めて聞く単語に北斗は首を傾げた。
「うん、ここの守り神みたいなものだよ。」
「守り神?」
兇の話を聞きながら北斗は足元の石碑を見下ろした。
何の変哲もない石の置物。
長方形に切り出されたそれは風化し角は欠け少々丸みを帯びた形になっていた。
そこに置かれた年月を感じさせるその石碑は、良く見ると正面に二つの人型が彫られていた。
「なんだか仲良さそう。」
見たままを言葉に乗せて呟いた途端、兇が驚いた表情でこちらに振り返った。
「え?え?私何か変な事言った?」
兇の表情に不安になった北斗が焦る。
しかし次の瞬間、兇は表情を柔らかな笑顔に変えると「いや」と首を振ってきた。
「この石碑をそう言ってくれた人はいなかったから。」
「え、そうなの?」
兇の言葉に北斗は驚いた顔をする。
「うん、ここ結構狭い交差点だろ、危ないからどかして欲しいって言う人がいてさ。」
「そうなんだ……でもこれって守り神なんでしょ?」
「うん、こういう街と街の境とかには霊が集まりやすい吹き溜まりがあるからね。そういうモノを街の中に入れない為にこれがあるんだけど。」
今の人は知らない人が多いみたいだから、と兇は悲しそうな顔で話した。
「そうなんだ……あ、兇君の用事ってこれ?」。」
先ほど見た儀式のような光景を思い出し、北斗が兇に聞くと兇は少し恥ずかしそうに笑いながら頷いてきた。
「うん、俺達の仕事はこの道祖神の管理もあるんだ。」
「管理?」
「管理って言っても、壊れていないか力が弱まっていないか時々チェックするだけなんだけどね。」
「へぇ~そうなんだ、あれ?でもこの石碑って随分前からあるみたいだけど、一体誰がここに置いたの?」
兇の説明を感心しながら聞いていた北斗は、ふと浮かんだ疑問を聞いてみた。
「ああこれは俺達の先祖が建てたみたいだよ。」
「みたいって?」
兇の歯切れの悪い物言いに北斗が首を傾げる。
「う~ん、一応うちのご先祖様が最初に広めたらしいけど……今は国と一緒に管理しているからね。」
「へ?国とって……え?」
ほんの数ヶ月前も聞いたような気がする重大発言に、北斗は驚き聞き返した。
――国と管理してるって……どういうこと??
意味がわからないと混乱する北斗に、兇がとどめの一言を呟いた。
「まあ……簡単に言えば依頼?スポンサーって所かな。」
「え?……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
その衝撃的な告白に、北斗は今度こそ絶叫したのだった。
「あ、兇君待って~~すぐ行く!」
夜明け前、静かな屋敷の中からばたばたと廊下を走る音が響いてきた。
暫くするとドタッと、遠くの方で派手な音が聞こえてくる。
そして続いて響いた「いてて」という少女の声。
玄関で待っていた兇は一瞬目を瞠ると、慌てて靴を脱いで屋敷へと上がろうとした。
しかし兇の片足が玄関へと上がったと同時に、廊下の角から北斗がもの凄い速さでこちらへ走ってくる姿が現れた。
「お、お待たせ!」
はぁ、はぁ、と肩で息をしながら玄関に辿り着いた北斗は、開口一番叫ぶようにそう言ってきた。
「お、おはよう、那々瀬さん、その……大丈夫?」
兇はそんな北斗に少々驚きながら心配そうに訊ねる。
「う、うん……さっきそこで滑って転んじゃった。」
兇の言葉に北斗は舌をぺろっと出しながら恥ずかしそうに答えた。
そのなんとも北斗らしい行動に兇は思わず噴き出してしまった。
「う……そんなに笑わなくても。」
口元を押さえて笑いを堪える兇に、北斗はぷくーっと頬を膨らませながら抗議する。
「ごめんごめん、でも本当に大丈夫?」
先ほどの派手な音を思い出し、兇は北斗の顔を見下ろしながら再度心配そうに聞いてきた。
「う、うん大丈夫……ちょっとお尻打っちゃったけど、平気。」
その真っ直ぐな眼差しに、北斗は違う意味で頬を染めながら俯き加減で頷いた。
「そっか、良かった。」
優しい眼差し。
時折向けられる兇のその視線に、北斗はなんだか無性に恥ずかしくなり今度こそ下を向いて黙り込んでしまった。
――な、なんだか最近こうやって見つめられる事が多くなったような……。
ここ最近、兇の事が気になり始めた北斗は胸中でそんな事を呟く。
――で、でも、きっと気のせいだよ……。
今まで異性との浮いた話一つ出た事のない自分がそんな訳は無いと、己の自意識過剰を内心で罵りながら兇を見上げた。
すると今の今まで自分を見ていたのであろう、兇とばっちり目が合ってしまった。
「あ、あの……じ、時間大丈夫?私寝坊しちゃって、ご、ごめんね。」
胸中であんな事を思っていた北斗はびっくりしながら首を激しく左右に振ると、いつもよりも大きな声で誤魔化すように言った。
「大丈夫だよ、さ、さあ行こうか。」
北斗の言葉に兇もはっと我に返り、今の今まで見つめていた事を誤魔化すように腕時計を見ながらそう答える。
「う、うん。」
かくして。
微妙に意識し合う二人は、夜明け前の薄暗い道を頬を染めながら出かけて行くのであった。
「ありがとう。」
満面の笑顔で言ったその霊は、光り輝く朝日の中に吸い込まれるように消えていった。
「無事行けたみたいだね。」
瞬く光の軌跡を見送りながら北斗が呟く。
「うん。」
隣で同じ光景を見守っていた兇が短く答えると、北斗は嬉しそうに笑った。
あれから二人は二時間かけてこの場所までやって来た。
人通りの少ない交差点。
そのすぐ近くにあるガードレールの側に二人はいた。
よく見ると、そのガードレールはぐにゃりと折れ曲がり塗装が剥がれていた。
そして、そこに添えられた花束。
そこは不運の事故があった場所。
もちろん兇達はそこで自縛霊となってしまった哀れな霊のために、わざわざここまでやって来たのだ。
そして、霊は無事黄泉へと旅立っていった。
ここ数日二人はこうやって霊が彷徨っている場所へと出向いては、黄泉へと旅立たせる為に霊と話をして回っていた。
なんでも、兇の話ではこれが一番最良の方法なのだそうだ。
『一人ぼっちで彷徨っている霊と話をし説得をする。』。
そして、これが兇の「仕事」であった。
以前から兇のために何か役に立ちたいと思っていた北斗は進んで手伝いを買って出た。
最初こそ危険だからと渋っていた兇だったが、北斗の強い押しに負けて週末だけ手伝っても良いという事になった。
そして先ほど無事黄泉送りが終わったところだった。
明るくなった道を肩を並べて歩いていく。
「今日も無事に終わって良かったね。」
家へと帰る道すがら、北斗が嬉しそうにそう言ってきた。
その笑顔を見下ろしながら兇は「うん」と短く頷く。
北斗と週末、こうやって仕事ができるのは正直嬉しかった。
しかし、兇は不安だった。
比較的大人しい霊を相手にするようにしているとはいえ、霊は霊だ。
いつ何時、何がきっかけで悪霊へと変貌するかわからない。
やっと平和な生活を取り戻した北斗を、また危険な目には遭わせたくはなかった。
―― 一緒にいたい。
―― でも……危険に晒させたくない。
矛盾する二つの本音に兇は困惑する。
「兇君どうしたの?」
かけられた声に驚き振り向くと、己を覗き込む北斗と目が合った。
「どうしたの急に黙り込んで……疲れた?」
そう言って心配そうに見上げてくる北斗に、兇は内心の葛藤を悟らせないように慌てて頭を振った。
「なんでもないよ……そうだ、那々瀬さんちょっとだけいいかな?」
「う、うん。」
話題を変えるために兇はもう一つの仕事を思い出すと、そこへと向かった。
小さな交差点。
その場所にひっそりと佇む石碑。
兇はその前に立つと、数珠をポケットから取り出し読経を始める。
時間にして数十秒。
兇が唱え終わった後、一瞬だけその石碑が光ったような気がした。
「兇君?」
兇のやり取りを見守っていた北斗が恐る恐るといった声で訊ねてきた。
兇はふぅ、と小さく息を吐くと北斗へ微笑みながら振り返った。
「急にごめんね、ここの力が少し弱まっていたみたいだったから。」
そう言って兇が見おろした視線の先には先ほどの石碑があった。
「これは?」
北斗はその石碑を見下ろしながら兇へと問いかける。
「これは道祖神だよ。」
「ドウソジン?」
初めて聞く単語に北斗は首を傾げた。
「うん、ここの守り神みたいなものだよ。」
「守り神?」
兇の話を聞きながら北斗は足元の石碑を見下ろした。
何の変哲もない石の置物。
長方形に切り出されたそれは風化し角は欠け少々丸みを帯びた形になっていた。
そこに置かれた年月を感じさせるその石碑は、良く見ると正面に二つの人型が彫られていた。
「なんだか仲良さそう。」
見たままを言葉に乗せて呟いた途端、兇が驚いた表情でこちらに振り返った。
「え?え?私何か変な事言った?」
兇の表情に不安になった北斗が焦る。
しかし次の瞬間、兇は表情を柔らかな笑顔に変えると「いや」と首を振ってきた。
「この石碑をそう言ってくれた人はいなかったから。」
「え、そうなの?」
兇の言葉に北斗は驚いた顔をする。
「うん、ここ結構狭い交差点だろ、危ないからどかして欲しいって言う人がいてさ。」
「そうなんだ……でもこれって守り神なんでしょ?」
「うん、こういう街と街の境とかには霊が集まりやすい吹き溜まりがあるからね。そういうモノを街の中に入れない為にこれがあるんだけど。」
今の人は知らない人が多いみたいだから、と兇は悲しそうな顔で話した。
「そうなんだ……あ、兇君の用事ってこれ?」。」
先ほど見た儀式のような光景を思い出し、北斗が兇に聞くと兇は少し恥ずかしそうに笑いながら頷いてきた。
「うん、俺達の仕事はこの道祖神の管理もあるんだ。」
「管理?」
「管理って言っても、壊れていないか力が弱まっていないか時々チェックするだけなんだけどね。」
「へぇ~そうなんだ、あれ?でもこの石碑って随分前からあるみたいだけど、一体誰がここに置いたの?」
兇の説明を感心しながら聞いていた北斗は、ふと浮かんだ疑問を聞いてみた。
「ああこれは俺達の先祖が建てたみたいだよ。」
「みたいって?」
兇の歯切れの悪い物言いに北斗が首を傾げる。
「う~ん、一応うちのご先祖様が最初に広めたらしいけど……今は国と一緒に管理しているからね。」
「へ?国とって……え?」
ほんの数ヶ月前も聞いたような気がする重大発言に、北斗は驚き聞き返した。
――国と管理してるって……どういうこと??
意味がわからないと混乱する北斗に、兇がとどめの一言を呟いた。
「まあ……簡単に言えば依頼?スポンサーって所かな。」
「え?……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
その衝撃的な告白に、北斗は今度こそ絶叫したのだった。
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