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第二章【悩み】
第三話
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「あら、どうしたの北斗?」
朝のHRが終わると同時に机に突っ伏した北斗に若菜が声をかけてきた。
「う~ん、最近眠れなくて。」
うわ言のように北斗が呟いた言葉に若菜はにやりと笑うと
「あら、恋の悩みかしら?」
耳元でそんな事を囁いた。
がばり
顔を真っ赤にさせて北斗が起き上がると口をパクパクさせている。
――あら、図星なのね~♪
珍しい北斗の反応に若菜は目を瞠った。
――ま、相手はあの人だろうけど、ね。
北斗の心境の変化に喜びはすれど、相手があの王子ということに若菜はあまり喜べなかった。
――相手が彼だと苦労するわよね・・・。
そう心の中で呟きながら後ろの方をちらりと盗み見る。
件の王子は自席で数人の女の子達に囲まれながら愛想を振りまいていた。
彼は別に女ったらしと言うわけではない。
容姿端麗、眉目秀麗な彼には周りに女の子がいつもいることはごく当たり前な事なのだ。
ああやって女の子達に愛想を振りまくのも円滑な人間関係を築く上では必要不可欠であり、彼が今まで生きてきた中で培われた処世術の一つといえよう。
――でも、なんか嫌なのよね~。
北斗が好きになった相手ならきちんと応援してあげたい。
でも、いざその事を目の当たりにすると何故だか胸の内がモヤモヤとするのだ。
相手が彼だからか、それとも妹のように思っていた相手が自分を置いて行ってしまうのが嫌なだけなのか、若菜は説明の出来ない心の内に芽生えた不安に小さく溜息を零した。
――なんとなく鈴宮君て得体が知れないのよね。
直感で彼には何かあると常々思っていたのだが、取り分け接する事もあまりなく周りのガードが固くて近づく事すら出来なかったので今まで気にはしていなかった。
しかし、最近ではあの事件がきっかけで彼が北斗と関わるようになってから、若菜の中で彼の見方が変わった。
――なんて言うのかしらこれって?
自身の胸の内に燻る感情をうまく表現できず内心首を傾げた。
「若菜?」
そんな若菜に北斗が怪訝そうな顔で声をかけてきた。
「え、ああごめんなさい考え事してたの。」
若菜は素直に謝ると北斗の後ろの自分の席に座り直す。
「あんたの方こそ大丈夫なの?」
若菜の言った考え事と言う言葉に、何か悩みでもあるのかと逆に北斗が心配そうに聞いてきた。
「ああ、全然全然悩みとかそういうんじゃないから。」
まさか北斗の好きな相手が得体が知れなくて不安だなんて思っていたとは言えず、手を振りながら大した事ないのよと笑って誤魔化した。
「ふ~ん」
そんな若菜に北斗は疑いの眼差しを向けながら相槌をうつ。
「ま、何か悩みあったらいつでも相談してよ。私と若菜の仲なんだからさ!」
そう言ってにこやかにウインクする北斗に若菜は嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、そうさせてもらうわ。でも、それよりも」
若菜はわざとらしく言葉を切ってから北斗に言った。
「北斗の恋の悩みの方が先よね。」
と悪戯っぽく笑って見せた。
それを聞いた北斗は、ボンと顔を真っ赤にするとわたわたと慌てだし「な、何言ってるの」と慌て始める。
そんな北斗に若菜は
「何だってお見通しよ」
と言うとくすくすと笑い出した。
「もう、からかわないでよ」
「あら、本当の事でしょ?」
北斗は顔を真っ赤にさせて若菜を睨むが、睨まれた本人はどこ吹く風と気に止める風も無くしれっと答える。
言葉に詰まる北斗を横目に若菜はまたくすくすと笑い出した。
その時――
「どうしたの?」
件の王子が北斗達の席の横で首を傾げていた。
「す、すすす鈴宮君!」
「え、本物!?」
恋だ悩みだと盛り上がっていた(?)二人は突然現れた兇に驚き素っ頓狂な声を上げてしまった。
「い、今の聞いてたの?」
「ん?ああ本当の事がどうのとか?」
慌てて話が聞かれていなかったか尋ねた若菜は内心安堵の息を吐いた。
――セ、セーフ・・・あぶないあぶない。
ふうと息を吐き額に浮かんだ汗を拭う。
そんな若菜を不思議そうに見ていた兇だったが、ここへ赴いた理由を思い出し北斗の方へ視線を向けた。
「あ、これ母さんが。今朝忘れたでしょ?」
言って右手に持っていた弁当箱を北斗に差し出した。
「あ、ありがとう」
北斗は素直に受け取るとはた、と気づいた。
――うえぇぇぇぇぇ、こ、これここで受け取っちゃっていいの?
背筋に薄ら寒い悪寒を感じそろりと背後を見ると――
鬼のような形相の女子達と視線が合ってしまった。
ばっともの凄い勢いで前へと顔を戻す。
背中に突き刺さる視線を感じながらだくだくと冷や汗を流した。
――終わった、あたしの人生終わった・・・。
さようなら私の楽しい学園生活。
北斗は心の中でそう呟くと、己の学園生活に静かに合掌した。
その日から北斗は散々な目に合っていた。
頭のてっぺんからつま先まで泥や白い粉やらで汚れ、制服も何箇所か擦り切れていた。
あれから、”偶然”と称して数え切れないほどの嫌がらせが毎日のように北斗を襲った。
教室にいる間は兇がいるおかげで何も無いのだが、いざ教室から出るとそこは戦場だった。
通りすがりの足かけ、肘打ちはまだ序の口で。
バナナの皮から始まり
ドアに挟まれた黒板消し
何処からともなく飛んできた雑巾
サーカーボール
バレーボール
たらいに
植木鉢
と、段々”偶然”もエスカレートしていった。
さっきは何処からともなく石が飛んできて北斗の腕を掠めていったばかりだった。
日が経つにつれ、次第に道具も方法もレベルアップしていっている。
何とか今まで無事でいられた事が不思議な位だ。
――そのうち怪我じゃ済まなくなるかも・・・。
北斗は身の危険を感じ、ぶるりと身震いした。
「大丈夫?」
そんな北斗を心配そうに覗き込んできたのは若菜だった。
「なんとか。」
北斗は疲れきった顔で答えた。
「取りあえず、ここまでは追って来ないみたいね。」
若菜は周囲を見回し安堵の息を吐いた。
北斗達がいるここは校舎の屋上。
散々な目にあった北斗を休ませるべくここへと非難してきた。
学校内で最上階のここなら上から物が降ってくる心配も無いし、どこかに隠れて物を投げてくる心配も無いのでひとまず北斗たちは暫しの休憩を取っていた。
「あ~早く帰りたい」
北斗が頭を抱えながら呟く。
「そうね、でも取りあえず主犯格の子達が帰るのを待ちましょう。」
若菜は校庭の方に視線を向けたまま北斗に提案した。
若菜の見下ろす校庭では数人の女生徒達が駆けずり回っている。
たぶん北斗を探しているのであろう、見失って焦った様子が遠くからでも良くわかった。
「今日中にカタをつけたいみたいね。」
若菜がぽつりと呟いた。
確かにここ数日執拗な位の嫌がらせを受けてきたのだが、当の北斗はそれに屈するどころか真っ向から受けてたっていた。
誰に頼るでもなく彼女達からの”いじめ”に耐えて耐えて耐えてなんとか今まで無事でいられた。
何が彼女をそうさせるのか、始め女生徒からの”いじめ”を受けた時、北斗はもの凄く怒っていた。
「あんなしょうも無い事やる連中には絶対負けない!」
と息巻いていたのをよく覚えている。
本来男勝りの北斗は少しの嫌がらせなどではびくともしない。
しかし、今回は内容が内容なだけに若菜は心配していた。
――後で大変な事にならなきゃいいけど。
若菜は隣でぐったりしている北斗を見ながら胸中で溜息混じりに呟いた。
今日の一連の女生徒達の行動を見る限り、彼女達はどうも焦っているようだった。
まあ、鈴宮君がお弁当持って北斗に渡していたという事実があるのだから仕方ないと言える。
――あれは決定的だったわよね。
学校中でモテる兇は、いつも女の子達の注目の的だ。
しかもファンクラブまである。
その規模は全学年を巻き込むほどで、冗談にならないレベルまで膨れ上がっていた。 それ故、彼女達の彼への情報収集も並のレベルではない。
家の場所からスリーサイズ、生年月日、家族構成、趣味や好きな食べ物までありとあらゆる情報が闇売買されている。
最近最も高値で取引されているのが北斗と兇の噂であった。
数週間前、二人が仲良く下校しているのを目撃された時から二人の仲を嗅ぎ回る者が増えていった。
しかもそのすぐ後に広まった同棲しているという噂。
嘘ではないがバレるとまずい、非常にまずい。
二人の仲を調べている人数をちらっと聞いたことのある若菜はその数に恐怖を覚えたほどだ。
――ほんっとシャレにならない!
もうちょっと慎重になってよ!と、今回の元凶の王子に内心毒づいた。
最近の彼の行動にも問題はあるのだ。
女の子に興味の無かった彼が、突然クラスでも普通の部類に入る北斗と急に仲良くなったのだ。
その事を、クラス一、学年一と謳われる美女達がそのことを放って置くわけが無かった。
その美女達もまた兇を狙う女生徒の内の一人だったからだ。
自分に自信がある者ほど、そのプライドを傷付けられた時の怒りは凄まじい。
噂ではその美女達が徒党を組んで今回の嫌がらせを企てたと言われている。
――ほんと面倒なのに目をつけられちゃったわね~。
どっちにも、と親友の不幸振りを嘆き肩を竦めた。
――でも、この状況本当に何とかしないとだわ。
若菜は憔悴しきった北斗の顔を横目で見ながらポケットから取り出した携帯を弄りだした。
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