夫婦戦争勃発５秒前！ ～借金返済の代わりに女嫌いなオネエと政略結婚させられました！～

４

「エレノア様、他に何かご入り用の物はございませんか？」


「ええ大丈夫よ、ありがとう。」


エレノアは、親切に訊ねてきてくれた使用人に笑顔で応じていた。

エレノアのいる部屋の中は、まるで春の陽光が差し込んだように穏やかな雰囲気に包まれていた。

窓辺で刺繍をする彼女の姿は、3日も部屋に籠城しているようには見えない。

その穏やかな光景に、使用人の顔も自然と綻んでしまう。


――ランスロット様の所とは、大違いだなぁ……。


と使用人は苦笑する。

あちらでは、不機嫌な主人を宥めるのに苦労している事だろう。

今頃、エレノアがまだ部屋から出て来ない事に憤慨しているランスロットを宥めているのだろうな、と使用人は肩を竦めたのだった。

それにしても、と使用人はエレノアを見る。

先程も言ったが、彼女は部屋に籠城しているとは思えない穏やかな表情で、趣味の刺繍に没頭していた。

しかも彼女の周りには、この3日間で作り上げたというクッションやレースの敷物が部屋を品よく飾っていた。


エレノアが言うには、せっかくだから部屋を自分好みに改造しているのだとか。

まあ確かに、壁紙やソファなどの最低限の調度品はあったが、女性が喜びそうな小物類は無かった。

女性を住まわせるには少々殺風景だった部屋が、エレノアのお陰で、みるみる内に可愛らしい小物が揃った明るい空間に変わりつつあった。


「エレノア様は器用なのですね。」


使用人は、すいすいと迷いなくレースを編んでいくエレノアの手元を見ながら感心したように呟く。


「ええ、実家では自分の事は自分で出来なければならなかったから。」


「え？」


エレノアの言葉に使用人は驚いた声を上げる。

使用人が知っている貴族の令嬢たちは、社交に出る以外はみんなメイドや侍女にやらせていると聞いていたからだ。


「伯爵令嬢、なのにですか？」


思わずそんな言葉が口をついて出てしまった。

やばい、と思って口を噤んだが後の祭りだった。

使用人の呟きはしっかりとエレノアの耳に届いてしまっていたようで、彼女がこちらを見ていた。

怒られると思い肩を竦める使用人の耳に、エレノアの苦笑が聞こえてきた。


「ふふ、伯爵令嬢と言っても末端の貧乏貴族よ。貴方達も私がここへ来た理由を知っているのでしょう？」


そう言って、くすくすと笑うエレノアに使用人はバツが悪そうに肩を竦めてきた。


「も、申し訳ありません。」


失礼な態度をしたことを詫びてくる使用人に、エレノアは首を振る。


「だって本当の事ですもの、気にしないで。」


そう言って、なんて事ないように笑いながら、使用人の失態を許してきたエレノアに、彼は目を見開いて驚いていたのであった。