僕のおつかい

麻竹

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第二章【旅路編】

20.雷皇山の研究施設

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マクレーンの予想通り、庭園の横道から施設の裏側に出ることが出来た。
そこには資材置き場などの小屋があり、その中央には美しい温室があった。
ガラス張りのその中には、多種多様の植物が植えられていた。
中には見た事も無い大輪の花を咲かせるものや、大きな蔦を絡ませる植物などもあった。
時折動物の鳴き声なども聞こえてくるので、生き物も生息しているようだ。
マクレーン達は、温室を眺めながらその外壁を辿って奥へと進んで行った。
そして、裏庭の出口の門を見つけ安堵の息を吐く。

「早くここを抜けて山を下りましょう。」

「おっと、そうはいかないぜ。」

マクレーンが二コルに話しかけた時、背後から嫌な声が聞こえてきた。
その声に、びくりと体を震わせながら恐る恐る振り返ると、案の定あの冒険者たちが居たのだった。
しかも、何故か研究員の一人が冒険者たちと一緒に居たのだった。
よく見ると、腕を捻り上げられて無理やり連れて来られたらしい。
研究員は額に珠の汗を浮かべ、苦しそうに顔を歪ませながら何か叫んでいた。

「こ、ここまで案内したんだから、もういいだろう!?」

「ああ、案内ごくろーさん!」

痛そうに呻きながら訴えてくる研究員に、冒険者たちは興味が無いとばかりにそう言うと、研究員を解放したのだった。
突き飛ばされ尻餅を着いた研究員は、慌てて起き上がると一目散に施設の中へと逃げていってしまった。
その様子を見ていたマクレーン達に、冒険者の男の一人が話しかけてきた。

「いや~ここの研究員達、ちょっと捻ってやっただけで悲鳴上げちゃって情けないのなんのって……。」

そう言って馬鹿にするように、研究員の逃げていった方を見ながら笑いながら言ってきた。
その姿に、マクレーンは眉間に皺を寄せる。
じっと睨んでいると、人の良さそうな顔をした青年が肩を竦めてきた。

「そんな顔すんなよ。この世の中、弱肉強食だろ?あの研究員なんてちょっと強めに訊ねたら、あんたらのこと知らないし関係ないって言ってたんだぜ。しかも、裏庭に逃げたんじゃないかって、あっちから教えてきたんだ。あいつら、幼気な子供を庇う気なんて微塵も無かったんだからさぁ。」

と、自分たちは何も悪くないと言わんばかりに、そう説明してきたのだった。

「ま、あんたらも運が無かったってことで、大人しく針を渡して貰おうか?」

そう言って、青年がマクレーンに手を伸ばしてきた。

「いっだぁぁぁぁ!!」

しかしその瞬間、青年は悲鳴をあげながら右手を抑えて蹲ってしまった。
突然の事に、呆気に取らっれる青年の仲間達。

「ど、どうしたんだ?て、いってぇぇぇぇぇ!!」

慌てて仲間に駆け寄ってきた青年もまた、悲鳴をあげてその場に蹲ってしまったのだった。

「な、なんだ?どうなってるんだ!?」

二人とも蹲り見悶える姿に、パニックになった残りの一人が焦ったように叫んでいると、何処からともなく声が聞こえてきた。

「ふっふっふっ、何処を見ているここだここ!!」

思わず声のする方を見ると、マクレーンの抱えているバスケットの縁の上に格好良く仁王立ちしているアランの姿があった。

「な、何だお前は!?」

目の前にいる小人……もといアランの姿に目を丸くしながら叫ぶ冒険者。
そんな彼にアランは剣を鞘に納めながら、乱れた前髪を掻き上げると

「真打登場!俺が来たからには、もう安心だぞマクレーン!」

そう言って振り向き様に、にかりと白い歯を光らせながら言ってきたのだった。

「…………。」

「…………。」

小さなアランを見つめながら、冒険者とマクレーンの間に沈黙が走る。

パタン

「とりあえず面倒臭いので、見なかったことにしましょう。」

マクレーンは蓋をそっと閉じると、そんな事を言ってきた。
バスケットの中から「待て待て待て!」と何か声が聞こえるが、うん、聞こえなかったことにしておこう。

「奇襲かけるなら全員倒してからにしてください。そのサイズで見つかってから戦って勝てるわけないでしょうが……。」

そして、マクレーンは地を這うような低い声でぶつぶつと呟く。

「くそっ、ふざけやがって!!」

そんな事をしている間に、他の二人が復活してきてしまった。
痛む手や足を摩りながら、冒険者たちは忌々しそうに悪態を吐く。

「ふん、わけのわからない事しやがって、覚悟は良いな!?」

「さあ、お遊びはここまでだ!」

「く……。」

冒険者たちにじりじりと間合いを詰められながら、マクレーン達は追い詰められていく。
男達の様子を窺いながら、さてどう切り抜けようかとマクレーンが考えていると、フッと目の前が翳ったかと思ったら、次の瞬間には目の前が真っ暗になっていた。

「な、なんだ!?」

「ど、どうしたんだ?」

相手も同じ状況になったようで暗闇の中から、そんな声が聞こえてきた。

「やれやれ、研究員たちから報告があって来てみれば……。」

暗闇の中から、また別の声が聞こえてきた。
その声が聞こえてきた瞬間、辺りがパッと明るくなった。
暗闇から急に明るくなったことで、目が眩んで視界がぼやける中、マクレーン達の目の前に長身の人影が現れた事に気づいた。
その人物は丈の長い羽織物に身を包み、陽の光を受けて輝くウエーブの掛かった豪華な金髪を靡かせながらそこに佇んでいた。

「あ、貴女様は……。」

その人物の正体に、いち早く気づいた二コルが驚きの声を上げる。

「私の庭・・・で何をしているのかな?」

黄金の巻き髪を揺らしながら、絶世の美女がそう問いかけてきた。
それだけで、その場にいた冒険者たちは圧倒されてしまい、口をパクパク開け閉めを繰り返しながら美女を見つめていた。

「な、何者だ!?」

ようやく搾り出した青年の言葉に、美女は可笑しそうに肩を竦めてみせてきた。

「おや、名乗っていなかったかな?それは失礼したね。私はこの施設の管理者で、この山の持ち主である”魔女”だよ。」

美女の言葉に、冒険者たちは喉の奥で「ひっ」と悲鳴を上げたのだった。
ここで言う魔女とは、もちろん北の大地を統括する”黄の魔女”の事である。
まさか、魔女本人が目の前に現れるとは思ってもいなかった冒険者たちは、驚きパニックになってしまった。

「あ、あの……こ、これは……その……。」

冒険者たちはパニックになりながらも、なんとか説明しようと口を開くが上手く言葉が紡げないらしい。

「ふふ、説明しなくてもいい。君達が、その子達の見つけた銀針鼠の針を奪おうとしていた事はわかっているからね。」

「「「!!!!」」」

そんな彼等に黄の魔女は苦笑しながらそう言うと、腰を抜かして見上げていた冒険者たちは、ガクガクと震え始めてしまった。

「ど、どうか御慈悲を!!」

「ほ、ほんの出来心だったんです!!」

そして、がばりと起き上がると、土下座しながら許しを請い縋ってきたのだった。
涙でぐちゃぐちゃになりながら謝罪を繰り返す冒険者たちに、黄の魔女はにこりと笑顔を向けると、こう言ってきたのだった。

「ふふ、それはできないなぁ。ギルドに登録する際に契約書にサインしているだろう?君達のやった事は違反行為に当たるからね。」

「そ、そんなぁ……。」

「とりあえず、この件はギルドに報告しておくよ。君達は今回したことを重々反省するように。」

魔女の言葉に冒険者たちは、がっくりと項垂れる。
そして黄の魔女は、彼等には用は無いとばかりにくるりと踵を返すと、二コルを見てきた。

「やあ、私の可愛い二コル。お遣いは順調かな?」

「はい、我が主雷羅ライラ様。滞りなく。」

「そうか、では引き続き頼むよ。」

そう言って、二コルとの会話を終えた魔女は、今度はマクレーンを見てきた。
その背後では、先程の会話を聞いていたのか冒険者たちが驚愕の声を上げている。
そんな事にはお構いなしに、黄の魔女はマクレーンに話しかけてきた。

「折角ここへ立ち寄ったのだから、お茶でもどうかな?」

と、黄の魔女直々にお茶に誘ってきたのだった。
その誘いにマクレーンは

「いえ、今は遠慮しておきます。先を急ぎますので。」

と、素っ気なく辞退してきたのだった。
その遣り取りをハラハラしながら二コルが見守っていたのだが、しかし黄の魔女はそんなマクレーンに少しだけ残念そうな顔をしただけで「そうか」と引き下がったのだった。

「では旅の武運を祈っているよ。」

黄の魔女はそれだけを言うと、くるりと踵を返し瞬く間に消えてしまったのだった。

「さ、二コルさん先を急ぎましょうか。」

「え、ええ。」

黄の魔女の居た場所を名残惜しそうに見つめていた二コルに、マクレーンは声をかける。
ふと先程の冒険者たちを見ると、何処から現れたのか黄の魔女の使徒たちが彼等を拘束して連行する姿があった。
二コルの同僚でもある彼等を横目に見ながら、マクレーン達はとりあえず無事に雷皇山を後にしたのであった。
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