虹色の未来を

わだすう

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「レン、大丈夫?」

 その夜。いつものように王の自室で夕食を共にした後、ベッドにぐったりと寝転んだ蓮に王が心配げに聞く。

「あ?」
「ライカに疲れているみたいだって聞いたから…」
「チッ…」

 余計なこと言いやがって…と、蓮はクソ真面目な王付き護衛に舌打ちする。

「式典、中止しようか?無理にやる必要ないし。レンの体調の方が大事だもの」

 記念式典はあと2日続く。王は言いながら寝る蓮の横に座る。

「ヘーキ。気にすんな」
「うん…」

 蓮ならそう言うと思ったが。苦笑いしてうなずく。

「あ、そうだ!お腹はっ?」

 ふいに思い出し、王は蓮の上着のすそをつかんでバッとめくる。

「良かったぁ。治ってるね」
「ああ」

 腹のひどい青アザはきれいに消えていた。痛みももうない。ホッとして笑う王を見て、蓮も笑みを浮かべる。

「「…」」

 上着をめくり上げ、蓮の引き締まった腹筋を見つめていることに王はハッとする。

「うびゃっ?!!ご、ごめんっ!!ジロジロ見ちゃ…っ?!」

 他人の肌を見るのはやはり苦手で。湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして慌てて手を離すが、蓮にその手をつかまれる。

「レン…?」

 そのまま引き寄せられ、蓮のほほに手が触れる。

「やっぱ、疲れてるみてー。このまま、寝ていいか…?」
「あ…うん!」

 王は気持ち良さげに目を閉じた蓮のほほをなで、にっこりと微笑む。大変な公務もいつも平気だと頑張ってしまう蓮が、たまにこうして甘えてくれるのが嬉しい。王も蓮の横にゴロンと寝転んだ。

「…」

 疲れなのかわからないが、妙なぼんやりした気分が王の笑顔と優しい手で晴れていく。蓮はほほをなでられる心地よさを感じながら、眠りに落ちた。

















 記念式典も無事終わり、日常に戻ったある日。

「では、よろしく頼むぞ。アラシ君」
「はい」

 国務大臣の執務室で通知書と資料を渡され、王室護衛長アラシはためらいも出来ずに了承する。

「はぁあぁ…」

 執務室を出るなり、通知書を眺めて盛大にため息をついた。

「何、辛気くせーツラしてんだ」

 そこへ、ウォータ大臣の執務室からちょうど出てきた蓮がアラシに声をかける。近々異世界へ帰省する確認のため、ウォータ大臣に呼び出されていたのだ。

「レン様…」

 アラシは蓮の姿を見ても、いつものようにテンションが上がらない。蓮は首を傾げた。





「いつからだ?俺もやる」

 話を聞くなり、蓮は内心テンションが上がる。議会にかけられていた、護衛たちの戦闘訓練相手をワンスにさせようという案が通り、これから護衛たちで具体的に日時や内容を決めて実施することになったのだ。今まで無許可でやっていた蓮にとっては、待ちに待った良い知らせだ。

「申し訳ありません。レン様にはご参加の許可が出ておりません」
「ああ?んでだよ」

 謝るアラシに、顔をしかめる。

「レン様は彼らとの面会すら禁止ではないですか」
「関係ねーし」
「はは…」

 仏頂面のまま歩きだした蓮について行きながら、アラシは苦笑いする。彼のように何のしがらみもなければ、問題ないのだが。
 ワンスは本来ならとっくに極刑になっている大罪人で、国民を何十人も殺し、混乱させた敵なのだ。しかもほとんどの護衛より戦闘能力が高い上、護衛たちに対する態度も高慢で威圧的。おそらく、指示に素直には従わない。訓練が円滑にいくと思えず、アラシは気が重いのだ。

「…」

 日時だけ聞いて乱入してやるかなどと企んでいる蓮を、アラシは見つめる。蓮は救世主であるが、トラブルメーカーでもある。ワンスら罪人が起こす問題は蓮がきっかけであることも多い。だが、力で彼らを抑えられるウェア王とシオンを除くと、力は及ばなくても彼らをコントロール出来る者は…。

「あのっ、レン様は彼との訓練にどうしても参加なさりたいのですよねっ?」
「あ?」

 急に必死に聞いてくるアラシに、蓮はまた首を傾げた。









 2週間後。ワンスとの訓練日初回。

「…」

 闘技場には訓練に参加する護衛たち十数人が集まり、アラシの声かけで準備運動をしている。ワンスはそれを何を思うでもなく、壁ぎわに立ち眺めていた。

「レン、何故お前がいるんだ?」
「あ?」

 その隣でつまらなそうに座り込んでいるのは、一度帰省し、昨日王国に戻ってきた蓮だ。大臣とアラシは蓮の参加はないと言っていたはずなのだが。

「レン君が発案者なんでしょ?いていいじゃない」

 その向こうに立ち、無責任に言うのはイール。

「お前も何故いる?」
「見学だよ見学~。手は出さないよ~」

 呆れて聞くワンスに、ひらひらと手を振る。面白そうだからと、見張りの護衛たちを振り切ってやってきたのだ。

「では、これより戦闘訓練を開始する!」

 アラシが号令をかけるのが聞こえ、ワンスは彼らの方へ向かい、蓮も立ち上がった。





 1時間経ち、訓練は順調に進んでいた。

「っはぁ!く…っ!!」

 ワンスと一対一の手合わせをする護衛は息を乱しながらも、なんとか食いついていたが

「腹がガラ空きだ」
「うごぅっ?!」

 防御の間に合わなかった脇腹にワンスの手刀をくらい、吹っ飛んで転がる。

「そ…っそこまで!!」

 激痛で悶える彼を見て、審判をしている護衛が慌てて終了させる。周りにいた護衛数名がかけ寄り、起き上がれない彼を支える。

「何故このくらいで止める?戦闘を甘く見過ぎていないか」

 ワンスは世界最強が聞いてあきれるぞと、ため息をつく。

「試しにひとり、殺すか?」
「「…っ!!」」

 威圧的に見下ろされ、護衛たちは高まる覇気にゾッとする。しかし、同時に敵意も煽られる。ワンスがその気なら、こちらも殺意を持った戦闘態勢に入るしかない。闘技場内の空気が張りつめ、一触即発の事態になるかという時。

「ワンス」
「!」

 名を呼ばれ、ワンスはハッとして覇気を治める。

「訓練だろーが。忘れんな」

 すでにワンスと一戦交え、足を投げ出して休憩中の蓮が不機嫌そうに言う。

「そうだよー。かわいそうにー。弱い人には手加減してあげないと」
「関係ねーヤツは黙れ」
「はーい」

 蓮の隣に座り、わざとらしく言ってくるイールもピシャリと黙らせる。

「ふん、レンがいて良かったな」

 と、ワンスは護衛たちにニヤリと笑い、蓮の方へ向かった。


「…ふぅ」

 いざとなれば止めに入らなければと思っていたアラシはホッとする。彼はあれから大臣に直談判し、蓮の訓練参加を許可させた。蓮に無理やり命じられ、このままでは公務を放棄してしまうだ何だと泣き落としして。
 蓮の指示ならワンスは従い、トラブルの回避が出来る。シオンやクラウドに説教されるだろうが、死人が出るよりマシだ。


「レン。言うくらい構わんだろう。ウェア王国の王室護衛がこんな甘っちょろい訓練で満足しているとは、期待外れもいいとこだ」
「なら、も一回、俺が相手してやる」

 文句を言うワンスを見上げ、蓮は立ち上がる。

「ふ…お前となら場所を変えたい」
「あ?」

 ワンスは笑って蓮の頭に手を置き、意味のわかったイールは「やーらし」とクスクス笑った。

 





 訓練終了時間になり、護衛たちは片付けと清掃を始める。ワンスは終了しだい速やかに自室へ戻ることになっており、見張りの護衛ふたりに挟まれて闘技場を出る。蓮とイールもそれについて行く。

「良かったね、ワンス。仕事が出来てさ」
「仕事?時間の無駄使いの間違いだろう」

 ニコニコと話すイールに、ワンスは嫌味ったらしく言い返す。

「レン君聞いた?この人、また酷いこと言ってるよ」
「…なら、やめるか」

 蓮はワンスを見もせずに、ボソッと言う。

「ふ…冗談だ。お前が考えてくれたんだからな。それに、お前がいるなら無駄じゃない」
「あ、そ」

 ふっと笑いかけられ、素っ気ない返事をして水のボトルに口をつけた。

「ねぇ、レン君。僕も参加したいんだけど、話つけてくれな」
「断る」
「即答!何で?!」

 要求を食い気味に拒否され、イールはショックを受ける。イールの要求にギョッとした護衛たちは、蓮に心から感謝する。

「手加減しねーから」
「するよ!!少なくともこの人よりは!」

 と、イールはワンスを指すが、訓練上ではきちんと加減するワンスと違い、イールは訓練なのをいいことにわざと頭をかち割ったりしそうである。

「お前、もっと得意なのあるだろ」
「えっ?」

 聞き返そうとしたイールを遮るように、正面から何者かが走ってくる。

「レンーっっ!!」
「ぐえっ」

 仕事を抜け出してきたらしいクラウドが、蓮にタックルする勢いで抱きつく。

「何でお前がこいつとの訓練に参加しているんだよ?!また怪我したいのか?!」
「わぁ、お兄さん久しぶり!相変わらず怒ってる顔もかっこいいね」

 蓮をぎゅうぎゅうと抱きしめるクラウドに、イールが軽い口調で話しかける。

「うるさい!!お兄さん言うな!!」
「お前がうるせー」

 頭上の怒鳴り声に、蓮は顔をしかめる。

「いいから行くぞ!次からはもう参加するなよ!」

 クラウドはぐいっと蓮の肩を抱き寄せて、ワンスとイールから離す。

「お前が決めんな」
「…ぐ」

 抵抗はされないが、見上げてにらまれる。旅行以来、あまり強く出れないクラウドは口ごもる。

「…おい、お前」
「は、はいっ!!」

 仕方なく、見張りの護衛のひとりを指す。かつての王室護衛ナンバー2の威厳はいまだ現役だ。

「アラシに後で話があると伝えておけ」
「は…承知しました!!」

 命じられた護衛はビシッと姿勢を正して頭を下げる。蓮の参加はアラシの判断だと聞いたので、彼を通してやめさせるつもりだ。

「パワハラすんな」
「べ…っ別に殴らないぞ?!」

 蓮に更に指摘され、クラウドは焦って否定した。


「レン君…僕が何だって?」

 クラウドと共に歩いていく蓮の背を見つめながら、イールは聞き返せなかった彼の言った意味をワンスに問う。

「さぁな。そのうちわかるだろう」

 ワンスはなんとなく感づきながらも濁し、歩きだした護衛の後に続いた。
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