虹色の未来を

わだすう

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24,迷子

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「…はよ」

 まだ半分目を閉じている蓮が、寝室からのそのそと顔を出す。

「あ!おはよう、レン!」
「おはようございます、レン様」

 王はパッと立ち上がって蓮にかけより、シオンもにこりと微笑む。

「レン、大丈…っ」
「クラウド」

 体調を心配して声をかけようとするクラウドを、シオンが制する。昨夜のことを王に気づかせてはいけないと思い出し、クラウドは口をつぐむ。

「朝ご飯、玉子焼きあるって!食べる?」
「食う…」

 王に手を引かれ、大きくあくびをする蓮も王に心配かけることは嫌がるだろう。

「私は朝食をご用意しますので、おふたりをお願いします」
「あ…ああ、任せろっ」

 シオンに言われ、クラウドは一瞬呆けた後、すぐに気を引き締めてうなずく。これからまた、君主と愛する人を守らなければならないのだ。

「おふたりともこちらへどうぞ。朝食前に洗顔と髪も整えましょう」

 と、バスルームへふたりを促した。













「あれ?レン…っ」

 王は周りを見回し、さっきまで隣にいたはずの友達がいないことに気づいた。

「シオン!クラウド!どこ…?!」

 ずっと見守って案内してくれていた、頼れるふたりもいない。彼らのそばにいなければ。王は彼らを探して走り出した。





 旅行2日目。国王陛下一行は植物園に来園していた。広大な森の中にあり、ウェア王国に生息する様々な植物や鳥類を自然な状態で管理、展示している。王は幼い頃から生物学を専攻しており、生きている鳥たちを実際に見ることを楽しみにしていた。

「わあぁ!すごいっ!」

 天気は快晴。遊歩道の両脇には咲き乱れる花々と鮮やかな緑がキラキラと輝き、王は感激の声をあげる。

「見て、レン!動いているよ!すごいねっ」
「…」

 興奮しながら、枝に止まる小鳥を指されても、蓮は興味がない。それ以上に眠い。

「こりゃ一日で見切れないな」

 と、クラウドは植物園のパンフレットを広げる。見られる植物や鳥が地域や季節別に広大な森に点在しており、遊歩道を歩いて目的地に行くだけで半日かかりそうだ。

「そうですね。陛下がご覧になりたい場所をいくつか決めていただきましょうか」

 シオンも王に伺いをたてるべく、パンフレットの地図を広げた。





 訪れる者は限られそうな植物園でも、蓮と王に下心丸出しで近づく者は途絶えない。

「ひ、ひいぃぃっ?!」

 散策と珍しい鳥たちの観察を楽しんでいる最中、トイレへ立ち寄った蓮の後に入って行ったはずの男が、腕を押さえ悲鳴をあげながら逃げて行く。

「この方の私事の部分に足を踏み入れるなど、正気の沙汰ではありませんね」

 その後から、にこりと微笑むシオンが蓮と共にトイレから出てくる。用を足す蓮の背後に不自然に立つ男に気づき、彼が蓮に触れる前に腕をひねり上げて撃退したのだ。

「…」

 トイレにも落ち着いて入れないのかと、蓮はうんざりしていた。

「あいつ、まだイラついてやがるな…」

 威圧だけでチカンを追い払えるシオンがわざわざ手を出すとは、昨夜の件を引きずっているとクラウドは思った。
 
「ん…陛下?」

 ふと目線を戻すと、つい数秒前までそばにいた王がいないことに気づく。

「う、嘘だろ…っ?」

 焦って周りを見回すが、姿はない。こんなわずかなすきにいなくなることがあり得るのか。クラウドは最悪の事態が頭をよぎり、血の気が引く。

「クラウド、どうしました」
「陛下が…!!」

 クラウドの様子と王の姿が見えないことで、シオンは何があったか察する。

「て…っ手分けして探すぞ!俺は向こうへ行く!!」
「待ってください。まずは落ち着いてください」
「落ち着いてられるかぁ!!」

 クラウドはシオンの制止も聞かず、怒鳴りつけて走って行ってしまう。

「あれでは見つかるものも見つかりませんよ」

 国王陛下がいなくなったのだ。焦るのはわかるが、頭に血がのぼったまま闇雲に走り回るのは時間の無駄でしかない。シオンはため息をつく。

「…」
「レン、あなたは私と共に…」

 王がいなくなったことにワンテンポ置いて気づき、呆然としている蓮に話しかけるが

「ティル…!」
「…ですよね」

 サァっと顔色を変えて彼も走り出し、シオンは再びため息がもれる。

「レン!これをどうぞ」
「!」

 シオンがバッグから取り出し、投げたものを蓮はパシッとつかみ取る。懐中時計型の通信機だ。

「陛下を見つけたら、ただちに連絡してください」

 使い方はなんとなくわかる。蓮はうなずいてポケットにしまう。

「さて、それほど遠くへは行かれていないはずですが」

 シオンは走る蓮の背を見送り、冷静に王の気配を探り始めた。










 一方、王も蓮たちを探して走っていた。いくら走っても見覚えのある者はおらず、周りは似たような木々ばかり。もう自分がどこではぐれ、どちらの方から来たのかさえわからなくなっていた。

「はぁ…っどうしよう…!」

 完全に迷子だ。自覚しても初めての経験で焦るばかり。疲れて息が上がり、遊歩道の途中で立ち止まる。

「動かない方がいいのかなぁ…?」

 きっと蓮たちも探してくれている。じっとしていた方が見つけやすいのではないかと思い、切り株で作られたベンチに座る。

「君、ひとり?」
「!」

 途端に話しかけられ、顔をあげる。

「お?かぁわいい~!」
「良かったら、お兄さんたちと一緒にまわらない?」

 王を見下ろすのは見知らぬ若い男たち。王のかわいらしい容姿を見て、ニコニコと誘ってくる。金髪は帽子で隠れ、目には茶色のコンタクトレンズを入れているのでウェア王だとは気づかないようだ。
 こうしたナンパには今までクラウドかシオンが対応してくれていたので、どう断ればいいかわからない。

「ご…ごめんなさいっ」

 王はバッと立ち上がり、走ってその場から逃げるしか出来なかった。
 その後も疲れて立ち止まってはナンパされ、逃げるを繰り返し、ますます迷ってしまうのだった。






 気づけば王は遊歩道からも外れ、森の中に迷い込んでいた。国境の森のように手つかずでうっそうとしている訳ではないが、やはり生い茂る木々で歩きづらく、視界も悪い。

「うきゃっ?!」

 さらに走り疲れて足元がおぼつかなくなり、木の根に引っかかり転倒する。

「う、ううぅー…っ」

 痛みと疲労とたまらない不安、恐怖で心身ともに限界。もう起き上がる気力もなく、うつ伏せに倒れたまま嗚咽する。晴天だったはずの空はいつの間にか暗く曇り、ポツポツと雨粒が王の金色の髪に落ちてくる。だんだんと大粒になる雨が木々の葉や地面を激しく叩き、王の泣き叫ぶ声はそれにかき消された。




 どのくらい時間が経ったのか。

「…」

 王は滝のように降る雨をぼんやりとながめていた。這いずってなんとか入った大きな木のウロが、かろうじてこれ以上濡れるのを防いでくれていた。
 今日ここへ来て、城の中庭では見られない、標本や図鑑でない、生きている鳥たちを観察出来たことが本当に嬉しかった。あの時、目の前をパタパタと飛んでいった小鳥。標本もなく、図鑑でしか見たことのない種類だった。それを追いかけ、こんなことになってしまうなんて。
 何が世界最強、ウェア王国の国王だ。ひとりになると何も出来やしない。また涙がこみ上げ、顔を伏せた。その時。

「ティル、みっけ」

 と、木のウロをのぞき込んだのは自分と全く同じ顔。黒髪で黒い瞳の大切な友達だった。

「…っ!!れ…っ?!」

 驚き過ぎて、すぐに声が出ない。

「うあ、あぁぁ…っ!!レンーっっ!!」
「っと」

 王はやっと立ち上がり、泣きながら蓮に抱きついた。

「怖かったよぉ!!ひ、ひとりで、もう、帰れないかもって!レンと会えなくなるかもって…!!」
「んなワケねーだろ」

 疲れているだろうが、泣きわめく元気が残っているようで蓮は安堵する。王は無意識にしてしまっているのか、迷っている間、気配をほとんど消していた。そのため、蓮には全く感じ取ることが出来ず、最悪の事態が頭をよぎるほどだった。遊歩道の脇に落ちていた王の帽子を見つけ、森に迷い込んだのではと気づき、ようやく探し出せたのだ。

「コケたのか?ケガはねーか」
「ううんっ!レンもこんなに濡れて…っ冷たいでしょう?」

 どしゃ降りの雨でお互い全身びっしょり。王にいたっては顔も服も泥だらけだ。

「俺はヘーキ」
「ふふ、ありがとう」

 蓮は拭いてやれるタオルもハンカチすらないなと思いながら、自分の上着のすそをギュッとしぼって王の泥と雨で汚れたほほを拭う。

「…!」

 すると、めくれた上着からのぞく蓮の腹が目に入り、王はハッとする。

「レン」
「あ?」
「お腹、どうしたの…?」

 上着を持つ蓮の手をグッと握る。鍛えられた腹筋にくっきりと浮かぶ青アザ。ちょっとぶつけた程度では説明出来ない痛々しさだ。

「あ、ああ、大したことねー。待ってろ、シオンに連絡する」
「…ダメ!」

 通信機をポケットから取り出そうとする蓮を止める。

「これ、シオンとクラウドにされたの…?」
「ああ?違ぇーよ」

 何か勘違いしているのか。蓮は顔をしかめる。

「隠さないで。レンの役目は僕も知っているよ」

 『身代わり護衛』のもうひとつの役目である、性的な行為を複数人から与えられ、慣れなければならないこと。王として、具体的にではないが把握している。少し前まではなんとなく大変なことだろうと思う程度だった。蓮のためにも必要なことだろうと考えないようにしてきた。
 シオンとクラウドのことは信頼している。ふたりと蓮とのやりとりや関係にモヤモヤしたこともあるが、優しい彼らなら、そんな役目があっても蓮を大切にしてくれていると思っていた。けれど、こんな跡が残るような行為をしているなら。もう目を背けることは出来ない。

「もう大丈夫。レンはいつもこうして僕を守ってくれてる。だから、レンのことは僕が守るよ」

 王は蓮を引き寄せ、ギュウと抱きしめる。
 
「ティル…?」

 普段の王と異なる、有無を言わさないような力強さ。蓮は妙な不安感に心臓が早鐘を打ち始めていた。
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