虹色の未来を

わだすう

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20,旅行

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 1週間後。

「前の時より人が多いね、レン」
「ああ」

 シューカ街の中央駅は外出日和なのもあってか、多くの人々がホームを行き来している。周りをキョロキョロ見ながら話す王の隣で、蓮がうなずく。

「おふたりとも、こちらへどうぞ」

 と、ホームに滑り込んできた電車内へシオンが促す。

「荷物、失礼します」

 と、ふたりの荷物を預かり、頭上の網棚に置くのはクラウドだ。

「ありがとう、シオン、クラウド」
「構い過ぎ」

 ニコニコと礼を言う王に対し、蓮はうざったそうに彼らをにらんだ。

 彼ら4人が何故電車に乗っているかというと、旅行のためである。旅先に国王陛下一行だとは伝えず、視察の意味合いもなく、ウェア王国内の観光地を巡る二泊三日のお忍び旅行の予定だ。

 1週間前、蓮の話を聞いたシオンは早々に行動に出た。ウォータら国務大臣たちに直談判し、王と蓮の旅行を計画、実現させた。もちろん、自分が付き添うという条件で。クラウドはそれを聞きつけ、半ば強引に自分も付いて行くことを決めた。
 王に伝えると子どものように喜び、ふたりきりでないことが不満だった蓮も渋々承諾した。




 しばらく電車に揺られ、最初の目的地が近づいてくる。

「ここで降ります」
「うん!」

 シオンが先導し、元気にホームへ降りる王に続いて蓮とクラウドも降りる。

「シオン…何人、いた?」

 コソッとクラウドがシオンに耳打ちする。

「単独、複数、合わせて7人ですね」
「はぁ~…何でなんだ?あり得ない数だぞ」

 シオンが前を向いたまま答え、クラウドは盛大なため息をつく。
 クラウドが聞いたのは1時間ほど電車に乗っている間、蓮と王を狙っていたチカンの数だ。ふたりに触れる前にシオンが威圧するか、クラウドがにらみつけるだけで皆、逃げてしまったが。
 ウェア王国ではチカンなどの性犯罪も、金眼保有者に対するものを含めても他国に比べたらとても少ない。それなのに、あからさまな者たちが次から次へと現れ、クラウドも最後の方は怒りより引いていたほどだ。

「おい、レン」
「あ?」
「前に陛下とおふたりで電車乗っただろ?大丈夫だったのか?」

 クラウドは蓮にも後ろからコソコソと耳打ちする。

「何が」
「わかるだろ!チカンだ、チカン」
「半殺しにした」
「はは、お前なぁ…って、触られたのか?!陛下も?!どこの誰かわかるか?!半殺しじゃ済まないだろが!!」

 しれっと答える蓮に苦笑いしてから、ハッとして怒鳴る。

「るせーよ」

 蓮は顔をしかめて耳をふさぐ。

「何の話しているの?」
「何でもねー」

 聞いてくる王に首を振り、クラウドから離れる。

「ふぅん?じゃあ行こ、レン」
「ああ」

 王が差し出した手を、蓮が自然に握る。揃いの帽子をかぶり、服も色違いの双子コーデのようで、手をつないで歩く様は見ている方もほほがゆるむほどかわいらしい。

「…」

 クラウドはふたりを複雑な感情で見つめる。わかっていることだが、そこに自分が入る余地もなければ、成り代わることも出来ない。

「付いて来たことを後悔していますか」
「はぁ?!」

 そんなクラウドを見て、シオンが聞く。

「す…っする訳ないだろ!レンも陛下も俺が守ってやらないでどうする!!」

 クラウドはごまかすかのように怒鳴りつける。

「そうですか。では早速、お願いします」
「何を…っ?!」

 にこりと微笑むシオンが指す方を見れば、蓮と王に何やら話しかけている男たちがいた。ナンパ目的だろう。クラウドはブチッとキレると、蓮より先に彼らを威嚇しにいった。




 一行がまず訪れたのは遊園地だ。王の第1希望の行き先で、ガイドブックに載っていたテーマパークの写真に食いついていたなと、蓮は思い出す。あまり観光業は盛んでない国だが、遊園地や動物園、プールなど遊べる施設は各地にあるのだ。

「ね、レン!あれに乗りたい!」
「あ?」

 華やかに飾られたゲートをくぐり、軽やかな音楽やかわいらしい装飾を堪能するのもそこそこに、王が真っ先に指したのはいわゆるジェットコースターだった。

「早く、早く!」
「あ、ああ…」

 腕をグイグイ引かれ、蓮は気後れしながらも付いて行く。

「陛下をあれにお乗せして大丈夫か?」
「陛下は心配ありませんよ」

 この遊園地にあるジェットコースターはスピードや起伏、回転の激しさで有名な乗り物だ。コソッと聞くクラウドに、シオンは微笑んで答えた。




 30分後。

「大丈夫?レン…」
「…」

 ぐったりとベンチに座る蓮の背を、王が優しくなでる。

「あっはは!意外だな!お前こういう乗り物ダメなのか!」
「るせー…」

 思わず笑ってしまうクラウドに言い返す言葉も力がない。普段、高所で飛んだり跳ねたり落ちたりしている蓮だが、自分の意思に反した激しい動きは苦手で、思いきり乗り物酔いをしてしまった。

「どうしよう…もう一回乗りたかったけど…」

 逆に王は相当楽しかったようで、蓮の様子に困惑気味だった。逆、というより、城の窓からの落下は怖いが、乗り物は平気という王の方が一般的だ。

「…乗ってこいよ」
「でも…レンが」
「少し、休めば治る」

 蓮はためらう王に言いながら、シオンとクラウドに目配せする。自分の乗り物酔いごときで、王の楽しみを奪いたくない。シオンとクラウドはそれを察し、うなずく。

「行きましょう、陛下。レン様を休ませて差し上げましょう」
「…うん。ごめんね、レン」

 シオンに促されて立ち上がった王に、蓮は気にすんなと手を振る。

「レン、水置いておくぞ。ここにいろよ」
「チッ、ガキ扱いすんな…」

 水のボトルを蓮の横に置いてから、ふたりの後を追うクラウドに舌打ちした。


「あー…気持ちワリ…」

 蓮は再びジェットコースターに向かう3人を見送り、うなだれる。絶叫系の乗り物に酔いやすい自覚はあったが、まさか動けなくなるとは。我ながら情けなくなる。

「すみません、大丈夫ですか?」
「…あ?」

 ふいに話しかけられ、真っ青な顔を上げた。






「?!」

 2回目の乗車後、蓮のいるベンチに戻ってきた3人は彼に覆いかぶさるように触れている男が目に入る。

「何っ…だ、あの男?!」

 クラウドはまた蓮がナンパされていると思ってカッとなり、シオンは何かに気づく。

「レン!!」
「あ、待ってくださ…」

 止めようとするが、クラウドはすでに攻撃態勢に入っていた。

「レンから離れろおぉぉっっ!!」

 元王室護衛ナンバー2の実力者、クラウドの容赦ない飛び蹴りがその男の後頭部を狙う。しかし

「な…っ?!」

 当たるより一瞬早く振り向いた男は両腕でガードし、弾き返す。まさか一般人に防がれるとは思わず、クラウドは驚きながら着地する。

「イタタ…相変わらずだな、クラウド」

 男はしびれる腕に顔をしかめ、衝撃で飛んだ遊園地のロゴ入りの帽子を拾う。

「あっ?!あんたは…っ」

 名を呼ばれ、顔を見て、クラウドは彼にようやく気づく。

「一般人にこんな攻撃するな。殺す気か?」
「トージ、さん…」

 苦笑いし、帽子をかぶり直すのはかつての王室護衛長トージだ。シオンの前任で、現護衛長アラシの2代前にあたる。

「トージさん、お久しぶりです」
「ああ、シオン。久しぶりだな」

 頭を下げるシオンに、にこやかに手を上げる。

「あ…シオンの前の、護衛長だった人…」
「はい!覚えていていただき、光栄です。ご立派になられましたね、陛下」

 シオンの背後からおずおずとのぞき見る王に、片膝をついて頭を下げた。

「何であんたがここにいるんですか?」
「トージさんは退職後、ここの警備員をなさっているのですよ。ご存知なかったのですか」
「…」

 シオンに言われ、知らなかったクラウドは絶句する。

「彼があまりに気分悪そうだったから、薬を飲んでもらっただけだ。お顔を見て、驚いたけどな」

 園内を見回っていたトージはうなだれている蓮に気づき、対応していたのだ。蓮はというと、飲んだ薬の苦味に耐えていた。

「そう、でしたか…。スミマセンでした…」
「ははっ、いいよ。お前が彼を守ろうと必死なのは伝わった。ただ、一般人には加減しろよ?」
「はい…」

 普段は先輩にも臆さないクラウドだが、トージとは現役の頃に色々とあり、頭が上がらない。渋々ながらおとなしく謝った。





「陛下と身代わり護衛も連れて旅行か。よく、大臣たちが許可したな」
「はい」

 トージとシオンはベンチに並んで座り、話していた。クラウドは回復した蓮と王を連れて、飲み物を買いに行っている。

「確か…レン様、だったな。迎えたのはお前か?」
「はい」
「驚いただろう?」
「…はい」

 2年前。異世界へ初めて蓮を迎えに行ったのは当時王室護衛長だったシオンだ。前任のトージが引き継げていなかった、王と同じ容姿であること以外の蓮の姿は、シオンを動揺させた。彼の黒髪と黒い瞳、ひょうひょうとした雰囲気はシオンの亡くした兄、サンカの生き写しなのだから。

「俺はてっきり、お前は護衛退職したら城を出るものと思っていたぞ」

 トージから見ていても、兄を失った後のシオンは護衛の任務に全てを捧げていた。退職したら王室に、いや、己の人生にさえ何の未練もなくなってしまうのではと心配になるほどだった。

「辛くないのか?その…あの方はお前の…」
「そうですね。あの方に兄を見ていない、と言ったら嘘になります」

 いくら似ていても、蓮はサンカではない。彼の面影を見るだけでも辛いのではないか。口ごもるトージに、シオンは彼が言いたいことを察して話し出す。

「ですが、私はあの方のためなら何でもすると誓ったのです。それを違えないためにも、おそばにいたいと思っています」
「…そうか。お前がそう決めたなら、それでいい。最後まで貫けよ」

 トージは驚いた顔をした後、にこっと笑む。

「はい」

 シオンも微笑んだ。
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