虹色の未来を

わだすう

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13,リハビリ

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「聞いたか?ハクロのこと」
「ああ。クラウドさんやシオンさんにめちゃくちゃ怒られたって話だろ」
「しかも2回な。何やらかしたんだ、あいつ」

 闘技場では、3人の王室護衛たちが蓮を待ちながら話をしていた。同志のハクロがかつての先輩や護衛長にまで説教されていたという話は、他の護衛たちにも伝わっている。

「噂では、レン様を無断外出させたかららしいぞ」
「そうなのか?!」
「色んな意味で勇気あるな!」

 ふたりは理由を全く知らなかったため、驚く。療養中だった蓮は外出禁止命令が出ており、護衛たちもその厳守を命じられていた。異世界人である蓮に関する命令は破っても法律上の罪にはならないが、それ以上の罰が一部の者たちから下される。なので、命令にそむくなど気がしれない。

「さらに外出のお供をしたらしい」
「な…っ?!」
「レン様の、外出に、お供…っ」

 さらなる勇者的行動に彼らは驚愕する。蓮と共に外出出来る者は現護衛長アラシを除けば、シオン、クラウド、そして絶対的君主のウェア王だけ。いくら望んでも出来ることではないはずだ。

「「…」」

 一介の護衛でしかない自分たちにも、チャンスがあるということか。かわいらしい蓮と腕を組んで歩き、映画を見て、食事をして…モクモクとデートの妄想がふくらむ。そこへ

「護衛が訓練するだけの場所か?さすが、世界最強のウェア王国だな」
「「?!!」」

 蓮の後ろから闘技場に入ってきたのは、体格のよい護衛たちでも見上げるような大柄な男。ヨイチと共に金眼保有者を大量虐殺した大罪人として、終身刑の身であるワンスだ。球場並に広い闘技場を見回していやみったらしく言う彼に、護衛たちは妄想をふっ飛ばされる。

「れ、れ、レン様っ?!なぜ、この者がっ?!」
「あ?連れてきた」

 彼ら罪人は各部屋に軟禁されており、特別な許可がなければ出ることは出来ないはずだ。蓮との面会も禁止されている。慌てる護衛たちにかまわず、蓮は平然と言う。

「罪人を連れ出してはなりません!!」
「ごっ護衛長に連絡を…っ!!」
「シオンさんにした方がいい!!」

 護衛たちは蓮とワンスの間に入り、何とかしなければと焦りまくる。

「見張りは何をしているんだ…っぐぅ?!」

 護衛のひとりがグッと大きな手で胸ぐらをつかまれ、うめく。

「ピーピーうるさい。レン、黙らせていいか?」

 騒ぐ彼らにイラついたワンスは胸ぐらをつかんだ護衛を引き寄せ、蓮に許可をあおぐ。

「「!!」」

 他の護衛たちは青ざめつつ、覇気を高める。戦闘能力は彼らよりワンスの方がずっと上。それでも、同志に手をかけられようものなら、交戦しなければならない。

「やめろ」

 蓮はワンスを見上げ、制する。

「…ふん、良かったな」
「ぅわ…っ!!」

 蓮に逆らう気はない。ワンスは護衛に顔を寄せてニヤっと笑い、他の護衛たちに向かって投げ飛ばす。

「っと!」
「大丈夫か?!」
「…ああ」

 護衛たちは彼を受け止め、ひとまず覇気をおさめる。

「手合わせするだけだ。どいてろ」

 蓮は彼らに言いながら、闘技場の中央へ歩を進める。

「レン様…っ!」
「チクんなよ」
「「…!!」」

 ギロリと殺気を含んだ黒い瞳でにらまれ、彼らはヒュッと息を飲む。同時に彼とデートなど絶対に無理だと思った。


「レン」
「あ?」

 蓮の後を歩きながら、ワンスが声をかける。

「いいのか?口止めしても、バレるのは時間の問題だ。俺は構わんが、お前がタダじゃ済まないだろ」

 突然自室にやってきて手合わせしたいと求められ、断る理由もないのでノコノコついて来てしまったが、今は以前手合わせした時のような深夜ではなく、皆活動している真っ昼間。すぐにこの事態が上に伝わってしまうだろう。どんな罰が与えられてもワンスは耐えられるが、蓮にそれを強いたくない。

「ああ」
「…策でもあるのか?」

 動じることなくうなずく蓮を見て、意外そうに聞くが

「さぁな。じゃ、やろーぜ」
「ったく…。知らんぞ」

 にっと笑って構える蓮に、半分呆れてワンスも構えた。







「はぁ…っは…!」
「ずいぶん鈍っているな」

 以前手合わせした時と比べ、息があがり、手数も少ない蓮にワンスが言う。しかし、アワアワと見ているしか出来ない護衛たちにとっては別次元の手合わせで、思わず見入ってしまう。

「チッ…ナメんな…っ!」

 蓮は舌打ちし、渾身の力で拳を突き出すが軽々と受け止められる。

「怪我していたのか?イールが言っていたのは本当だったんだな」
「…っ」

 拳をつかんだままチラッと左足を見られ、蓮は何でわかったのかと一瞬怯む。拳をつかんだ手を払い、間をとった。
 蓮に関する情報は彼らに伝わらないようになっている。怪我をしたことも当然知らないはず。しかし、もうひとりの罪人、イールは時々部屋を抜け出して城内の情報収集をするのが趣味だ(城内の者の会話を立ち聞き)。彼に聞いたのは「蓮が負傷したらしい」という噂話程度のもので、適当に聞き流していたワンスだが、蓮の動きを見て左足をかばっていると気づいたのだ。

「それなら、もう終わりにするか」
「!」

 リハビリならもう終わり時だろう。閉じている金眼の力を使うこともない。ワンスは蓮の背後に回り込む。

「が?!あ…っ!」

 そして、腕を首にまわしてがっちりと絞め上げた。

「お前は素早いが軽い。こうされると動けんだろ」
「う…!」

 超重量級のワンスに押さえ込まれると、軽量級の蓮は身動きが出来なくなる。もがいても、太い腕を叩いてもワンスはびくともしない。

「降参しろ。落ちるぞ」
「ぐ、ぎ…っ!!」

 いくら意地っ張りで負けず嫌いな蓮もさすがに諦めるだろうと、さらに力を込める。蓮はほとんど呼吸出来ず、視界も狭まってくる。しかし、彼はワンスが思う以上に負けず嫌いだった。地から浮きそうになっていた両足を前に突き出し、勢いよく振り下ろす。

「?!」

 ワンスの脛に踵が当たり、一瞬ゆるんだ腕から下へスポンと逃れる。さらに間髪入れずに身体を反転させながら、ガラ空きの腹へ拳を打ち込んだ。

「…っが!はぁっ!はぁ!」

 だが、ガクンと床に膝をついたのは蓮だった。首を絞め上げられて失神寸前だったところに、無理やり激しい動きをしたため、回復が追いつかないのだ。

「…」

 たいした奴だ。ワンスはほとんどダメージのなかった腹をさすり、床によつん這いになっている蓮を見つめる。以前も思ったが、蓮の相手をすると何の刺激もない日々で唯一、生きる意味を感じられる。これから罰を受けることになっても、彼が望む限り相手をしてやり、彼の成長を見守りたいと思ってしまう。

「はっ…はぁっ!は、はぁ…っ!!」

 ふと見ると、よつん這いになっていた蓮の呼吸がますます荒くなり、ヨロヨロと床に倒れこむ。

「レン?」

 ワンスはハッとして蓮にかけ寄り、抱き起こす。蓮はうまく呼吸出来ない苦しさに生理的な涙を流し、ガクガクと身体を震わせている。急激に酸素を取り込んだため、過呼吸になっているようだ。

「無理するからだ」
「はぁ!るせー…っだ、誰、が…っはぁ!はぁ…っ!」

 呆れるワンスに、必死に悪態をつこうとあえぐ。

「黙れ。噛むなよ」
「う?!ふぅーっ?!」

 ワンスはグッと蓮のあごをつかむと、その唇を覆うように唇を重ねた。そのまま、ジタバタする蓮を押さえ込む。

「ん、ぅ…」

 蓮はぎゅうぎゅうとワンスの服をつかみ、もがいていたが、やがて重なる口から漏れる荒い息が少なくなり、強ばっていた身体も弛緩していく。
 蓮の呼吸が落ち着いたのを見計らい、ワンスは左目を細めると顔の角度を変えて口内に舌を押し入れた。

「んん?!」

 蓮は再びジタバタもがき、微動だにしないワンスの脇腹を叩く。それでも舌を絡ませられ、唇を吸われ、散々味わい尽くされる。

「ふぁっ!て、テメー…っふ、ざけんな…っ!」

 ようやく唇を解放され、蓮はワンスの胸元を押して離れると、ふらつきながら濡れた唇をぬぐう。

「ふん、礼が欲しいくらいだ」
「ああ?!」

 楽にしてやったのにと笑みを浮かべるワンスに余計怒りを煽られ、にらみつける。

「いや…礼はもらったようなものか」
「…っ!チッ」

 ワンスが唇をペロリとわざとらしくなめ、蓮はかぁっと顔を上気させて舌打ちした。

「おい」
「「?!」」

 ワンスは闘技場の隅で青ざめている護衛たちの方を振り向く。

「あんたらの『レン様』に水くらい持ってこれないのか?」
「「…!!」」

 いやみったらしく言われ、護衛たちは顔を見合わせると慌てて水を取りに動き出す。

「レン様!大丈夫ですか?!」
「申し訳ありませんでした、レン様!」
「いい」

 蓮はワラワラと囲む護衛たちから水やタオルを受け取らず、ふらっとワンスの前に戻る。

「ワンス」
「?」
「『様』つけんな。うぜー」

 と、不満げに言う。

「ん?ああ、さっきのは別に…」

 ワンスは護衛たちに言ったことだと気づき、皮肉をこめただけで意味はないと話そうとするが

「レンーっっ!!!」

 ドカンと壊れるかの勢いで闘技場の扉が開けられ、鬼の形相のクラウドが走りこんでくる。

「…」
「「っ?!」」

 チクりやがったなと蓮にギロっとにらみつけられ、違いますと護衛たちはブンブン首を振る。クラウドに伝えたのは、ワンスの部屋を見張る護衛たちだ。
 彼らも口止めはされていたが、迷ったあげくアラシに報告に行くことにした。クラウドはその途中の彼らにたまたまはち合わせた。まだ謹慎中の彼に話すのをためらう護衛たちに無理やり聞き出して激怒し、闘技場へ飛んできたのだ。

「レン!!お前は何度勝手なことをすれば気が済むんだ?!」

 クラウドは蓮にかけ寄り、がっと両肩をつかむ。

「フラついてるじゃないか!!足もまだ治ったばかりだろ?!」
「あー…るせー」

 力いっぱい抱きしめられ、蓮はうるさがりながらも拒絶はしない。クラウドが心底心配しているのはわかっているのだ。
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