虹色の未来を

わだすう

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10,敬語

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「みんなで、何をしてたの?」
「あ?別に…」

 王に無邪気に聞かれるが、蓮は答える気も起きない。

「あのさ、レン。せっかく来てくれたし…一緒に寝ない?」
「?!」

 もじもじとかわいらしく誘う王に、蓮以外の3人がぎょっとする。

「あ…ああ」

 蓮はもう頭が働かず、王に促されるまま部屋に入る。

「…」

 バタンと重い扉が閉まり、廊下はいっそう暗さを増す。残された3人はまさかの裏切り行為に文句も言えず、立ち尽くした。





 3人はそのままヒナタの自室前に来ていた。

「クラウド!」
「お、おう?!」

 ヒナタが突然名を呼び、クラウドはビクッとして返事をする。

「きょ、今日は一緒に寝てもいいぞ!!」
「し…っ仕方ないな!もう遅いし、寝るか!!」

 ふたりはどもりながら大声で言い、ガッと手を組む。正直怖すぎて、ひとり自室で寝たくないのだ。

「えっ?!ちょ、わ、私もご一緒させてくだ…っ」

 それはアラシも同じで、焦ってクラウドにすがろうとするが

「アラシは来るな!」
「ええぇー?!!」

 ヒナタに思いきり拒絶され、バンっとドアを閉められてしまう。

「いやぁああぁぁー!!!」

 アラシの悲痛な叫びが、暗い廊下に響き渡った。









 翌日。王の自室から自分の部屋に戻った蓮はベッドに寝そべり、昼食の用意をするシオンを眺めていた。

「レン」
「あ?」
「昨夜の、百物語…でしたよね。続きはなさらないのですか」
「何で」

 もう思い出させないでほしいと蓮は思う。

「いえ、とても楽しかったものですから」
「ふーん…。しねーけど」
「そうですか。残念です。この城には使用人の幽霊が出るという噂話があるのですよ。お聞きになりますか」
「やめろ」
「ふふ、はい」

 嫌そうな顔をする蓮にシオンは笑み、テーブルにお茶のカップを置く。

「…」

 『使用人の幽霊』。蓮はシオンが昨夜のことをからかって言ったのだと思ったが。昨夜、彼は王の執務室には一緒に行っておらず、あのカートを押す使用人のことは知らないはずだ。今思えば、シオンを呼びに来たあの使用人も見覚えがない。確か「執務室で大臣が呼んでいる」と言っていた。しかし、どの大臣の執務室も人の気配はなかった。

「なぁ、お前、昨日…」

 シオンはあの使用人に連れられてどこへ行ったのか。聞いてみようとするが

「はい?」
「あー…何でもねー」

 またとんでもない怪談を聞くハメになりそうなので、やめた。



〈※ホラーここまで。〉










「レン様!」
「レン様、どこへ行かれるのですか?!」

 ある日。ふたりの王室護衛は城の裏口から出ようとする蓮を見つけ、走り寄る。

「あ?どこだっていーだろ」

 蓮は舌打ちし、かまわず松葉杖を前へ出す。いつも無断外出の際は部屋の窓から城外に出る蓮だが、さすがにこの足では普通に出入り口を使うしかない。

「良くありません!」
「まだお怪我が治られていないのですよ?!」

 絶賛骨折中の蓮は外出禁止の命令が出ているのだ。彼らは扉前に立ちふさがる。

「…るせーな」
「う…っ!」

 蓮の覇気が高まり、殺気だつ黒い瞳でにらまれ、一瞬怯むが

「…だ、ダメです!!今日は引きません!」

 ビクビクしながらもなんとかこらえる。いつもならこの威圧と脅しに負けて制止出来ない護衛たちだが、土砂崩れの一件もあり、命令でなくとも蓮をこれ以上危険な目に合わせたくないのだ。

「…」

 クソ真面目か。蓮はため息をつく。ようやく付きっきりだったシオンの休暇が明け、自由に動けるようになったのに。脅しが効かず、この足では彼らを卒倒させることも出来ないだろう。仕方ないと覇気を治める。

「わぁったよ」
「レン様…っ」

 あきらめてくれたのかと、彼らは安堵する。

「ついて来い」
「「えっ?」」

 予想外の命令にきょとんとした。






「あの、レン様」

 彼ら護衛のひとり、ハクロは正装の黒コートから普段着に着替え、ちょんちょんと松葉杖で歩く蓮の後をついて行く。「ついて来い」との命令で、ちょうど勤務明けの時間だった彼がそれに従うことになってしまった。

「あ?」
「何をなさりに行くのですか?」

 ふたりは送迎車でシューカ街まで送ってもらい、にぎやかな大通りへ向かっていた。

「それやめろ」
「え?」
「敬語。うぜー」

 蓮は質問に答えず、ハクロの敬語を嫌がる。誰にでも敬語のシオンと違い、わざわざ自分に対して敬う話し方に変えられることが気に入らないのだ。

「…は、へ…っ?それは…っあの」

 今は勤務外、プライベートという体ではあるが。年下だが敬うべき相手である蓮に、失礼な話し方はしづらい。

「こんにちはー」
「!」

 そこへ、学生だろうか。若い男がふたり、ニコニコと正面からやってきた。

「あれ、今日、弟くんは?」
「というか、足どうしたの?!」

 蓮の進路をふさぐように止まり、馴れ馴れしく話しかけてくる。

「…」

 蓮は立ち止まらず、彼らを避けて行こうとする。

「相変わらず素っ気ないなぁ」
「今日こそ、一緒に食事行こうよ!」

 しかし、彼らはさせまいとばかりに蓮の前に出る。
 このふたり、蓮が王とこの街に遊びに来た時、何度かナンパ目的で声をかけてきたことがある。ガン無視するか、人混みに紛れて撒いてしまえばあきらめていたが、今回は蓮ひとりなのと怪我をしていることで、強気なようだ。

「ねぇ、いいだろ?俺たち、いい店知って…っ!」

 蓮の肩に触れようと伸ばしたナンパ男の手を、ハクロがパシッと払った。

「やめろ。この方に触れることは許さない」

 ギロっと彼らをにらむ。

「何、アンタ。このコの恋人かよ?」
「こ…っ?!ちが…!」

 ジロジロと見られ、かぁっと顔を赤くして否定しようとするが

「そーだけど」
「「へっ?」」
「ぅえ?」

 蓮が平然と肯定し、彼らもハクロもきょとんとする。

「だから、ジャマすんな」

 蓮は言いながら、あっけにとられる彼らの横をトントンと通り過ぎる。

「行くぞ」
「えっ、は、はい…!」

 ハクロは慌ててその後を追う。

「チッ…マジか」
「何だよ…」

 彼らはその様子をつまらなさそうに見送った。


「レン様…っあの、今のは…!」

 ハクロは先ほどの『恋人』発言の真意を確かめようとする。

「蓮」
「あ、れ…レン…」

 蓮は『様』をつけるなと言いたいのだろう。ハクロはハッとして、おずおずと言い直す。

「ん」

 蓮は満足げににっと笑う。

「…っ」

 ハクロはそのかわいらしい笑顔に思わず見惚れ、戸惑いつつも喜びもこみ上げてくる。非番の今だけなら、蓮の望むように振る舞うのも構わないのではないか。そう思い始めていた。






 蓮が外出禁止を無視してまでシューカ街に来たのは、防寒用のマントを購入するためだとハクロはようやく聞き出した。土砂崩れの際にボロボロにしてしまったが、外出禁止になっている蓮に必要のないものを、城の者に新調を頼めない。ついでに王のものもおそろいで買ってプレゼントしたいのだ。
 ちなみに今は自室にあった薄手のマントを羽織っている。
 大通りにハクロ行きつけの衣料品店があり、そこへ案内することにした。

「この店が良いものを揃えていますよ。レンさ…」
「…」

 敬語を使ってしまい、ジトッとにらまれる。

「んん…っ!この店で買おう、レン」
「ああ」

 改まって言い直すと、蓮はまたにっと笑顔を見せる。

「…っ」

 その破壊力のあるかわいらしさにハクロもまた見惚れ、嬉しさを噛みしめた。







「おふたりにきっと似合いま…似合うよ」
「ん」

 荷物はハクロが持ち、いいものが購入出来た蓮は満足げにうなずく。王も喜んでくれるだろうと思う。

「…」

 蓮の目的は達成し、後は城に帰るだけ。ハクロはこの時間がもうすぐ終わってしまうのがもったいなくなってくる。

「れ、レン」
「あ?」
「これから、し…食事を良かったら、一緒にしま…っしようか」
「ああ」
「!」

 ダメ元で誘ったのだが、ためらいない同意の返事にぱぁっと笑顔がこぼれる。

「何が食べたい?好きなものは?」
「何でも」
「じゃあ、俺の馴染みの店に行こう!」

 嬉しくてはやる気持ちを抑えきれず、ハクロは蓮の腰に手を添えた。






「ここの定食がハズレなしでうまいんだ」

 入ったレストランで日替わりのランチプレートを頼み、ハクロは得意げに話す。

「どう?」
「ん、うま」
「良かった」

 モグモグ食べながらうなずく蓮を見てホッとする。

「食べ方もかわいいな…」
「あ?」
「な、何でも…っ!」

 心の声が出てしまい、慌ててごまかす。上品過ぎず、豪快過ぎず、ぷるっとした唇を大きく開いて頬張る様は何ともかわいらしく、ずっと見ていられそうだ。
 ハクロは王室護衛に就任して以来、恋人がいない。もし蓮がそうだったら、食事をするだけでこんな夢心地になるのかと思う。他の客らも蓮の姿に見惚れており、誇らしい気分にもなる。







「冷えてきたな」

 レストランを出ると真冬らしい冷たい風が吹きつけ、ハクロは首をすくめる。

「ぃっ…くしゅ!」

 蓮もブルッと身震いした後、くしゃみをする。

「か、かわ…っ」
「あ?」

 鼻をすする仕草もかわいらしく、ハクロはキュンとしてまた心の声が出そうになるのをこらえる。

「レン、これ着けて」
「ん…ワリ」

 蓮の羽織る薄手のマントではこたえる寒さだろう。ハクロは自分のマフラーを外し、蓮の首に巻いてやる。

「温かい飲み物買ってくるよ。待ってて」

 と、ちょうどあったカフェに小走りで向かう。それを見送り、蓮は街灯に寄りかかって松葉杖から手を離し、巻かれたマフラーの温かさに目を閉じた。
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