虹色の未来を

わだすう

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8,助ける

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 土砂崩れが起きた時、バスからはなんとか脱出出来たが、さすがに王を抱えて迫りくる大量の土砂からは逃れられなかった。巻き込まれながらもどうにか王に覆いかぶさり、呼吸が出来るだけの空間を確保したのだ。しかし、山のどの辺りまで転がったのか、どのくらいの深さに埋まっているのか、位置も天地すらもわからない。それに、出血している頭部だけでなく背中と足もひどく痛み、動けそうにない。

「ヘーキだ。お前はじっとしてろ…必ず、助けがくる」

 運転手は警備に連絡したと言っていた。バスが戻って来ないとわかれば、必ず捜索するはず。それまで耐えればいい。蓮は今にも泣きそうな王に言う。

「レン…っ」

 王は懐中電灯を握りしめ、あふれそうな涙をこらえた。






「…はぁ…は…っ」

 日が暮れ、真っ暗な冬季の山中。まだ雨が降っている上に、バスを潰すほどの多量の土砂には雪も混じる。その寒さと重さは、身体ひとつでそれらを支える蓮の体力と体温を容赦なく奪う。王の脇についた両腕は小刻みに震え、呼吸も徐々に苦しげになっていく。頭の出血も止まらず、雨水と混ざってポタポタと王の手や服に垂れていた。

「レン…」

 あと、何時間このままなのか。あまりに辛そうで、でも何と言ったらいいかわからなくて、王はおそるおそる名を呼ぶ。

「ん…?寒いか…?ワリ…何も、できねー…」
「ううん、違う…っレンが…!」

 弱々しい声で謝られ、慌てて首を横に振る。絶対に蓮の方が辛いはずなのに、その気遣いと優しさが苦しくて、また涙がこみ上げてくる。
 蓮はいつもこうして、自身を犠牲にしてでも助けてくれる。それが『身代わり護衛』としての責務で、当たり前なのかもしれない。でも、蓮は友達なのだ。友達はお互いに助け合うものだ。こういう時こそ、いつも助けてくれる蓮を助けなければ。
 金眼の力を使えば、のしかかる土砂から出られるかもしれない。けれど、王がコントロール出来るのは『権力』のみ。もし『戦闘』能力を発揮したら、おそらく記憶も理性も失ってしまう。土砂からは出られても、蓮を守れるかはわからないのだ。それでは意味がない。
 どうしたら金眼の力をコントロール出来るか。王はある可能性を考え、決意した。

「レン」

 王は握りしめていた懐中電灯をそっと胸の上に置く。

「僕が、助けるからね!」
「あ…?」

 何を言っているのかと、蓮は王を見つめる。

「?!!」

 王は右手を自分の右目に当てると、指先をグッと押し入れた。

「ティル…!何をっ?!」
「この眼を取ってしまえば、金眼の力を制御出来るかもしれない。シオンみたいに…!そうしたら、ここから出られる!」

 驚愕する蓮に構わず、指先に力を入れていく。茶色のコンタクトレンズが外れ、金色に輝く瞳の目尻に血がにじみ出る。
 生来の金眼保有者にも関わらず、戦闘能力をコントロール出来るのはシオンしかいない。眼を失ったことが原因かはわからないが、それに賭けたのだ。

「や…っやめろ!!」

 蓮は身体を支える左腕を上げ、王の右手を押さえる。

「!!」
「ぐうぅ…っ!!」

 ズズッと土砂が動き、身体への負荷が大きくなってうめく。

「レン!離して!!」
「ダメだ…!お前…っが、眼を取ったら、どうなるかわかってんだろ…っ?」

 王が金眼を失うということは、ウェア王国の終焉を意味する。王の考えも理解出来るが、絶対にさせられない。

「わかってる!わかっているよ!!でも、このままじゃレンが死んじゃうよ!!国が存続しても、レンがいなきゃ僕は嫌だ!!」

 王は金色の右眼を輝かせ、泣き叫ぶ。

「レンが助かるなら、こんな眼も国もいらない!!」

 茶色の左目と金色の右眼からポロポロと流れる涙。一国を治める者として、ひとりの命のために、しかも異世界の者のために国を犠牲にするなど、言葉にもしてはならないはず。蓮は王のことをわかっているつもりだったが、こんなにも自分を大切に思ってくれているとは予想以上だ。ならば、なおさらさせられない。

「…ティル、聞け」
「!」

 蓮の威圧的な声に、王はビクッとして黙る。

「いつも言ってんだろ。俺は死なねーって。俺がお前に嘘つくと思ってんのか?」

 力強い黒い瞳は根拠がなくても、何故かそう思わせる。王が首を横に振ると、蓮はふっと柔らかい表情になり、こつんと額と額を当てる。

「だから、んなことしねーでいい。ふたりで一緒に帰るぞ…。な?ティル」
「う…っうああぁっ!!レン…っ!」

 そんなことを言われたら、何も出来なくなってしまう。王は声を上げて泣きながら、蓮の冷たいほほを右手で覆った。
 その時、王の視界が開けた。胸にある懐中電灯とは別の明かりが照らされ、まぶしさに目を細める。

「レン様、陛下…!ご無事で…!」

 聞き覚えのある声。見えてきたシルエットにも覚えがある。

「し…シオン!!」

 ウェア城の使用人、元王室護衛長のシオンだ。全身ずぶ濡れで、羽織ったマントも白シャツも泥まみれになっている。

「遅ぇ…無事じゃねーよ…」
「申し訳ありません」

 シオンは蓮の悪態に微笑み、手を差し出した。






 蓮と王はシオンによって助け出された。土砂崩れは山の形を変えるほど大規模なものだったが、バスの運転手もすぐに救出され、他に被害者はいなかった。
 もちろん、蓮は王を連れての無断外出を大臣らにとがめられたが、土砂崩れに巻き込まれたことに関しては自然災害なので避けようがないと、キツイ説教はされなかった。ただ、クラウドとアラシに号泣され、他の護衛たちにも「二度と無断外出しないでください」と泣きつかれ、少し反省はした。



「やっぱ、気づいてたのか」

 翌日、城の医務室。ベッドに寝る蓮は脇の椅子に座るシオンに聞く。蓮の頭の傷は数針縫い、背にいくつかの裂傷、左足は折れていた。重傷ではあるが、それで済んだのは幸運とも言える。

「はい。お帰りになる頃にお迎えに参ろうと思っていました。土砂崩れの事故は途中で耳にしていましたが、まさかおふたりが巻き込まれているとは思いませんでしたよ」
「あ、そ…」

 シオンは休暇を利用して蓮と王が外出する気だと感づいていた。土砂崩れ発生のニュースを聞き、まさかと思いながら北部の山に急いだのだ。

「おふたり共に衰弱しているのか気配が弱く、捜し出すのも時間がかかりました。それに、道具等も用意する猶予がありませんでしたので…」

 と、包帯を巻かれた両手を見る。素手で土砂を掘り起こしたため、傷だらけで爪もほとんどはがれてしまった。

「お辛かったでしょう。お助けするのが遅くなり、申し訳ありませんでした」
「謝んな。あ…りがと…な」

 再び謝るシオンに、蓮は目を反らしてボソボソと礼を言う。正直、あのタイミングでシオンが来てくれなかったら、最悪の事態になっていただろう。そのくらい限界だった。

「レン…」

 蓮から礼の言葉を聞くのは初めてかもしれない。シオンは一瞬面食らうが、すぐににこりと微笑む。

「この手では今すぐにあなたを抱けないのが残念です」
「るせー」

 蓮は赤くなった顔を隠すように、腕で覆った。








 3日後。松葉杖で歩けるようになった蓮は自室に向かっていた。左足の骨折が完治するまで、ここで療養することにしたのだ。一泊で帰るはずが、思った以上の長期滞在になってしまいそうだ。

「なぁ、レン。無理するなよ。また世話してやるから」

 蓮が自室に行くと聞きつけたクラウドは医務室まで来ると、蓮を背負って連れていこうとした。拒否されたが、松葉杖で歩く蓮が心配で離れようとしない。

「いらねーし。お前、謹慎中だろ」
「関係ない!お前の世話は仕事とは別だ!」

 以前のように両腕が使えない訳ではないので実際付きっきりの世話はいらないが、屁理屈を言ってくる。現場へ行けなかった分、今からでも助けてやりたいのだ。

「私がおそばにおりますのでご心配なく」

 ずっとそばにいるシオンがシレッと言う。手の負傷もあり、休暇をもらったらしい。

「お前は仕事しろ」

 蓮としては、はっきり言ってうざったい。

「だってよ。早く行け」
「休暇中です。謹慎中のあなたこそ、自室に戻ってください」
「はぁ?!仕事と別だって言っただろ?!」
「同じです。謹慎の意味をご存知ですか」
「…うぜぇ」

 いつもの言い合いが始まってうんざりしていると、廊下の向こうに王の姿が見えた。

「!」

 シオンとクラウドも王に気づき、言い合いをやめてサッと廊下の端で片膝をつく。

「ティル」
「レン!会いたかった…!」

 トントンと蓮は器用に松葉杖を使って近寄り、王は何年も会っていなかったかのように走り寄る。さすがに今回のことは王も大臣らに厳重注意を受け、蓮とはしばらくの間、接近禁止を言い渡された。しかし、3日経つと居ても立っても居られなくなり、護衛の目を盗んで会いに来たのだ。

「あの、ね…」
「謝るなよ」

 おずおずと切り出そうとする王を、蓮はさえぎる。

「お前も、誰も悪くねーんだから」
「でも…っ僕が、行きたいってワガママ言ったから…レンが怪我して、死んじゃうかもしれなかった…!僕のせいで、レンが…っ」

 涙声になっていく王の肩に、松葉杖を離した右手を置くとグッと抱き寄せた。

「ティル、何度でも言うぞ。俺は死なねー」
「レン…」
「お前のせいで死ぬこともねーってことだ。わかったら、もう気にすんな」
「ん…うん…っ」

 王は涙をこらえ、蓮の背の服をギュッとつかみ、うなずいた。
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