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4,チョコレート
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「それで、あの…何故おふたりはここに…」
ナツは遠慮がちに聞く。王室護衛だった身から考えれば、王と身代わり護衛がふたりきりで外出など信じ難いことだ。
「買い物」
何が悪いとばかりに蓮が答える。
「えっと…チョコレートを買うの」
「え?」
おずおずと話す王をナツは驚いて見上げた。
「どれにしようかなぁ」
「どれもいいですよねぇ」
「…」
シューカ街大通り沿いにあるチョコレート専門店。かわいらしい外観で内装もオシャレな店内は、やはり若い女性客でにぎわっている。
目的地が同じだとわかった3人はそろってそこへ入店した。王とナツはいつの間にか馴染み、ショーケースに並ぶ色とりどりのチョコレートをニコニコとながめる。蓮は俺ら絶対浮いてるな…と思いつつ、離れることも出来ずにふたりを見ていた。
「ね、レンはどれが好き?」
「あー…お前が好きなのでいい」
「えー!レンも一緒に選ぼうよ!」
「…ん」
王に腕を組まれ、蓮は渋々一緒にショーケースをのぞく。ナツはふたりの仲睦まじい様子を横目で見て、微笑ましいと同時にうらやましく思う。王は堅苦しい公務から離れれば、本来の姿を見せられ、心を許せる存在がいるのだ。自分もそうなれたら。想い人の後ろ姿を思い浮かべた。
ナツは手提げ袋を持ち、戻ってきたウェア城の廊下を気分良く歩いていた。袋の中にはきれいにラッピングしてもらったチョコレートが入っている。
想い人、シオンがある出来事の時に口にした『サンカ』という人物が誰なのか、少し調べたらすぐにわかった。十年以上前に殉職した王室護衛で、シオンの兄だと。もうこの世にいない人が相手では、いくらアプローチしても無駄かもしれない。けれど、生きている者でしか出来ないこともある。このチョコレートを渡し、気持ちを告白し、『サンカ』の代わりにはなれなくても、シオンが心を許せるような存在にはなれるかもしれない。
シオンは城の屋上にいると聞き、足早にそこへ向かった。
「やっぱ、ここか」
「レン」
城の屋上。へりに立つシオンは背後から聞こえた蓮の声に振り向く。
「寒っ」
屋上は当然地上より寒い。凍てつくような風が吹きつけ、蓮は首をすくめる。
「ふふ、温めて差し上げましょうか」
「断る」
隣に立った蓮を見下ろし、シオンはからかうように笑う。
「陛下とご一緒だったのではありませんか」
「知ってたんかよ」
「ええ」
王の休憩時間内で、バレないように外出したつもりだったのだが。やはりシオンには筒抜けかと辟易する。王は先ほど、チョコレートが入った袋を手に「後で交換しようね!」と、ご機嫌で執務室に戻っていた。
「ん」
「何ですか」
蓮が前を見たまま手提げ袋を差出し、シオンはそれを受け取る。
「え…?」
袋の中をのぞくと、かわいらしいリボンがかけられた小さな箱が入っている。明らかにプレゼントだ。蓮がこれを用意したとは意外過ぎて、思わず動揺が顔に出てしまう。
「んだよ、その顔。危険物じゃねーし」
「すみません。私がいただいてよろしいのですか。ありがとうございます」
仏頂面の蓮に顔をのぞき込まれ、ふっと表情を戻す。
「チョコレート、ですか」
早速箱を開け、中身を見てさらに驚く。花模様の型どられた板チョコが入っていた。
「ああ。お前、甘いもん食わねーだろ。それ、一番苦ぇって」
「…」
だからといって、苦いものが好きな訳でもないが。素直にプレゼントをしたくなくて、照れ隠しの嫌がらせのつもりなのだろう。いたずらっぽく笑む蓮をかわいらしく思う。
「いただいて良いですか」
「ああ」
シオンは板チョコを一枚つまみ、口に入れる。
「これは、あなたから私へのご好意だと受け取ってよろしいのですか」
クラウドが帰ってくるなり、チョコレートは好意を持つ者に贈るだ何だと騒いでいたのを思い出す。蓮の世界の行事かとなんとなく察していた。
「…勝手にしろ」
蓮はこいつバレンタインデーのことも知っていたのかと恥ずかしくなり、ほほを赤らめてプイッと顔をそらす。王のものを買った時に何故かシオンのことが思い浮かび、ついでに購入したのだ。それから、後でうるさそうなのでクラウドの分も用意してある。
「はい」
シオンは微笑み、蓮のほほに手を添えてこちらを向かせ、唇を重ねた。
「っん?!んんー…っ!」
もがく蓮にかまわず、溶けたチョコレートを乗せた舌を差し入れ、口内をねっとりとかき回す。
「…っは、ぐあ…っ苦ぇえ」
ようやく唇が離れると、蓮は無理やり味わわされたビターチョコの想像以上の苦味にもだえる。嫌がらせしてやったつもりが、思わぬ反撃に後悔する。
「私は甘いですよ」
「るせードS…っ」
ペロっと満足げに唇をなめるシオンを、涙目でにらんだ。
悔しげな蓮を見て、シオンは先ほどまでの不快感がなくなっていることに気づく。クラウドが特例で蓮に会いに行ったこと、戻ってくるやいなや蓮は王に会いに行ってしまったこと、我ながら器が小さいと思いつつ不快でならなかった。それを一瞬で払拭させた彼を改めて愛しく思う。
「では、お返事はどうしたら良いのですか。ご好意を受け取ったら、何かお返しをするのでしょうか」
「来月。10倍返しな」
「10…?」
蓮が割に合わないことを平然と言い、異世界には妙な行事があるものだと不可解に思った。
「…」
屋上へ出る扉のかげ。ナツは気配を潜ませてふたりを見ていた。出ていくことなど出来ず、ギュッと手提げ袋を握りしめた。
ナツはぼんやりと廊下を歩いていた。あんなに表情豊かなシオンは初めて見た。よく見る笑顔でさえ、全く違う。彼にはもう、心を許せる者がいたのだ。いつまでも亡くなった兄を想っているのではなく、とっくに前を向いていたのだ。自分がそれになれなかった悔しさと、失恋の悲しさと、シオンが幸せそうで良かったという思いで感情はめちゃくちゃだ。
でも、いつか、この気持ちが落ち着いたら。「君が好きだった」と笑って言えるくらいになって、自分も前を向きたいと涙をこらえる。
このチョコレートを渡しても困らせるだけだろう。どうしようかと思いながら階下に向かっていると
「ナツさん。いらしてたんですね」
「アラシくん」
通りかかった護衛長、アラシが声をかけてくる。
「これ、良かったら食べてくれる?」
「えっ?」
手提げ袋を差出し、驚くアラシに半ば強引に手渡す。
「じゃあ、僕は帰るね。がんばって」
「は、はい…」
笑顔で手を振り、行ってしまうナツをアラシはぼう然と見送った。ナツが時々護衛たちに差し入れを持ってきてくれることはあるが、個人的にもらうのは初めてだ。何だろうと箱のラッピングを丁寧にはがす。
「!」
中身はかわいらしいデコレーションのチョコレート。ナツも異世界の行事を知っているのだろうか。護衛長に就任してから苦労することばかりだが、慕うふたりから良い意味のあるプレゼントをもらい、報われた気持ちになる。
「今日はいい日だな」
つぶやき、甘いチョコレートをひとつ、口に入れた。
「…あれ?」
城を出たナツはクラウドが恋人だという者と、王と仲睦まじい様子だった者と、シオンが心を許している者が同一人物だと今さら気づき、歩を止めていた。
シオンが仕事に戻り、屋上から降りて廊下を歩いている途中、蓮はふたりの護衛がうんざりといった様子で座りこんでいることに気づく。
「何してんだ」
「はっ!レン様、お久しぶりです!」
「レン様!お元気そうで何よりです!」
声をかければ、彼らはバッと立ち上がり、慌てて片膝をついて頭を下げる。
「…何してんだって」
スクワットかよとあきれながら、蓮はもう一度聞く。この敬意の表し方があまり好きではないのだ。
「しっ、失礼しました!」
「我々は罪人の見張りをしております!」
彼らはいっそう焦って更に頭を下げる。
「…」
『罪人』ということはあの3人のうちの誰かか。護衛たちの背後には書庫の古めかしい扉。書庫なんかに長居しそうな者といえば。蓮は扉に手をかける。
「あっ…レン様!入ってはなりません!!」
「レン様!!お止めください!」
護衛たちは慌てて立ち上がり、蓮を制止する。蓮と見張っている者が許可なく会うのは禁じられている。
「…俺に、命令すんのか」
「っ?!」
「す…っすみま…せっ!」
蓮の覇気がグッと高まり、彼らはビクッとして反射的に身を引く。
「おい…っ!」
「…っ」
自分たちでは蓮を止められない。クラウドは謹慎中なので、シオンかアラシを呼ばなければとふたりは目配せしてうなずく。
「チクってみろ。殺すぞ」
それを察した蓮は脅しを込め、彼らをギロリとにらみつける。
「…っ?!!」
「は、はひ…っ」
顔のかわいらしさが吹き飛ぶような、ゾッとする殺気と黒い瞳に彼らは動けなくなり、青ざめる。蓮が中に入り、パタンと閉まる扉を見ているしかなかった。
ウェア城の書庫には王国内で出版された書物のほとんどが保管されている。高い天井近くまで膨大な量の本が並び、明かりとりの窓はあるが薄暗く、本独特なにおいで満ちている。
奥へと歩を進めると、棚と棚の隙間から見覚えのある青髪が見えた。
「よう」
蓮は移動式の脚立の下から、上部に腰かける青髪…ヨイチに声をかける。
「レンか」
ヨイチは読んでいた分厚い歴史書から目を外し、鈍い金色の右目で蓮を見下ろす。左目にはいつもどおり眼帯を着け、ウェーブした長い青髪はポニーテールに結っている。
「護衛たちと何を騒いでいた?」
ヨイチは話しながら、脚立を降りてくる。
「さぁな」
目線が同じになり、蓮は彼の顔を見つめる。相変わらず色白だが病的な感じはせず、普通に食事が出来ているように見える。
「コレは?」
ヨイチの右手首にいつも着けているブレスレットがなく、蓮は自分の左手首のものを指す。彼からプレゼントされたシンプルなプラチナ製だ。
「ああ、着けていると城の者にとがめられる。お前と同じものというだけで」
「あ、そ」
「お前と会えるなら、着けておくべきだったな。エンゲージリング代わりなのだから」
「あ?キモい」
「ははっ!やはりお前の言葉は面白い」
顔をしかめる蓮を見て、ヨイチは愉快そうに笑った。
ナツは遠慮がちに聞く。王室護衛だった身から考えれば、王と身代わり護衛がふたりきりで外出など信じ難いことだ。
「買い物」
何が悪いとばかりに蓮が答える。
「えっと…チョコレートを買うの」
「え?」
おずおずと話す王をナツは驚いて見上げた。
「どれにしようかなぁ」
「どれもいいですよねぇ」
「…」
シューカ街大通り沿いにあるチョコレート専門店。かわいらしい外観で内装もオシャレな店内は、やはり若い女性客でにぎわっている。
目的地が同じだとわかった3人はそろってそこへ入店した。王とナツはいつの間にか馴染み、ショーケースに並ぶ色とりどりのチョコレートをニコニコとながめる。蓮は俺ら絶対浮いてるな…と思いつつ、離れることも出来ずにふたりを見ていた。
「ね、レンはどれが好き?」
「あー…お前が好きなのでいい」
「えー!レンも一緒に選ぼうよ!」
「…ん」
王に腕を組まれ、蓮は渋々一緒にショーケースをのぞく。ナツはふたりの仲睦まじい様子を横目で見て、微笑ましいと同時にうらやましく思う。王は堅苦しい公務から離れれば、本来の姿を見せられ、心を許せる存在がいるのだ。自分もそうなれたら。想い人の後ろ姿を思い浮かべた。
ナツは手提げ袋を持ち、戻ってきたウェア城の廊下を気分良く歩いていた。袋の中にはきれいにラッピングしてもらったチョコレートが入っている。
想い人、シオンがある出来事の時に口にした『サンカ』という人物が誰なのか、少し調べたらすぐにわかった。十年以上前に殉職した王室護衛で、シオンの兄だと。もうこの世にいない人が相手では、いくらアプローチしても無駄かもしれない。けれど、生きている者でしか出来ないこともある。このチョコレートを渡し、気持ちを告白し、『サンカ』の代わりにはなれなくても、シオンが心を許せるような存在にはなれるかもしれない。
シオンは城の屋上にいると聞き、足早にそこへ向かった。
「やっぱ、ここか」
「レン」
城の屋上。へりに立つシオンは背後から聞こえた蓮の声に振り向く。
「寒っ」
屋上は当然地上より寒い。凍てつくような風が吹きつけ、蓮は首をすくめる。
「ふふ、温めて差し上げましょうか」
「断る」
隣に立った蓮を見下ろし、シオンはからかうように笑う。
「陛下とご一緒だったのではありませんか」
「知ってたんかよ」
「ええ」
王の休憩時間内で、バレないように外出したつもりだったのだが。やはりシオンには筒抜けかと辟易する。王は先ほど、チョコレートが入った袋を手に「後で交換しようね!」と、ご機嫌で執務室に戻っていた。
「ん」
「何ですか」
蓮が前を見たまま手提げ袋を差出し、シオンはそれを受け取る。
「え…?」
袋の中をのぞくと、かわいらしいリボンがかけられた小さな箱が入っている。明らかにプレゼントだ。蓮がこれを用意したとは意外過ぎて、思わず動揺が顔に出てしまう。
「んだよ、その顔。危険物じゃねーし」
「すみません。私がいただいてよろしいのですか。ありがとうございます」
仏頂面の蓮に顔をのぞき込まれ、ふっと表情を戻す。
「チョコレート、ですか」
早速箱を開け、中身を見てさらに驚く。花模様の型どられた板チョコが入っていた。
「ああ。お前、甘いもん食わねーだろ。それ、一番苦ぇって」
「…」
だからといって、苦いものが好きな訳でもないが。素直にプレゼントをしたくなくて、照れ隠しの嫌がらせのつもりなのだろう。いたずらっぽく笑む蓮をかわいらしく思う。
「いただいて良いですか」
「ああ」
シオンは板チョコを一枚つまみ、口に入れる。
「これは、あなたから私へのご好意だと受け取ってよろしいのですか」
クラウドが帰ってくるなり、チョコレートは好意を持つ者に贈るだ何だと騒いでいたのを思い出す。蓮の世界の行事かとなんとなく察していた。
「…勝手にしろ」
蓮はこいつバレンタインデーのことも知っていたのかと恥ずかしくなり、ほほを赤らめてプイッと顔をそらす。王のものを買った時に何故かシオンのことが思い浮かび、ついでに購入したのだ。それから、後でうるさそうなのでクラウドの分も用意してある。
「はい」
シオンは微笑み、蓮のほほに手を添えてこちらを向かせ、唇を重ねた。
「っん?!んんー…っ!」
もがく蓮にかまわず、溶けたチョコレートを乗せた舌を差し入れ、口内をねっとりとかき回す。
「…っは、ぐあ…っ苦ぇえ」
ようやく唇が離れると、蓮は無理やり味わわされたビターチョコの想像以上の苦味にもだえる。嫌がらせしてやったつもりが、思わぬ反撃に後悔する。
「私は甘いですよ」
「るせードS…っ」
ペロっと満足げに唇をなめるシオンを、涙目でにらんだ。
悔しげな蓮を見て、シオンは先ほどまでの不快感がなくなっていることに気づく。クラウドが特例で蓮に会いに行ったこと、戻ってくるやいなや蓮は王に会いに行ってしまったこと、我ながら器が小さいと思いつつ不快でならなかった。それを一瞬で払拭させた彼を改めて愛しく思う。
「では、お返事はどうしたら良いのですか。ご好意を受け取ったら、何かお返しをするのでしょうか」
「来月。10倍返しな」
「10…?」
蓮が割に合わないことを平然と言い、異世界には妙な行事があるものだと不可解に思った。
「…」
屋上へ出る扉のかげ。ナツは気配を潜ませてふたりを見ていた。出ていくことなど出来ず、ギュッと手提げ袋を握りしめた。
ナツはぼんやりと廊下を歩いていた。あんなに表情豊かなシオンは初めて見た。よく見る笑顔でさえ、全く違う。彼にはもう、心を許せる者がいたのだ。いつまでも亡くなった兄を想っているのではなく、とっくに前を向いていたのだ。自分がそれになれなかった悔しさと、失恋の悲しさと、シオンが幸せそうで良かったという思いで感情はめちゃくちゃだ。
でも、いつか、この気持ちが落ち着いたら。「君が好きだった」と笑って言えるくらいになって、自分も前を向きたいと涙をこらえる。
このチョコレートを渡しても困らせるだけだろう。どうしようかと思いながら階下に向かっていると
「ナツさん。いらしてたんですね」
「アラシくん」
通りかかった護衛長、アラシが声をかけてくる。
「これ、良かったら食べてくれる?」
「えっ?」
手提げ袋を差出し、驚くアラシに半ば強引に手渡す。
「じゃあ、僕は帰るね。がんばって」
「は、はい…」
笑顔で手を振り、行ってしまうナツをアラシはぼう然と見送った。ナツが時々護衛たちに差し入れを持ってきてくれることはあるが、個人的にもらうのは初めてだ。何だろうと箱のラッピングを丁寧にはがす。
「!」
中身はかわいらしいデコレーションのチョコレート。ナツも異世界の行事を知っているのだろうか。護衛長に就任してから苦労することばかりだが、慕うふたりから良い意味のあるプレゼントをもらい、報われた気持ちになる。
「今日はいい日だな」
つぶやき、甘いチョコレートをひとつ、口に入れた。
「…あれ?」
城を出たナツはクラウドが恋人だという者と、王と仲睦まじい様子だった者と、シオンが心を許している者が同一人物だと今さら気づき、歩を止めていた。
シオンが仕事に戻り、屋上から降りて廊下を歩いている途中、蓮はふたりの護衛がうんざりといった様子で座りこんでいることに気づく。
「何してんだ」
「はっ!レン様、お久しぶりです!」
「レン様!お元気そうで何よりです!」
声をかければ、彼らはバッと立ち上がり、慌てて片膝をついて頭を下げる。
「…何してんだって」
スクワットかよとあきれながら、蓮はもう一度聞く。この敬意の表し方があまり好きではないのだ。
「しっ、失礼しました!」
「我々は罪人の見張りをしております!」
彼らはいっそう焦って更に頭を下げる。
「…」
『罪人』ということはあの3人のうちの誰かか。護衛たちの背後には書庫の古めかしい扉。書庫なんかに長居しそうな者といえば。蓮は扉に手をかける。
「あっ…レン様!入ってはなりません!!」
「レン様!!お止めください!」
護衛たちは慌てて立ち上がり、蓮を制止する。蓮と見張っている者が許可なく会うのは禁じられている。
「…俺に、命令すんのか」
「っ?!」
「す…っすみま…せっ!」
蓮の覇気がグッと高まり、彼らはビクッとして反射的に身を引く。
「おい…っ!」
「…っ」
自分たちでは蓮を止められない。クラウドは謹慎中なので、シオンかアラシを呼ばなければとふたりは目配せしてうなずく。
「チクってみろ。殺すぞ」
それを察した蓮は脅しを込め、彼らをギロリとにらみつける。
「…っ?!!」
「は、はひ…っ」
顔のかわいらしさが吹き飛ぶような、ゾッとする殺気と黒い瞳に彼らは動けなくなり、青ざめる。蓮が中に入り、パタンと閉まる扉を見ているしかなかった。
ウェア城の書庫には王国内で出版された書物のほとんどが保管されている。高い天井近くまで膨大な量の本が並び、明かりとりの窓はあるが薄暗く、本独特なにおいで満ちている。
奥へと歩を進めると、棚と棚の隙間から見覚えのある青髪が見えた。
「よう」
蓮は移動式の脚立の下から、上部に腰かける青髪…ヨイチに声をかける。
「レンか」
ヨイチは読んでいた分厚い歴史書から目を外し、鈍い金色の右目で蓮を見下ろす。左目にはいつもどおり眼帯を着け、ウェーブした長い青髪はポニーテールに結っている。
「護衛たちと何を騒いでいた?」
ヨイチは話しながら、脚立を降りてくる。
「さぁな」
目線が同じになり、蓮は彼の顔を見つめる。相変わらず色白だが病的な感じはせず、普通に食事が出来ているように見える。
「コレは?」
ヨイチの右手首にいつも着けているブレスレットがなく、蓮は自分の左手首のものを指す。彼からプレゼントされたシンプルなプラチナ製だ。
「ああ、着けていると城の者にとがめられる。お前と同じものというだけで」
「あ、そ」
「お前と会えるなら、着けておくべきだったな。エンゲージリング代わりなのだから」
「あ?キモい」
「ははっ!やはりお前の言葉は面白い」
顔をしかめる蓮を見て、ヨイチは愉快そうに笑った。
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