白銀色の中で

わだすう

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47,甘え

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「お前らは…っレンを何だと思ってやがるんだ?!勝手な妄想押しつけて監禁して…っまた、ここでも辱める気なのか?!お前らの命があるのはレンのおかげだと忘れたのか!!」

 クラウドは今にも殴りかからんばかりに、ふたりを怒鳴りつける。蓮をいくら問い詰めても、ミカビリエで彼らにどんな仕打ちを受けたのか答えてくれない。それが余計に彼らに対する不信と嫌悪を抱かせていた。見張りの護衛たちから蓮が彼らの部屋に入ったと報告を受け、彼らを保護することが国の決定であっても、事と次第では生かしておけないと決意してきたのだ。

「落ち着いてよ、お兄さん。忘れる訳ないじゃない」
「あんたのその様子じゃ、こいつの勝手な行動だろうが…あまり叱ってやるな」
「は…?!」

 慌てるでも悪びれるでもなく、穏やかなふたりの様子にクラウドは拍子抜けする。ワンスは抱いた蓮を呆然とするクラウドにそっと差し出した。

「レン君が起きたら、ごめんね、ありがとうって伝えてね」
「…」

 急激に気が抜けたクラウドは眠っている蓮を抱き、ひらひら手を振るイールに何も言えなかった。








「僕、ヨイチが何であんなにレン君を手に入れたかったのか、わかったよ」

 クラウドが蓮と共に出て行った後、イールはベッドに座って話し始める。

「何なんだろ…あの力…。金眼保有者以上の糧なんかいないと思ってたのに、あのコは軽く上いってるよ。ホント、驚いた。あの力を味わったら、もう手放したくないってヨイチじゃなくても思うだろうね」

 死を覚悟するほど衰弱した身体が蓮の口からの力だけで、いつも通りに、いや、いつも以上の状態にまで回復した。しかも、最高だと思っていた金眼保有者との性交よりも甘美で快感だった。死なせてしまうとわかっていても、止められないほどに。

「まぁ、今のヨイチはそうじゃないみたいだけど。あの力を味わえるってわかってて、食べないなんてさ、僕にはわからない感情だよ」

 かわいくてイイコなのはわかるけどと、イールは狂気を含んだ目で笑む。

「それなら、レンを食わせる前に止めるべきだったな。普通の食事に戻す苦労が増えただけだ。明日から死ぬ気で食え」

 当然のように人を食っていた頃の表情に戻ったイールを見て、ワンスは後悔と怒りがこみ上げる。

「え、ちょ…ワンス辛辣~。せっかくレン君が僕のために」
「もうレンを食うことは俺が許さない」
「『俺が』?何でさ」
「揚げ足をとるな。口に食い物突っ込むぞ」
「まだ怒っているの?ごめんって~!」

 その冗談ではない怒りが伝わり、イールは焦って謝った。

「でもさ、考えてみたら、僕たちレン君のこと何も知らないね。ウェア王国自体謎だらけだけど、一番はあのコだよ。一体、何者なんだろ?」
「…さぁな」

 ミカビリエにいた頃に何度か蓮の素性を聞いたが、ほとんど何も答えてくれなかった。

「ひょっとして、ワンスも味見した?」
「何?」
「妙に仲良さげだったし、ワンスがこんなに怒るなんて初めて見たし」
「レンの力を食う訳がないだろう」

 正直、ミカビリエにいた頃なら、ヨイチの許可があれば喜んで食ったかもしれない。しかし、今はイールから蓮の力の魅力を聞いても食おうとは思わない。蓮を衰弱させて命を奪いたくはないし、力以上の魅力を彼は持っているのだ。

「へぇー…じゃあ、今のヨイチと同じ気持ちってこと?」

 意外だね、という顔でイールに指摘され、ワンスは一瞬言葉に詰まる。

「…俺に、そんな感情はない」
「あはは、嘘つき」

 目を反らしたワンスを見て、イールは感情なく笑った。











「…」

 蓮は目を覚ました。ぼんやり見える天井は見慣れた医務室の清潔な白色。

「…チッ」

 思い切り食いやがって。

 目線さえも動かしたくないほどの倦怠感に、相当な体力を奪われたとイールを恨む。食わせたのは自分ではあるが。

「…?」

 右手に重みを感じてそちらの方を見ると、見慣れた赤い短髪がベッドに伏せていた。眠っているようだが、クラウドの手はしっかりと蓮の右手を握っている。よりによって、こいつにバレてしまったかと蓮はため息をつく。おそらく、見張りの護衛たちが見兼ねて彼を呼びに行ったのだろう。責任はねーって言ったのに、と護衛たちにも文句を言いたくなる。

「ん…ぅへ…レン…」
「キモ…」

 寝言だろうが、にやけて名を呼ぶクラウドに、何の夢見てんだと少し引く。

 蓮がウェア王国に戻ってから、彼はいっそう蓮の行動に口出しし、周りにまで怒鳴りつけ、少しでも何かあれば仕事を放り出してまで蓮の元へ来るようになった。多分、今回のことも起きたらものすごい剣幕で怒るだろう。蓮としたら、うっとうしいことこの上ない。
 けれど。彼は蓮のどんな勝手な行動にも全力で応え、守り、最後には許し、楽しませようとする。そして、こうやって無防備な姿も遠慮なく見せてくる。そんな彼がそばにいてくれることに甘え、正直安心している部分もある。ミカビリエで過ごした間、自分の感情を殺し、眠らない者たちに常に見られていて、気の弛む時がなかった反動もあるかもしれない。

 絶対、言わねーけど。調子のるから。

 蓮はクラウドの幸せそうな寝顔を見つめ、心の中で悪態をつくと眠気が襲ってくる。あたたかい彼の手を感じながら、また眠りに落ちた。













 それから3日後。だいぶ体力が回復した蓮は王と夕食を共にした後、彼の自室でくつろいでいた。この1カ月は王の公務が忙しく、ゆっくりとふたりだけで過ごすのは久しぶりだった。こうして王と顔を合わせているだけで、楽しくて心地よくて穏やかな気持ちになれた。

「レン、こっちでお話しよ」
「ん、ああ」

 王がベッドルームを指差し、ソファーからキングサイズの天蓋付きベッドへ移動する。

「ふふ」
「ははっ」

 ふたりでふかふかのベッドに寝転び、合わせた手の指先を絡ませ、そのくすぐったさに笑いあう。このまま自室に戻らず、王と一緒に眠ろうかと蓮は思う。

「聞いたよ、レン」
「あ?」

 蓮の手をにぎにぎしながら、王は話を切り出す。

「あの外国人のひとりに、接触したって」
「あ…」

 嬉しそうだった王の表情がなくなり、蓮はドキリと心臓が跳ねる。3日前の、蓮がイールに体力を食わせたことを言っているのだろう。さすがに耳に入ってしまったかと、気まずくなって目を反らす。

「彼らの食事に関しては『通常に戻す』ことを条件にしたよね。人の体力は絶対に与えないって」

 そう提案したのは他の誰でもない、蓮だ。ヨイチらをウェア城で保護するため、国務大臣たちを説得させる最低条件だった。

「もちろん、レンのもダメなんだよ」
「…っ」

 『俺のならいいだろ』と蓮が言う前に、王はさえぎる。

「冷たいことを言うようだけど、彼らが通常の食事に戻せず衰弱死してしまったら、もうそれまで。残念な結果として受け入れないといけない」
「…ん」

 話す王から目を反らしたまま、蓮はきゅっと唇を噛む。ただでさえ大罪人で厄介者の彼らが最低条件も満たせないなら、情けは無用。むしろ国はそれを望んでいるのだろう。

「それに、レンには彼らへの責任がないんだよ」と、王は金色の眼を蓮に向ける。

 責任がない。つまり、ヨイチらが衰弱しようが死のうが、助けてはならないということ。今までも大臣や護衛たちから彼らと関わってはならない、顔も合わせるなと散々言われてきた。それでも無視をきめていたが、やはり王に言われると重みが違う。

「…わかってる」

 蓮はその美しい眼を見つめ、ボソッとつぶやく。
 
「レンが苦しい思いしてまでやってくれたことなのに…こんなこと言ってごめんね、レン」

 王はぎゅっと蓮の手を握り、ほほを寄せる。

「僕はレンにも彼らの今後については協力してもらおうと思っているんだよ。だけど…レンが怪我したり、体調悪くしたりすることは…もう、しないでほしい…っ」

 王の金色の眼がいっそう美しく潤み、涙がこぼれる。正直、この報告を受けた時は怒る大臣たちやクラウドを抑え、蓮もイールも、見張りの護衛も含め不問にするつもりだった。しかし、蓮が衰弱して意識がないとわかると考えが変わった。私情を挟んでいると重々承知しているが、彼が傷つくことだけは許せなかった。
 そこで、大臣たちには自分が処罰すると納得させておき、蓮には金眼の『権力』を使わず、自分の言葉で伝えようと決めたのだ。

「ん…ワリ…ティル」

 蓮もその手を握り返し、謝る。王があえて金眼の力を使っていないこと、この話をすることを苦しく思っていること、そして、蓮を何より大切に思っていることが伝わってくる。今までも安易で自分勝手な行動が、この優しい友達を苦しませていたのかとようやく気づき、甘え過ぎていたことを反省する。

「も、勝手なことはしねー。何か、あったら…お前に聞いて…いいか?」
「あ…」

 蓮がほほをほんのり赤く染めて聞き、王も顔を赤くしてバッと身体を起こす。

「うんっ、何でも聞いて!一緒に考えよ!」

 両手で蓮の手をつかみ、コクコクうなずく。常日頃重大な政治判断を相談され、決定している王だが、蓮からそう頼られることは特別で嬉しく感じた。

「良かったー、レン…っわかってくれて…!」
「なぁ…お前、ホントは俺を罰する約束だったんじゃね?」

 安堵してまた涙ぐむ王に、蓮は寝たまま聞く。

「ぼうぇっ?!そ、そんなこと、何でっ?!」

 何故わかったのかと、図星だった王はごまかそうと焦る。イールの件を王が知っているなら、当然大臣たちも周知だろう。なのに、真っ先に説教するウォータ大臣から呼び出しすらなかったのは、王がそれを引き受けたからではないかと蓮は思ったのだ。

「いいのか?」

 最初から罰を与える気などなかったのだろうが、これでは大臣たちに示しがつかないのではないか。王からの罰なら、甘んじて受けてもいい。

「う、うーん…っじゃあ、ひとつお願いしてもいい?」

 王は少しうなった後、何か思いついて話し始めた。
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