白銀色の中で

わだすう

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38,連行

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 それから間もなく、蓮はヨイチらを連れ、ウェア城に到着した。

「普通に入れたね…。不思議~」

 イールはあんなに侵入を拒んでいた城周りの結界をあっさり通過し、拍子抜けして背後を見る。

「レン、あの見えない壁はどうなっているんだ?」
「さぁな」

 ワンスも不思議がりながら聞くが、蓮は答えない。結界を通れるということは、敵意がないという証なのだが。

「…」

 ヨイチは何も言わず、城に続く石畳を歩く蓮の背をただ見つめた。


「クラウドさん、大丈夫なんでしょうか…」

 国境の森から、蓮を見守ってきた護衛のひとりが不安げに言う。アラシから王はすべて把握していると連絡は受けたが、ヨイチらが何もしない保証はない。

「少しでも妙な行動すれば俺がやってやる。心配するな」と、クラウドはヨイチらをにらむ。

 シオンほど、彼らを信用することは出来ないのだ。


 蓮が城の扉前に立つと、中から扉が開く。エントランスホールには厳戒体制の王室護衛が十数人と、大臣の補佐官たちが怯えた様子で数人立っており、緊張感が漂っている。

「ティ…王はあの部屋に来てるか」
「…は、はい、間もなく」

 蓮が謁見の間を指すと、補佐官のひとりがうなずく。

「あの…レン様。ウォータ大臣からのご命令で、これをつけさせるようにと…」

 彼の横から、おそるおそる別の補佐官がふたり、3つの手錠をじゃらりと鳴らして蓮に差し出す。ヨイチら3人は大臣たちからしたら、国内を混乱させた上、大量殺人を犯した罪人以外の何者でもないのだ。

「…」

 冷たい鉄製の手錠を見て、ヨイチら3人はふっと表情がなくなる。

「あ?いらねーし」

 蓮はあっさりと断る。

「えっ?!レン様…っ!そのような訳には…っ!」
「るせーよ。早く開けろ」

 焦る補佐官たちを黙らせ、扉を開けるよう急かす。

「は、はい…っ」

 青ざめて扉を開けた彼らを見て、イールはぷるぷると笑いたいのをこらえ、ワンスはふっと笑む。

「…」

 ヨイチは仏頂面の蓮を表情なく、見つめた。


 絢爛豪華な謁見の間に入り、蓮を先頭に青いカーペットを進む。

「うわ…すっごいキラっキラ」

 イールは輝くシャンデリアや美しいステンドグラスを見回し、思わず感嘆の声が出る。カーペットの両脇には白コートの国務大臣たちが並び、彼らに嫌悪と恐怖の眼差しを向けている。王の命令とはいえ、彼らを城に、いや国に入れること自体許しがたいのだろう。

「嫌~な雰囲気だね」
「仕方ないだろ」

 イールがこそこそ話し、ワンスは前を向いたまま返す。カーペットの先にある台座前で蓮が歩を止めると

「ウェア王、お出ましになられます!!」

 よく通る声が謁見の間に響き渡る。と同時に大臣たちと護衛たちが一斉に片膝をつき、頭を下げる。

「うわっ?!何っ、こわ!!」

 イールは驚いて彼らを見回す。

「うるせーな、お前」
「あはは…ごめんね」

 いちいちリアクションしてしまうイールを蓮がじろっとにらみ、苦笑いする。
 そこへ、台座奥の扉が開き、アラシとライカを共にしてウェア王が謁見の間に登場する。

「…っ」

 ヨイチら3人は息を飲み、表情が強ばる。
 青いマントをひるがえし、台座中央の立派な椅子に座る、ウェア王国の絶対的な権力者。美しく輝く金髪に、それ以上に光輝く金色の両眼。国境の森でのような強大な覇気はないが、その荘厳さと威圧感は恐怖を感じるほど。

「レン、彼らの連行ご苦労だった。怪我は大事ないか」

 ふっと威圧感が和らぎ、王は蓮を労う。

「ああ」

 蓮は変わらぬ態度でうなずいた。

「早速、そちらの処遇だが」

 王の眼がヨイチらに向き、威圧感が戻る。

「まずはその目を移植したという経緯と施した国を明らかにせよ。その後も我が国のために働き、一生をかけて償いをしてもらう」
「は…?」

 予想外な王の言葉に、3人はあっけにとられる。両脇の大臣たちはそれ以上に唖然としていた。

「知っておろうが、我が国では本来そちらのような罪を犯した者は極刑に処される。それを免れたのはその移植した目のこともあるが、我が国民だったというそちらの祖母の境遇もある。当時、帰国を望んだ者らに適切な対応を出来なかったのは、時の王の…今は我に責任がある。せめてもの贖罪だ」

 王は国境の森でヨイチに言われたことの意味を蓮に聞き、大臣らを問いただした。そして、実際に多数の元金眼保有者の帰国を認めなかった過去があるとわかったのだ。大臣たちはまさか、それを理由に減刑するとは思わなかったが。

「異論はないな」と、王はヨイチらを見下ろす。

「…」

 返事も出来ない彼らを同意したと見なし、椅子から立ちあがる。

「だが、そちらが大罪人であることに変わりはない。奪った命の重さと、己の命があることの有り難みを噛みしめて生きるがいい」

 釘をさすかのように口調を強める。

「それから、そちらを守った者への感謝を忘れるな」と、蓮を見つめてから、王は台座を後にした。

 アラシとライカも蓮にそっと目配せすると、王に続いた。

 王が謁見の間を出、威圧感から解放されたヨイチらはほっと脱力する。大臣たちは事前に何の話もなかった王の発言に戸惑い、ざわざわと話し合いを始める。

「…えーと、何?つまり、僕たち終身刑ってこと?」

 イールは顔をひきつらせ、ワンスを見上げる。

「殺さない代わりに、あの国の情報を得て、更にこの国の黒い過去を封じたいんだろ」

 ワンスは都合のいい司法取引だと、ため息をつく。

「レン…お前が、王に提案したのか…」
「あ?別にお前らの目と、ばあさんの話をしただけだ」

 半ば呆然として聞くヨイチに、蓮は自分が決めたわけじゃないと否定する。

「お前ら行くとこねーんだろ。死人として無駄に生きてんなら、ここで働いてから死ね」
「レン君、言い方…っ」
「ふ…」

 蓮の辛辣な言いぐさにイールは苦笑いし、ワンスは笑む。彼らは死亡したということになっており、どこへ行っても正式に居住することが出来ない。ミカビリエでも法の手が伸びれば、追放されただろう。この処遇は安住の場所を提供されたとも言える。

「んー…まぁ、ありがたいって言っておく?ヨイチ」
「…」

 話を振るが、ヨイチは蓮を見つめたまま。

「あ、それならさ、まさか食事の提供もしてくれるの?」

 彼らの食事イコール人の命。イールは冗談めかして聞く。

「フツーのメシが食えねぇワケじゃねーんだろ?そのうち、元に戻んじゃね?つーか、戻せ」

 彼らは普通の食事では栄養にならないのではなく、満足感が得られないと言っていた。食べられない訳ではないなら、通常の食事に戻すことも出来るのではと蓮は考えていた。

「ええー?キっツイよーレン君~」
「おい、レン!」

 そこへ、話を遮るようにクラウドがやって来る。親しげに会話する彼らにしびれを切らしたのだ。

「もう行くぞ!そいつらは後は大臣と護衛たちに任せろ」

 蓮の役目は彼らをここに連行するまで。その後は国の役目になる。

「ん、ああ」

 蓮はうなずいて、クラウドの方を向く。

「レン」
「あ?」

 黙っていたヨイチが名を呼び、振り返る。

「もし、普通に食えるようになったら…共に食事をしてくれるか」

 共に暮らした1ヶ月間に望んでも出来なかったこと。

「ああ」

 蓮はにっと笑った。

「レン!!」
「るせーな、今行く」と、クラウドの怒鳴り声にすぐ顔をしかめ、彼の方へ歩いて行った。

 そんな蓮の背をヨイチら3人は呆然と眺める。

「はぁー…レン君の笑った顔初めて見た…。超かわいい…」

 イールは見惚れてため息をつく。

「笑うんだな、レンは…」

 ワンスも意外そうにつぶやく。

「惚れ直したんじゃない?ヨイチ」
「ふ…そうだな」

 からかうように聞くイールに、ヨイチは満足げに笑んだ。













「悪かったな、無理言って」

 その夜。蓮は王の自室で夕食を食べながら、申し訳なさげに話す。

「ううん、僕もそうするべきだと思ったもの」

 王は首を振る。


 蓮はヨイチらの移植された目や祖母のことを王に話した時、彼らの城での保護を提案した。もちろん初めは驚いた王だが、本来ならすぐに捕らえて極刑に処すべき大罪人を野放しにしている状態は解消したかった。蓮の提案を受け入れれば、極刑に処さずとも贖罪を名目に彼らを監視下に置ける。
 しかし、大臣たちは刑に処したい気はあっても、触らぬ神に何とやらとヨイチらの確保には消極的。略奪された金眼を大量に集め、それを使って人工的に保有者を造ろうとした国がある、という蓮の話を聞き、事実だとわかっても考えを変えない者もいるだろう。おそらく大臣たちを含めた議会にかければ、保護は元より、連行すら反対されて決議が長引く可能性が高い。
 そこで、王はこのことを大臣たちにも誰にも話さずに決め、蓮には彼らの連行だけを命じたのだ。


「大臣たちに文句言われたろ」

 王は蓮の提案に賛成してくれ、こんな強引なやり方で実行してしまったが、大臣や護衛たちは不安と不満しかないはずだ。それを抑えるのは王であり、余計な負担をかけてしまうと蓮は心配なのだ。

「うん…前例のないことだしね。でも、時間をかけてでも説得するよ」

 王はカチャとフォークを置き、顔を上げる。

「僕は王なんだから」

 一国の王らしい、威厳と自信に満ちた表情で蓮を見つめる。

「…ん」

 蓮はそんな王を見て、余計な心配だったかと思う。彼はこの国を治める王なのだ。

「で…ね、レン」

 王は急に甘えるような声になり、もじもじとほほを染める。

「今夜、一緒に寝てくれる?」

 表情豊かでかわいらしい、普段の彼。この二面性にはいつも驚かされる。そして、あの国境の森での王も見れて良かったのだ。それも含めて、彼なのだから。

「ああ」

 蓮はにっと笑い、うなずいた。
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