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12,血の海
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「?!」
後にした公園の方から聞こえた、乾いた破裂音。シオンは銃声など聞いたことはない。ただ、とてつもなく嫌な感じがした。
「王さま、ごめんなさい」
背負っていた王を降ろし、近くの街路樹に寄りかからせる。そして、走って公園へ引き返した。
公園の敷地の隅、サンカがいたはずの場所に何人も男たちが集まっている。サンカの言っていた外国人だろうか。
「…サンカ…?」
サンカはどこに?シオンは彼らの方へ近づく。
「ん?何だ、あのガキ」
「見世物じゃねえぞ、向こう行け」
男たちはシオンに気づき、シッシッと手を振る。
「…!」
彼らの足元に見えた、横たわるサンカの姿。目は閉じられ、肌の色を失い、頭からの多量の血が茶色の地面を赤黒く染めていた。今のシオンにはサンカがどうなったのか、嫌でもわかる。
「お前も、殺すぞ?」
男がシオンに銃口を向ける。
殺された。
サンカはもう笑ってくれない。手をつないでくれない。頭をなでてくれない。キスも、肌に触れることも出来ない。
シオンの中の何かが、ぶつりと切れた。
「爆発なんて、マジかよ…っ!」
「この先の公園だ。陛下が巻き込まれていなければいいが…!」
レイニーとシャウアは謎の爆発があったという知らせを受け、現場の公園に向かっていた。最悪の事態になっていないことを祈り、街の中を疾走する。
「シャウア!あれ!」
公園手前の街路樹に、見覚えのある者が寄りかかっていることにレイニーが気づく。
「まさか、陛下か?!」
シャウアもその姿が見え、驚いてかけ寄る。
「どうしてこんなところに?」
「わからないが…気を失っておられるだけだ。お怪我もないようだな」
うなだれている王は服が乱れて全身土埃で汚れているが、呼吸があり、大きな怪我もないことを確認する。
「陛下は任せた!先に行ってるぞ!」
「ああ」
レイニーはシャウアに王を任せると、公園に向かって再び走って行く。
「?!」
たどり着いた公園内の光景を見て、レイニーは驚愕する。地面が深くえぐれ見る影もない公園よりも、衝撃的な光景に。
「な、何だ、これ…?」
公園は血の海になっていた。何人分かも判別出来ないほどバラバラになった人間の部位が、あちこちに散らばっている。それらはすぐに人間だと気づけないくらい小さく、細かく潰れ『ぐちゃぐちゃ』という表現が一番合っている。爆発によるものではないと、レイニーはすぐにわかった。えぐれた地面から離れていて、爆薬で吹き飛ばされたと思えない鮮やかさなのだ。
「シオン!シオン!!」
その血の海の中心に、小柄な少年の姿があった。レイニーは彼にかけ寄る。
「やめろ!一体何があった?!」
シオンは拳を振り上げ、その人間だったはずの肉塊を更に叩き潰していた。全身真っ赤に濡れ、拳も傷つき、シオンのものか肉塊のものかわからない血にまみれている。まさか、この血の海はこの小さな拳が作り出したのか。レイニーは混乱しつつ、背後からシオンの腕を握って押さえる。
「…離せ」
「シオン…?」
シオンのものと思えぬ、低く威圧的な声。この少年は誰なのかと自分の目を疑ってしまう。
「離せえぇぇえっ!!」
「うあっ!!」
シオンは叫び、強い覇気を放つ。レイニーはハッとする間もなく、それに弾き飛ばされる。
「レイニー!!」
そこへ、遅れて公園にかけつけたシャウアが、宙を飛んできたレイニーを受け止める。
「く…っ!」
「ぐ、シャウア…!ワリ…っ」
シャウアは衝撃にうめき、レイニーは焦って地に足をつける。
「あれは…シオン、か?」
「ああ…」
「一体何が…」
沈着冷静なシャウアも、血にまみれ狂気の様を見せるシオンにがく然となる。
「サンカだ」と、レイニーは公園の敷地の隅に目を向ける。
「え?あ…サンカ…っ」
シャウアはレイニーの目線の先、サンカの変わり果てた姿に普段あまり変わらない表情を歪ませる。
「…っ」
レイニーもぐっと唇を噛む。おそらくシオンはサンカの死を目の当たりにし、『金眼保有者』の戦闘能力を解放してしまったのだ。バラバラの人間だったはずのものは例の犯罪組織の残党か、また別の者たちか。
「そこに、シオンがいるのかい?」
意識を戻し、シャウアと共に公園に戻ってきていたウェア王がふたりに聞く。
「陛下!ご無事で!」
そのしっかりした足取りに、レイニーは安堵する。
「シオンは我々が止めます!シャウア、行くぞ!」
とにかくシオンをこのままにしておく訳にはいかない。レイニーは立ち上がって、シオンの元へと走る。
「ああ!陛下、ここから動かないでください」
シャウアも冷静さを取り戻し、王に言いながら兄を追う。
「…」
王は金色の両眼を、双子の背中を越えて小さな少年に向けていた。
「シオン!止めろ…っ!!」
「シオン、落ち着け!こっちを見るんだ!」
狂ったように肉塊を殴り続けているシオンをレイニーは後ろから羽交い締めにし、シャウアは前から両腕をつかんで呼びかける。
レイニーもシャウアも戦争経験はなく、シオンと同じ金眼保有者である父親の、力を解放した姿さえ見たことはない。力を解放した保有者は理性を失い、周りのものを破壊し尽くす『兵器』となる。止めるには無理やり気絶させるしかないという。
しかし、シオンはその源である眼を失っている。その身体に流れる金眼の血だけで力を解放しているなら、その方法は通用するのだろうか。
それに、相手は自分たちのかわいい弟分。普段の素直でかわいらしく非力な彼がどうしても頭にちらつき、暴力に頼ることをためらってしまう。
「うるさい。離せ」
「…っ?!」
シオンから発せられた静かで威圧的な声に、シャウアはぞっとする。かわいらしかった顔は血に濡れてゆがみ、深紫色の左目は虚空をにらみ、普段のシオンとあまりにかけ離れていて。目を反らしたくなる。
「シオン…!」
レイニーも信じたくなくて、目をつぶりたいのをこらえる。
「離せぇええ…っ!!」
「うぐぅ…っ!」
「く、ぅ…!」
シオンの覇気がさらに強くなっていく。この細く小さな身体のどこに、こんな力が秘められていたのか。あまりの力で身体がビリビリと痛むが、ふたりは必死にシオンを押さえる。
「ふたりとも、もういいよ」
聞こえた声に、ふたりはハッとする。
「陛下?!」
ウェア王が血の海の中にいる3人に近づいてくる。
「離してあげて」
「陛下!来てはなりません!!」
シャウアはもがくシオンの腕を押さえながら、王に叫ぶ。しかし、王は聞こえないかのように歩を止めず、ボロボロになったフード付きマントを脱ぐ。
「シオン」
名を呼ばれ、シオンの虚空を見ていた目が王に向く。
「ごめんね。私は君の大切なものをまた奪ってしまった」
あらわになる、美しい金髪とそれ以上に輝く金色の両眼。シオンは王をはっきり認識する。自分の失った金色を持つこの人が、兄を奪った。その眼を持っていても、兄の命はこの人のものではないのに。カンストしていた怒りが、王に向かうものへ切り変わる。
「う…うああぁぁぁっ!!」
「ぐあ…っ?!」
「うぁっ!!」
シオンの覇気が爆発的に高まり、レイニーとシャウアは耐えられずに弾き飛ばされる。
「サンカを、サンカを返せ…」
自由になったシオンは拳から血を滴らせ、ジリジリと王に近づく。
「そうだね。そうしたいけど…君にあげられるのは、私の命しかないんだ」
王は哀しげに金色の眼を細め、自分の胸に、心臓の辺りに手を当てる。
「返せぇぇえええ!!」
シオンは叫び、王に向かい、地を蹴る。
「ごめんね、シオン」
王は再び謝り、両腕を広げる。シオンを受け止めるように。心臓を貫きやすいように。
「「陛下ぁっ!!」」
弟分が君主を手にかける、想定以上の最悪な事態になってしまう。レイニーとシャウアは同時に君主の呼び名を叫び、必死に手を伸ばす。
ふたりの手はシオンに届かなかった。だが、シオンの拳は王の心臓を貫きはしなかった。胸に触れる寸前で拳を止め、シオンは崩れるように地に膝をつく。
「…殺せ、ない」
シオンはつぶやく。
「サンカが、守った人を…殺せないよ」
深紫色の左目から、つうっと一筋、涙がほほを伝う。狂気の表情が消えていき、強い覇気も揺らいで治まっていく。
サンカを死に追いやったもの全てを壊したかった。あの外国人たちも、王も、自分も。でも、王も、自分も壊すことは出来ない。サンカが命をかけて守ったものなのだから。
「う…っえ…殺せない…っ殺せ、な…っうあああぁっ!!」
シオンはオレンジ色に変わり始めている空を仰ぎ、泣き叫び続けた。
後にした公園の方から聞こえた、乾いた破裂音。シオンは銃声など聞いたことはない。ただ、とてつもなく嫌な感じがした。
「王さま、ごめんなさい」
背負っていた王を降ろし、近くの街路樹に寄りかからせる。そして、走って公園へ引き返した。
公園の敷地の隅、サンカがいたはずの場所に何人も男たちが集まっている。サンカの言っていた外国人だろうか。
「…サンカ…?」
サンカはどこに?シオンは彼らの方へ近づく。
「ん?何だ、あのガキ」
「見世物じゃねえぞ、向こう行け」
男たちはシオンに気づき、シッシッと手を振る。
「…!」
彼らの足元に見えた、横たわるサンカの姿。目は閉じられ、肌の色を失い、頭からの多量の血が茶色の地面を赤黒く染めていた。今のシオンにはサンカがどうなったのか、嫌でもわかる。
「お前も、殺すぞ?」
男がシオンに銃口を向ける。
殺された。
サンカはもう笑ってくれない。手をつないでくれない。頭をなでてくれない。キスも、肌に触れることも出来ない。
シオンの中の何かが、ぶつりと切れた。
「爆発なんて、マジかよ…っ!」
「この先の公園だ。陛下が巻き込まれていなければいいが…!」
レイニーとシャウアは謎の爆発があったという知らせを受け、現場の公園に向かっていた。最悪の事態になっていないことを祈り、街の中を疾走する。
「シャウア!あれ!」
公園手前の街路樹に、見覚えのある者が寄りかかっていることにレイニーが気づく。
「まさか、陛下か?!」
シャウアもその姿が見え、驚いてかけ寄る。
「どうしてこんなところに?」
「わからないが…気を失っておられるだけだ。お怪我もないようだな」
うなだれている王は服が乱れて全身土埃で汚れているが、呼吸があり、大きな怪我もないことを確認する。
「陛下は任せた!先に行ってるぞ!」
「ああ」
レイニーはシャウアに王を任せると、公園に向かって再び走って行く。
「?!」
たどり着いた公園内の光景を見て、レイニーは驚愕する。地面が深くえぐれ見る影もない公園よりも、衝撃的な光景に。
「な、何だ、これ…?」
公園は血の海になっていた。何人分かも判別出来ないほどバラバラになった人間の部位が、あちこちに散らばっている。それらはすぐに人間だと気づけないくらい小さく、細かく潰れ『ぐちゃぐちゃ』という表現が一番合っている。爆発によるものではないと、レイニーはすぐにわかった。えぐれた地面から離れていて、爆薬で吹き飛ばされたと思えない鮮やかさなのだ。
「シオン!シオン!!」
その血の海の中心に、小柄な少年の姿があった。レイニーは彼にかけ寄る。
「やめろ!一体何があった?!」
シオンは拳を振り上げ、その人間だったはずの肉塊を更に叩き潰していた。全身真っ赤に濡れ、拳も傷つき、シオンのものか肉塊のものかわからない血にまみれている。まさか、この血の海はこの小さな拳が作り出したのか。レイニーは混乱しつつ、背後からシオンの腕を握って押さえる。
「…離せ」
「シオン…?」
シオンのものと思えぬ、低く威圧的な声。この少年は誰なのかと自分の目を疑ってしまう。
「離せえぇぇえっ!!」
「うあっ!!」
シオンは叫び、強い覇気を放つ。レイニーはハッとする間もなく、それに弾き飛ばされる。
「レイニー!!」
そこへ、遅れて公園にかけつけたシャウアが、宙を飛んできたレイニーを受け止める。
「く…っ!」
「ぐ、シャウア…!ワリ…っ」
シャウアは衝撃にうめき、レイニーは焦って地に足をつける。
「あれは…シオン、か?」
「ああ…」
「一体何が…」
沈着冷静なシャウアも、血にまみれ狂気の様を見せるシオンにがく然となる。
「サンカだ」と、レイニーは公園の敷地の隅に目を向ける。
「え?あ…サンカ…っ」
シャウアはレイニーの目線の先、サンカの変わり果てた姿に普段あまり変わらない表情を歪ませる。
「…っ」
レイニーもぐっと唇を噛む。おそらくシオンはサンカの死を目の当たりにし、『金眼保有者』の戦闘能力を解放してしまったのだ。バラバラの人間だったはずのものは例の犯罪組織の残党か、また別の者たちか。
「そこに、シオンがいるのかい?」
意識を戻し、シャウアと共に公園に戻ってきていたウェア王がふたりに聞く。
「陛下!ご無事で!」
そのしっかりした足取りに、レイニーは安堵する。
「シオンは我々が止めます!シャウア、行くぞ!」
とにかくシオンをこのままにしておく訳にはいかない。レイニーは立ち上がって、シオンの元へと走る。
「ああ!陛下、ここから動かないでください」
シャウアも冷静さを取り戻し、王に言いながら兄を追う。
「…」
王は金色の両眼を、双子の背中を越えて小さな少年に向けていた。
「シオン!止めろ…っ!!」
「シオン、落ち着け!こっちを見るんだ!」
狂ったように肉塊を殴り続けているシオンをレイニーは後ろから羽交い締めにし、シャウアは前から両腕をつかんで呼びかける。
レイニーもシャウアも戦争経験はなく、シオンと同じ金眼保有者である父親の、力を解放した姿さえ見たことはない。力を解放した保有者は理性を失い、周りのものを破壊し尽くす『兵器』となる。止めるには無理やり気絶させるしかないという。
しかし、シオンはその源である眼を失っている。その身体に流れる金眼の血だけで力を解放しているなら、その方法は通用するのだろうか。
それに、相手は自分たちのかわいい弟分。普段の素直でかわいらしく非力な彼がどうしても頭にちらつき、暴力に頼ることをためらってしまう。
「うるさい。離せ」
「…っ?!」
シオンから発せられた静かで威圧的な声に、シャウアはぞっとする。かわいらしかった顔は血に濡れてゆがみ、深紫色の左目は虚空をにらみ、普段のシオンとあまりにかけ離れていて。目を反らしたくなる。
「シオン…!」
レイニーも信じたくなくて、目をつぶりたいのをこらえる。
「離せぇええ…っ!!」
「うぐぅ…っ!」
「く、ぅ…!」
シオンの覇気がさらに強くなっていく。この細く小さな身体のどこに、こんな力が秘められていたのか。あまりの力で身体がビリビリと痛むが、ふたりは必死にシオンを押さえる。
「ふたりとも、もういいよ」
聞こえた声に、ふたりはハッとする。
「陛下?!」
ウェア王が血の海の中にいる3人に近づいてくる。
「離してあげて」
「陛下!来てはなりません!!」
シャウアはもがくシオンの腕を押さえながら、王に叫ぶ。しかし、王は聞こえないかのように歩を止めず、ボロボロになったフード付きマントを脱ぐ。
「シオン」
名を呼ばれ、シオンの虚空を見ていた目が王に向く。
「ごめんね。私は君の大切なものをまた奪ってしまった」
あらわになる、美しい金髪とそれ以上に輝く金色の両眼。シオンは王をはっきり認識する。自分の失った金色を持つこの人が、兄を奪った。その眼を持っていても、兄の命はこの人のものではないのに。カンストしていた怒りが、王に向かうものへ切り変わる。
「う…うああぁぁぁっ!!」
「ぐあ…っ?!」
「うぁっ!!」
シオンの覇気が爆発的に高まり、レイニーとシャウアは耐えられずに弾き飛ばされる。
「サンカを、サンカを返せ…」
自由になったシオンは拳から血を滴らせ、ジリジリと王に近づく。
「そうだね。そうしたいけど…君にあげられるのは、私の命しかないんだ」
王は哀しげに金色の眼を細め、自分の胸に、心臓の辺りに手を当てる。
「返せぇぇえええ!!」
シオンは叫び、王に向かい、地を蹴る。
「ごめんね、シオン」
王は再び謝り、両腕を広げる。シオンを受け止めるように。心臓を貫きやすいように。
「「陛下ぁっ!!」」
弟分が君主を手にかける、想定以上の最悪な事態になってしまう。レイニーとシャウアは同時に君主の呼び名を叫び、必死に手を伸ばす。
ふたりの手はシオンに届かなかった。だが、シオンの拳は王の心臓を貫きはしなかった。胸に触れる寸前で拳を止め、シオンは崩れるように地に膝をつく。
「…殺せ、ない」
シオンはつぶやく。
「サンカが、守った人を…殺せないよ」
深紫色の左目から、つうっと一筋、涙がほほを伝う。狂気の表情が消えていき、強い覇気も揺らいで治まっていく。
サンカを死に追いやったもの全てを壊したかった。あの外国人たちも、王も、自分も。でも、王も、自分も壊すことは出来ない。サンカが命をかけて守ったものなのだから。
「う…っえ…殺せない…っ殺せ、な…っうあああぁっ!!」
シオンはオレンジ色に変わり始めている空を仰ぎ、泣き叫び続けた。
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