漆黒の闇に

わだすう

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9,いれたい

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「なぁ、シオン。いい加減機嫌直せよ」

 ベッドに寝転んだサンカは、背を向けてベッドに座っているシオンに話しかける。

「…」

 泣き止んではくれたが、部屋に戻ってから全く口をきいてくれない弟にそっとため息をつく。今までも訓練で多少の怪我を負うことはあったが、実際に王を守り大きな負傷をしたのは初めてで。さすがにショックを与えてしまったかと思う。

「しばらく休暇もらったし、学校が休みの日に久しぶりにふたりで…」

 この2年、クラウドやレイニーとシャウアにシオンの相手を任せっぱなしで、ふたりで遊んだり、外出したりすることがなかった。どこかに一緒に行く約束をして機嫌をとろうとするが

「サンカは」

 ようやく口を開いたシオンはそれを遮る。

「あ?」
「サンカは何で、護衛になったの」
「…言わなかったか?俺たちふたりが、ここでタダで世話になるワケにいかねぇだろ。護衛なら、俺のこの力が役に立つ。お前も学校卒業したら、使用人に…」
「だからって、何で、そんな怪我しなくちゃなんないの」
「俺は王室護衛だぞ。あの人を守るためなら、命も惜しまねぇのは当然だ」
「王さまの方が、僕より大事なの」

 シオンは背を向けたまま、口調が強くなっていく。

「シオン、そういうことじゃ…」

 サンカは上半身を起こす。弟は兄が思うように、ただふてくされている訳ではないらしい。

「僕には眼がないから?眼を持ってる王さまの方が大事なの…っ?」

 シオンは振り向き、涙を浮かべた左目でサンカを見つめる。

「そんなワケねぇだろ!眼のあるなしなんか関係ねぇ!」

 失った金眼のことまで言い出すとは、サンカも口調が強くなる。

「なら、キスしていい?」
「…あ?」

 急な話の変わり様に、弟の言葉の意味を理解するのが遅れる。

「して、いいよね?」
「シオン…?何、を…っ」

 シオンはベッドに乗り、戸惑うサンカの足の間にゆっくりと身体を割り込ませる。そして、湿布の貼られたほほを優しく覆うと唇を寄せた。

「ん?!んん…っ」

 弟と、唇を合わせている。サンカは予想だにしていなかったことに何も出来ず、ただ驚愕する。シオンの柔らかな舌が切れた唇をなめ、吸いつく。お互い初めてと言えるキス。ガチガチと歯も当たるが、シオンは構わず兄の唇を味わう。

「はぁ…っ!」

 やっとシオンが離れ、ろくに呼吸出来ていなかったサンカは大きく息を吐く。

「サンカとキス、出来た。嬉しい」
「シオン…」

 シオンはにっこり笑い、半ば呆然としているサンカの肩に腕をまわし、抱きしめる。

「サンカ、大好き」

 幼い頃から聞き慣れたシオンの言葉。かわいい弟に好かれるのは心地よく、何より嬉しかった。けれど今、シオンに囁かれた言葉は自分の思っていた意味と似て非なるものではないか。サンカは訳がわからず、弟に抱きしめられていた。








 翌朝。中等部の教室に登校した生徒たちが集まり始めていた。

「おはよう、クラウド」
「おっ…はよ…う」

 いつもと変わらぬ様子であいさつするシオンに、クラウドは引きつった顔で返す。

「シオン…あのさ、昨日…っ」

 クラウドはバッグを机に置きながら、話を切り出す。

「昨日?」
「ちょっと、急だったというか、でも、本気というか…っ」

 きょとんとするシオンに、目を泳がせ、ほほを赤く染め、昨日の件を説明する。昨夜、ろくに眠らずに色々考えたのに、言葉がうまく出てこない。

「クラウド、大丈夫?体調悪い?」

 シオンはやっぱりクラウドの様子がおかしいと心配になり、顔をのぞき込む。

「へっ?いや、悪くは…」
「シオンー!クラウドー!おはよー!」

 何でそんなことをとクラウドが顔を上げると、登校してきたクラスメートが元気にあいさつをしてくる。

「シオン、こっち来いよ!これ、面白いぞ!」
「あ、うんっ」

 さらに別のクラスメートに呼ばれ、シオンはぱっとクラウドから離れてそちらへ行ってしまう。

「…」

 全然、気にしていない?というより、覚えていない?
 クラウドはキスしてしまったことでシオンと気まずくならないで済み、安堵するが、全く興味を持たれていないのかとそれ以上にがっかりした。









 それから毎日、シオンはサンカにキスをねだった。

「ん…サンカ、好き…」

 名前を、好意をささやきながら、甘く、深く、唇を重ねる。

「ぁ、ん…っ」

 サンカは拒否することなく、それを受け入れた。シオンはきっと寂しかったのだ。相手を他人に任せ、ないがしろにしていた自分の責任だと思った。キスを求めるのは一過性で、受け入れることでシオンが満足すれば、そのうち落ち着くだろうと思っていた。




 しかし、ある日。いつものようにベッド上でキスをした後、シオンは物足りなさそうにサンカのほほにも唇を当てる。

「ね、サンカ」
「ん…?」
「今日はね、いれたい」
「あ?」

 何のことかと、サンカは耳元で話すシオンを横目で見る。

「サンカのココに、いれたいの」
「…っ?!」

 シオンの手のひらが胸から下半身へ滑り、細い指先が股の中心を押す。サンカはその意味がわかり、さぁっと青ざめる。

「僕、知ってるよ。こうすると、気持ちいいんでしょ?」
「っあ?!」

 シオンはズボンの上から、サンカのモノをぐっと握る。

「今はまだ、だけど…もう少ししたら、サンカを満足させられるようになるから…」
「ん、ぅ…っ」

 愛おしげにそこを見ながら、握った手をするすると上下させる。18歳のサンカだが、性事情には疎く、自分でなぐさめることもほとんどしていない。それを差し置いても、ぎこちない手つきながら、シオンはサンカのモノに芯を持たせていく。

「ね…?お願い…サンカ」

 シオンは13歳とは思えぬ妖艶な笑みを浮かべ、サンカを見上げる。性に関しては弟の方がずっとウワテで。性交すると狂うほど快感だという金眼保有者の特性もサンカの頭をよぎり、このまま流されてしまおうかと思ってしまう。でも

「やめろ!シオン!!」
「!!」

 サンカはギリッと歯を食いしばり、シオンの肩をつかんで押し倒す。

「ダメだ、シオン…」

 逆転して下になったシオンを見下ろし、顔を歪ませて首を横に振る。

「何で…?僕のこと、好きじゃないの?」

 シオンは左目を丸くし、覆いかぶさる兄を見上げる。

「違う…っ俺たちは兄弟じゃねぇか…!」
「本当の、じゃないよ」
「それでも、お前は俺の弟でしかねぇ」
「僕はサンカが大好きだよ?」
「ああ、わかってる。わかってるけど、ダメだ、それだけは…!」

 シオンは寂しさを埋めたいがために求めているだけ。性交することで、気持ちを確かめられると思っているのだろう。でも、それは間違っている。血縁がなくとも、シオンは弟なのだ。一線を越えてはならない関係だ。許してしまったら、もう元には戻れなくなってしまう。

「何で…?サンカ…」
「ごめん。ごめんな、シオン…」

 シオンは何故拒絶されるのかわからない。サンカはそんな弟を抱きしめ、力なく謝るしかなかった。









 1週間後。サンカは捕らえた外国人らの取り調べを担当した国務大臣の執務室にいた。

「残念ながら、彼らは無関係だろう。まだ口を割らない者もいるが、可能性は低い」
「あ、そ…」

 大臣に首を振られ、つまらなそうにため息をついた。



「よう、サンカ」

 大臣の執務室を出て廊下を歩いていると、レイニーが声をかけてくる。

「休暇が明けたのか。怪我の具合はどうだ?」

 黒コート姿のサンカを見て、レイニーの隣にいたシャウアが聞く。

「とっくに治った」
「さすが、金眼の血縁だな」
「お前らもだろ」

 金眼の血は驚異的な治癒力も彼らに与えている。サンカは2週間経たずに顔の腫れも身体の裂傷も治り、跡さえ目立たなくなっていた。

「…なぁ」
「ん?」
「最近の…シオンは、どうだ?」

 サンカは自分よりもシオンと時間を共にしている双子が、何か気づいているか聞いてみる。シオンはあれからもキスをねだり、好きだとささやき、身体を求めてくる。拒絶しても残念そうにするだけで、それ以外の時は今までと変わらない。

「どうって…相変わらずかわいいぞ。なぁ?」

 レイニーはシャウアと顔を見合わせる。

「普通、生意気になってくる年ごろなのにな。シオンは素直でかわいい」

 シャウアも同意見でうなずく。

「ふーん…」

 彼らには特に変わった様子を見せていないのか。サンカは弟にどう対応したらいいか、考えあぐねていた。

「どうかしたのか?」
「別に」

 だが、こんなことをこの双子に話したら大騒ぎになるだろう。ふいっと顔を反らして話を止める。

「あ、そうだ。俺たち勤務明けたんだけどさ」
「シオンを街に連れて行きたいんだが、いいか?」
「ああ」

 ウキウキして聞いてくる双子に、サンカは背を向けながらうなずいた。
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