漆黒の闇に

わだすう

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6,遊ぶ

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 シオンともっと親密になりたいクラウドだが、彼のジャマをするのはクラスメートだけではなかった。

「なあ、シオン。今日ヒマ?」

 放課後。クラウドは下校するシオンに声をかける。一緒に遊ぼうと自宅へ誘うつもりだ。

「え?」
「ヒマならさ、これから俺のうちで」
「あ!サンカっ」

 言い終わらないうちに、シオンはパッとクラウドから視線を外す。そして、校門の脇に立つ、珍しい黒髪が目立つ中等部の生徒にかけ寄る。

「…っ」

 クラウドは彼をにらみ、ギリッと唇を噛む。サンカという名の、シオンの兄さんらしい。中等部なのにクラブ活動をしていないのか下校時間が初等部と同じで、毎日校門前でシオンを待っている。髪も目も黒くて少し怖い。しかも、かわいいシオンとは全然似ていない。もう一回言う。全然、似ていない。悔しくて、心の声の性格が悪くなる。

「バイバイ、クラウド。また明日ね」

 シオンがこちらを向き、にこにこと笑って手を振る。

「んっ!…うん、また明日」

 クラウドはサッと表情を戻すと、そのかわいらしさになごんで手を振り返す。兄弟なのだから仲良く一緒に帰宅するのは普通だろうが、何故かクラスメート以上の敵対心が湧くのだった。


 王との約束どおり、サンカはシオンと共に学校に通った。そして、学校から帰った後と休日は見習いというかたちで王室護衛の訓練に参加した。金眼保有者の血縁の特性に漏れず、すぐに優れた戦闘能力を発揮し始め、さらに本人のたゆまぬ努力と早く護衛になって成し遂げたい『目的』が上達を後押ししていた。







 1年と半年後。
 サンカは中等部卒業と同時に正式に王室護衛となった。「期待しているよ」と、王からその双肩にかけられた忠誠心の証の青布は、黒髪を覆うように頭に巻いた。護衛の象徴、首から足首まで隠れる黒いロングコートもすぐに馴染んだ。戦闘能力は現役護衛の中でもすでに上位となっており、任務もそつなくこなしていた。


 一方、11歳になったシオンは。

「ここはこうすれば答え出るぞ」
「あとは、こうしたらわかりやすいんじゃない?」

 算数テスト前の自習時間。わからない問題があると悩むシオンに、クラスメートたちがこぞって教えていた。

「わぁ、ホントだ!やっとわかった」

 ようやく理解出来、シオンはノートにつたない字で書き込む。

「みんなスゴイね。ありがとう」
「いやぁ、そんな」
「へへ…」

 シオンのかわいい笑顔に皆ほわんとなごみ、照れ笑いする。右目部分は包帯より目立たない眼帯に代えられ、伸びた髪に隠れて、気にする者はほとんどいない。相変わらず勉強も運動も平均以下で鈍くさいが、シオンがいることでクラスは明るくまとまりがあり、学力も上がっていた。金眼を失っても、シオンは保有者のそんな特性を持ったままだった。

「…」

 クラスメートに囲まれ楽しそうなシオンを、つまらなそうに見つめるのはクラウドだ。

「クラウド~!またシオン見てるのか~?」
「おう」

 クラスメートのひとりに話しかけられ、ぶすっとして答える。

「かわいいもんな~。ずっと見ててもあきないよな~」
「気持ち悪い目で見るな!」

 うっとりとシオンを見る彼に怒鳴る。

「お前はどんな目で見ているんだよ?」

 ふたりの話を聞いていた別のクラスメートが話に割り込んでくる。

「シオンは友達だ」
「みんなそうだよ」

 当然とばかりに答えるクラウドに、彼は呆れる。

「お前らと一緒にするな!俺は今日、シオンと一緒に帰って、一緒に遊ぶんだよ」
「シオンはいっつもあの黒い人と帰ってるじゃん」
「知ってる~。お兄さんらしいよ~」
「ちょっと怖いよな」
「すげ~怖いって~」

 この1年半、クラウドはシオンを遊びに誘おうと散々チャレンジしたが、兄サンカがいるために毎回撃沈していた。クラスメートもサンカの存在は知っており、見た目の雰囲気だけでチャレンジする気すら起きない。

「ふん、見てろ。今日こそやってやるからな」

 怯える彼らを鼻で笑い、クラウドは意気込んだ。

 


「じゃあね、クラウド」
「待て、シオン」
「?」

 放課後。いつものように校門で待つサンカを見つけ、手を振るシオンをクラウドは引き止める。

「今日、うちに遊びに来いよ。お前がやりたがってたゲーム買ってもらったんだ」
「えっ!」

 クラウドの秘策はこれ。今、初等部で流行っているカードゲームがあり、シオンもやりたいと話していた。あまり興味のなかったクラウドだが、シオンのためならと親にねだったのだ。思ったとおり、シオンはパアッと目を輝かす。

「あ、でも…」
「大丈夫だ。俺が兄さんに言ってやるよ」

 しかし、すぐに顔をくもらせて校門の方を見るシオンの手を握り、クラウドは彼の兄の元へ走った。

「あの…っシオンのお兄さん…!」

 勇気を振り絞り、こちらを向いたサンカに話しかける。

「あ?」
「…っ」

 威圧するように見下ろす黒い目に、やはり怯んでしまう。

「お、俺…シオンと同じクラスの…っ」
「クラウド、か」

 それでもぎゅっと目をつぶり、自己紹介しようとする前に、初対面のはずのサンカから自分の名が出る。

「ふへ?」

 間抜けな声が出てしまい、彼を見上げる。

「シオンから聞いたまんまだな、お前」
「…!!」

 サンカに笑みを浮かべて言われ、シオンが自分のことを話していたのかと嬉しさと恥ずかしさで真っ赤になる。

「で、何?」
「あ!えっと、今日シオンとうちで遊びたいんですが、いいですかっ?」

 クラウドはもう怖さなど失せ、本来の目的を訴える。

「シオン、遊びてぇのか?」

 サンカはクラウドの横で、もじもじしている弟に聞く。

「あ…うん」

 シオンは目を反らし、うなずく。カードゲームくらいなら城の者に頼めば購入してもらえるだろうが、やはりためらいがある。友達の家で遠慮なく遊べるとなれば、かなり魅力的だ。

「なら、好きにしろ」
「でも…サンカ…」

 優しい兄ならいいと言ってくれるとは思ったが、兄と一緒に帰りたいという気持ちも大きい。

「俺を気にすんな。遊んで来い」
「うん…」

 くしゃくしゃと頭をなでられ、シオンはうなずく。その隣でクラウドは心の中でガッツポーズをしていた。

「おい」
「ひゃ、はいっ!か、帰りはちゃんと送って…っ」

 何か文句を言われるのかとクラウドは返事が裏返り、無意識に顔を腕でガードしながら言う。

「シオンを頼むな」
「…は、ひ」

 にっと笑うサンカに肩をポンと叩かれ、顔を引きつらせて気の抜けた返事をした。

 サンカが学校を卒業してからも護衛任務の合間を縫い、シオンを迎えに来ていたのは、ねだられたのもあるが、やはり心配だったから。
 両親を失い、環境が変わったせいで、シオンはますます自分から離れなくなっていた。もう1年半経つのだ。以前のように自分と離れ、同年代の友達と子どもらしく遊んだ方がいい。そう思い、サンカは王室護衛の厳しい表情になると城へと走った。




 その日から、シオンは放課後ほぼ毎日、クラウドの自宅で遊ぶようになった。帰りはクラウドの母親が城周りの森まで自家用車で送ってくれ、そこからは公用車が手配されていた。


「…でね、クラウドって本当におもしろいの。あ、あとね、おばさんの作ってくれるケーキがおいしいんだよ!今度、サンカにも食べてほしいなぁ」
「そうか」

 ある日の夜。サンカとシオンは夕食をとるために食堂に向かっていた。護衛任務が忙しくても、朝食と夕食は一緒に食べるようにしているのだ。食事は自室で食べることも出来るが、城には主に住み込みの護衛や使用人のための食堂があり、ふたりはよく利用している。
 シオンが楽しそうに話をし、サンカは言葉少なにそれを聞く。自宅にいた頃と変わらなくなってきたシオンに、サンカは安堵していた。

「おい、サンカ!」

 その途中、王室護衛の同志たちがサンカを呼び止める。

「あ?」
「陛下がお呼びだぞ!」
「何で」
「わからないが、急ぎだそうだ」
「ったく、あの人は…。わかった」

 渋々、サンカはうなずく。ウェア王は護衛となったサンカを気に入っているらしく、お付きの護衛を差し置いて彼をよくそばに置いている。なので、こうやって気まぐれに勤務時間外にも呼び出されることは慣れていた。

「…っ」

 行ってしまうのかとシオンはうつむき、ぎゅっとサンカの手を握る。

「シオン、悪ぃ。メシは部屋に運ばせるから、戻って先に食ってろ」
「…うん」

 王の命令に逆らうことは出来ないとシオンもわかっている。申し訳なさそうに謝り、頭をなでるサンカの手をそっと離した。

 サンカが廊下を走って行き、姿が見えなくなると、護衛たちは部屋に戻ろうとしたシオンの前に立ちはだかる。

「かわいそうになぁ、お前」
「兄貴が優秀だと、弟は大変だよなー」

 わざとらしい同情の言葉に、シオンはビクッと身体を強ばらす。

「ひとりじゃさびしいだろ?」
「俺たちが遊んでやるよ、ほら」
「や…っ?ヤダ…っ」

 ひとりがシオンの手首をつかみ、振り払おうとするがもうひとりに肩をつかまれる。

「口ふさげ」
「んんーっ!」

 口を手でふさがれ、声も出せなくなる。元より、小さなシオンが屈強な王室護衛3人から逃れるすべはない。そのまま引きずられるように、連れて行かれてしまった。
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