漆黒の闇に

わだすう

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5,王室護衛

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 ご馳走をお腹いっぱい食べ、食後にケーキまで出てきて、シオンはにこにこと甘いそれをほおばる。一方、サンカは食事もそこそこに、ケーキの皿は弟の前に置き、綺麗なカップのお茶に口をつける。そして、意を決してまた王を見つめた。

「なぁ」
「今度は何?」

 まだ気にしていることがあるのかと、王は苦笑いして揃いのカップのお茶を飲む。

「やっぱ、ただここで世話になるワケにはいかねぇよ」
「サンカ。君はまだそんな…」

 もうゴネなくていいのにとカップを置き、言い聞かせようとするが

「俺、アンタを守ってやる」
「え?」
「いるんだろ。護衛…ってヤツ」
「…」

 思いがけないサンカの話に、王は驚く。

「俺の父親は金眼だった。俺はアンタを守れるくらい、強くなれる」
「先ほどから君は何を言っているのだ?!」

 無礼な態度のサンカにたまりかね、補佐官が口を出す。

「言葉遣いもなっていない上、護衛になりたいなどと…っ。君は確かまだ14歳だろう?そんな戯言を陛下の御前で言うなど、身の程知ら…」
「るせぇ。テメェに言ってねぇし」

 サンカは苦言をさらなる口の悪さで遮る。

「んがっ?!目上に何て口の聞き方をっ!陛下!聞き入れてはなりませ…」
「いいよ」
「陛下ぁあ?!」

 あっさりうなずく王に、補佐官は驚愕して叫ぶ。

「この子は金眼保有者の血縁だ。王室護衛の資格はあるじゃない」
「で…っですが…!」

 王にそう言われてしまうと、返す言葉がない。

 王室護衛は40名ほどで構成される、その名のとおり王室を護るための組織である。主な仕事は王室の者や国務大臣が外出する際の護衛、城や国境周辺の見張りなどだが、有事の際には武器を使用せず、その身ひとつで王を守り、相手をねじ伏せられる戦闘能力を必要とする。もちろん、強ければ誰でもなれる訳ではなく、王と国への強い忠誠心を持ち、何かしら王室にコネがないと就くことは難しい。その上で、サンカのような人並み外れた戦闘能力を発揮しやすく、忠誠心のある金眼保有者の血縁者は重宝される。白いコートの国務大臣と対象的な、黒いコートと青布が正装である。

「ただし、条件がある。君はまだ学生だ。きちんと学校に通って卒業すること。正式な話はそれからだね」

 ウェア王国での義務教育は中等部まで。就労も中等部を卒業しないと出来ない。そう言って微笑む王に、サンカはうなずいた。







 サンカとシオンには城の5階にあるひと部屋が与えられた。普通のホテルのような造りで、シングルベッドがふたつとクローゼット、バスルームが備え付けられている。

「サンカ」

 ベッドに入ったシオンはしばらくモゾモゾしてから、隣のベッドのサンカを呼ぶ。

「ん…眠れねぇのか」
「うん」
「ほら、来い」

 サンカが毛布をめくり、シオンはぱあっと笑顔になってベッドから飛び起き、サンカのベッドにもぐり込む。

「いい加減、ひとりで寝ろよ」
「ヤダ。サンカと一緒がいい」

 自宅でも各自室があったが、シオンは度々サンカのベッドに入って一緒に寝ていた。甘えん坊な弟にサンカはあきれてため息をつく。

「仕方ねぇな、お前は…」
「へへ…サンカ、大好き」

 すり寄ってくるシオンの頭をなで、胸に抱き込む。ここにいれば弟は安全に不自由無く生活出来、自分は何の心配もなく『目的』のためだけに動けると考えていたけれど。結局、あの王にうまく言いくるめられてしまった。でも、自分もここにいる方がきっと『目的』を果たす情報を得やすい。そのためには早く学校を卒業して、王室護衛にならなければ。サンカは決意を新たにし、シオンのぬくもりを感じながら目を閉じた。










「さぁ、自己紹介出来るかな」
「し…シオン、です。よろしく…お願いします」

 担任教師に促され、シオンはおどおどと何とかあいさつをしてペコリと頭を下げる。

 ウェア城で生活をし始めたサンカとシオン。数日後には城から最も近い、シューカ街の学校に通うことになった。サンカは中等部なので、初等部のシオンとは同じ敷地内でも校舎が異なる。両親を亡くしてからずっとサンカのそばにベッタリだったため、シオンはひとりで行動することが不安で仕方がない。

 クラスメートたちは転入生に好意的で、早く話したいというワクワクした顔と拍手でシオンを迎える。そんな雰囲気もシオンにとっては不安を煽られるだけ。うつむいてヨタヨタ歩き、やっと空いている席に座った。

「じゃあ、授業を始めるぞー」

 教師が黒板に向き直り、生徒たちの注意がそれて、シオンはホッとしてノートを開くと

「ねぇ」
「ひゃいっ?」

 隣席の男子生徒がコソッと声をかけ、驚いて裏返った返事をしてしまう。

「もう少し、こっち来いよ。教科書、一緒に見ようぜ」

 急な転入だったため、この学校の教科書がまだ用意出来ていない。彼はシオンを手招き、自分の教科書を机の端に寄せる。

「あ…ありがとう…」

 おずおずと礼を言いながら、シオンは机を彼の机につける。

「うん。俺、クラウド。よろしくな」

 赤い短髪で茶色の瞳。活発そうな彼…クラウドはにかっと笑った。




「ねぇ!どこの街から来たの?」
「うちはどこ?新しい家?」

 休み時間になるなり、クラスメートたちが周りに集まり、シオンは質問責めにあっていた。答えるどころか顔も上げられず、おどおどしていると

「顔、どうしたの?ケガしているの?」

 ひとりの女子生徒が右目の包帯を指して聞く。小さな顔半分を覆っているのだから、普通気になるだろう。ビクッとシオンは身体を強ばらす。

「お前らどけ!シオンはこれから俺が学校案内するんだぞ!」

 それを見た隣席のクラウドはバッと立ち上がり、群がる生徒たちの間に割り込んでくる。

「何でクラウドがー?!」
「ズルいぞ、クラウドっ!」

 生徒たちは口々に彼を非難する。

「うるさい!先生に頼まれたんだよ!ほら、シオン。行くぞ」
「う、うん」

 クラウドはシオンの手を握って立たせると、彼らから逃げるように教室を出て行った。




「い…痛い」

 ぎゅっと握られた手が痛くて、シオンは足を止めないクラウドに訴える。

「あっ!ごめんな!」

 クラウドはハッとして手を離す。シオンは大丈夫と首を振り、ふたりは歩くペースを合わせて廊下を進む。

「俺さ、知っているんだ」

 歩きながら、クラウドが話を切り出す。

「その…シオンの右目が、ないこと…」
「…っ」

 まさかクラスメートにこの眼のことを知る者がいるとは思わず、シオンはまた身体を強ばらす。

「俺の母さんも同じ眼なんだ。父さんから、シオンのこと聞いててさ。『お前は血縁者だから、優しくしてやれ』って」

 クラウドは照れくさそうに頭をガリガリかく。彼の母親は金眼保有者で、父親はシューカ街の首長。サンカとシオン兄弟の事情は把握していた。

「そう…」

 シオンは少し安心してうなずく。クラウドは兄、サンカと同じなのだ。

「だから、俺とお前は友達だ。困ったことがあったら俺に言えよ。必ず助けてやる」

 金眼保有者の血縁者は、たとえ他人でも保有者に対して守りたいという気持ちが芽生える。父親から言われたから、という理由だけでなく、それはクラウド自身の意思だ。

「うん、ありがとう、クラウド」

 それが伝わり、シオンはにこりと笑う。

「ぅぐ…っ!?」
「?」

 笑顔のかわいらしさにクラウドは心を射抜かれ、シオンはどうしたのかと首を傾げる。

「あっ!!学校案内するんだったな!行こう!」
「わ…っ?」

 クラウドはごまかすように大きな声を出し、シオンの手を引いて廊下を走り出した。ふたりが教師に走るなと注意されたのは十秒後だった。






 初めこそ、他のクラスメートとまともな会話すら出来なかったシオンだが、元々は人懐っこい性格。1か月もするとすっかりクラスに馴染んでいた。

「うあっ」

 体育の授業中、校庭を走っていたシオンはつまずき転倒する。右目を失ってから遠近感をうまく捉えられず、普通に歩いていてもつまずいたり、ぶつかったりすることが多いのだ。

「シオン!!」

 シオンの前を走っていたクラウドは、転倒にすぐに気づいて引き返す。

「大丈夫か?!」
「うん、大丈夫」

 慌ててかけ寄るクラウドに、シオンは起き上がりながら恥ずかしそうに笑う。

「血が出てるじゃないか!先生っ!俺が保健室に…」

 すりむいた膝から出血しているのを見て、クラウドは担任教師に知らせようとするが

「シオン!大丈夫?!」
「ケガしたのか?!」
「うご?!」

 シオンの怪我に気づいた他のクラスメートたちが何人も走ってきて、クラウドを押し退ける。

「俺につかまれ。保健室行こ」
「先生!私も一緒に行ってきます!」

 皆でシオンの手を取って立たせ、保健室までの付き添いを立候補する。金眼保有者の血縁者はクラウドの他にクラスにはいないが、世話好きな者や正義感のある者が多く、シオンのようにかわいらしくて、やや鈍くさい転入生に皆、世話を焼きたいのだ。

「あ…ありがとう」

 ゾロゾロと付いてきてくれるクラスメートたちに驚きつつ、照れ笑いをするシオンのかわいらしさに、彼らはなごみ、心を射抜かれる。

「チッ…くそ」

 尻もちをついたクラウドはそれを見ながら、舌打ちした。
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