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-1:堕胎告知
盛者必衰、後悔噬臍
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・・・1・・・
倉庫を出て広い場所に出ると、先制攻撃を繰り出したのはサラだった。
「燃えろ!」
炎の龍が襲い掛かるが、ダンタリオンは片手をかざすだけで掻き消した。
「ッ、クソッ」
炎は干渉力、言わば魔法で言う演算能力の押し合いに弱い。単に他と比べてゼロから構築する事象が多いのが理由だが、少しでもこちらの式を乱されると効果は半減するか消滅してしまう。
「こんどはこっちだな!」
そう言ってダンタリオンは両手を前に出すと、空間が凝縮され陽光の弾丸が現出する。
「《シモンの道標》」
構築された弾丸は直線的な軌道でサラへ突進し、サラが回避行動を取っても追尾してくる。
「こんのっ!」
咄嗟にポルターガイストを壁に防御し、被弾した2体は術を解除して核を戻した。
――核はやられてない、この子らも5分もすれば全快する
対魔術師戦、しかも遠距離の攻撃手段を持つ相手との戦闘において、たとえ数を揃えたとて近接戦特化の術師は全力を発揮するのが難しい。
――けど大体分かった
サラは屋外に出されたコンテナで射線を切りながら、向こうの手札を思い返す。
まずダンタリオンの魔力属性は光、数が少なくサラも実戦で当たった事は無い希少な分類。この属性の特長は燃費の良さにあり、周囲の光を収束し指向性を持たせるだけで攻撃手段として確立させられる。
可燃性ガスや酸素の収束、温度上昇、そして発火と志向性付与、演算箇所が多いサラの炎とは真逆と言える。
そして固有魔術、悪魔や精霊、そしてそれらを身に宿す悪魔憑きは、それぞれデフォルトで使用可能な魔術を持つ。サラの場合は使い魔であるポルターガイストの召喚がそれに当たる。そしてダンタリオンの術式は恐らく――
「広範囲の精神干渉、いや認識阻害か」
恐らく報告にあった人払いと電子機器ダウン、あれは全てダンタリオンの固有魔術が起こした現象だろう。誘拐場所全体に認識阻害を掛ければ、そこにいる人間は居場所を認識出来なくなり全員領域外に出ようよする。その上電子機器にも認識阻害が適用され、結果として危機のダウンという現象を起こしたと思われる。
マルクとして接触した時に気が付かなかったのも、固有魔術で気配を一般人レベルまで偽装していたのだろう。
何より厄介なのは、それが魔力そのものにも適応されている事だろう。
ただでさえ構築が容易で連発しやすい光属性の魔力、それが高位の魔術で隠されているなど、厄介な事この上ない。
『カイゼル制圧、敵魔術師と戦闘中』
最低限のワードで状況を知らせ、思考をダンタリオンとの戦闘に戻す。
ダンタリオンの攻撃手段は光弾、それも追尾持ちで当たれば継承では済まない。ポルターガイストを盾にしてもいつかは核をやられてしまうだろう。
「考え事かい!?」
やはり探知を掻い潜って接近したダンタリオンに反射で飛び退き、しかし決め手を思いつけずに千日手状態となっていた。
「なぁ、ちょっと聞きたいんだけどさ」
突然、ダンタリオンがそんな事を言った。
「……」
「人間って、なんでそんな他人に執着するんだ?」
コイツは急に何を言い出すのか。飄々とした青年の態度をした壮年の男が哲学的な事を話すという状況は、少々頭が痛くなる。
「知らん」
「知らないって、君こそあの子に執着してるじゃないか」
「そうさせたのはお前だろ」
会話を早々に切り上げて、今度はサラが魔術を繰り出すターンになった。
「《戦火の戦槍》」
炎が生まれ、凝縮し、揺らめきが凪いで固体のような振る舞いをする。
これは言わば固体の炎、この世界のそれとは密度もエネルギーも桁違い、原子力爆弾の領域に片足を踏み入れた破滅の灯。
「もう一度言う。ティファはどこだ」
「んー、言うと思う?」
どこまでも嘲笑ってくるダンタリオンを見て、サラの中にあった怨嗟の炎が消えた。
発火する事の無い、純粋で何物とも結合する事は無い殺意が、彼女の心の壺を満たして溢れさせる。
「言うまで殺す。言っても殺す。黙ってても殺す」
殺意の化身と化した更に、ダンタリオンもようやく余裕気な笑みを消した。
両手を組み、祈りを捧げる信徒のような恰好をして言う。
「だったら、こっちもその気になってやろう」
ダンタリオンも未成熟な青年という実を握り潰し、悪意と殺意に満ちた深淵の住民のそれだけを残した。
「《ユダの懺悔》」
そして隠していた光弾の塊を、さらに向けてバラまいて放つ。
サラも回避は意味が無いと知っているからか、接近した光弾を片っ端から叩き落してダンタリオンへ突き進む。
「《原罪の懐妊》」
だがそれも予測済みだったのか、再び光弾の塊が湧き出て来た。
しかしそれは先の術とは違う、凝縮し、押し固まり、まるで主に集う信徒の様に1つとなる。
「っ!」
「じゃあな、同胞」
凝縮した聖なる裁きは、《戦火の戦槍》ごとサラを貫いた。
そして器を失ったエネルギーの奔流は、主の下を離れ瞬く間に離散する。
轟音、いや雷鳴に等しい音を轟かせ、コンクリートの広場は炎に焼き尽くされた。
・・・2・・・
カイゼル・クラブ掃討作戦 始末報告書
参加者:サラ・モーリアック
・魔術暴走により重傷
被害者:誘拐被害者4名
:特定指定動物21匹
・栄養失調や軽度の怪我が見られたが全員命に別状は無し
・被害者はメフィストフェレスが保護、特定指定動物に関しては専門機関と連携の上それぞれ保護環境下へ
処分:サラ・モーリアック
・魔術の無許可使用を確認、即時拘束
・救命措置実行後、メフィストフェレス直轄魔術犯罪者収容施設ヴァルハラに収監、99年の禁固刑が確定
・これと同時に、サラ・モーリアックから青の腕章及び隊長資格を剥奪、魔術使用に関する規制を最高位の《使用禁止》に繰り上げ
報告者:ミネルヴァ・ボーズマン
・・・3・・・
3日後、メフィストフェレス本部。
「だから言ったのに……」
ミネルヴァは始末書を書き終えると、連日酷使していた視神経を労わるように目頭を押す。
何とか彼女に治療を受ける許可を受け入れさせたが、ヴァルハラ収監については一職員の権限ではどうしようも無かった。
ミネルヴァ自身への咎は、どうやら意識が回復したサラが自分の独断だと証言したらしい。独断専行を止めなかった事について小言を言われる程度で済んだ。
「なんだかなぁ」
この事件で悪と呼べるのはカイゼルとダンタリオンのみ。サラは被害者とティファを助けたいという強い願いが故の蛮行であり、祓魔機関側も規則を守るどころかやった事を考えれば収監のみで済ませたのは温情と言える。
人情、ルール、どちらかを守ればどちらかを破る事になる。理性と感情というのは常に隣にいながら反発するもの。
始末書のデータを保存してパソコンの電源を落とすと、帰宅の準備をしようと資料を軽く整理する。
その中にあったある診断書が目に入り、それ以外をデスクの棚に放り込んで鞄に入れた。
魔術犯罪者収容施設ヴァルハラ。
ヴィクトスライヒ大陸部から少し離れた孤島を丸ごと使った大監獄。
唯一の移動手段は専用の港から船で行く道だけ。他の船舶やヘリは警告の後容赦なく撃墜される。
ミネルヴァは事前にアポを通した上でヴァルハラに入り、受付で照会を行って独房に案内される。
「3分だ。それ以上の会話は許されない」
筋骨隆々な看守はそう言って壁のスイッチを押す。
するとスモークガラスが瞬時に透明度を取り戻し、室内にいたサラの姿を現した。
「モーリアック隊ちょ……モーリアックさん、ミネルヴァです」
『……』
マイクとスピーカー越しに聞こえている筈だが、サラは虚ろな表情なまま黙りこくっていた。
「今日は報告に来たんです。その……フランクベルト女史が、亡くなりました」
その言葉にようやくサラは反応を示したが、肩が少し揺れただけですぐ石像のように肉体の時を止めた。
『……そう』
向こう側のマイクがなんとか拾った声は、あまりに力が抜けて生気を感じられなかった。
「……」
ミネルヴァも、掛ける言葉が見つからず閉口してしまう。
きっと今のサラに何か言っても、傷口に触れる事しか出来ないだろう。
「時間だ」
「……はい」
結局会話は3度だけで刑務官によってサラの独房は再び隠された。
ミネルヴァの、そしてサラの曇った心を晴らすスイッチは、どこにも無かった。
更に3年が経っても、彼女はまだ霧の中で眠っていた。
倉庫を出て広い場所に出ると、先制攻撃を繰り出したのはサラだった。
「燃えろ!」
炎の龍が襲い掛かるが、ダンタリオンは片手をかざすだけで掻き消した。
「ッ、クソッ」
炎は干渉力、言わば魔法で言う演算能力の押し合いに弱い。単に他と比べてゼロから構築する事象が多いのが理由だが、少しでもこちらの式を乱されると効果は半減するか消滅してしまう。
「こんどはこっちだな!」
そう言ってダンタリオンは両手を前に出すと、空間が凝縮され陽光の弾丸が現出する。
「《シモンの道標》」
構築された弾丸は直線的な軌道でサラへ突進し、サラが回避行動を取っても追尾してくる。
「こんのっ!」
咄嗟にポルターガイストを壁に防御し、被弾した2体は術を解除して核を戻した。
――核はやられてない、この子らも5分もすれば全快する
対魔術師戦、しかも遠距離の攻撃手段を持つ相手との戦闘において、たとえ数を揃えたとて近接戦特化の術師は全力を発揮するのが難しい。
――けど大体分かった
サラは屋外に出されたコンテナで射線を切りながら、向こうの手札を思い返す。
まずダンタリオンの魔力属性は光、数が少なくサラも実戦で当たった事は無い希少な分類。この属性の特長は燃費の良さにあり、周囲の光を収束し指向性を持たせるだけで攻撃手段として確立させられる。
可燃性ガスや酸素の収束、温度上昇、そして発火と志向性付与、演算箇所が多いサラの炎とは真逆と言える。
そして固有魔術、悪魔や精霊、そしてそれらを身に宿す悪魔憑きは、それぞれデフォルトで使用可能な魔術を持つ。サラの場合は使い魔であるポルターガイストの召喚がそれに当たる。そしてダンタリオンの術式は恐らく――
「広範囲の精神干渉、いや認識阻害か」
恐らく報告にあった人払いと電子機器ダウン、あれは全てダンタリオンの固有魔術が起こした現象だろう。誘拐場所全体に認識阻害を掛ければ、そこにいる人間は居場所を認識出来なくなり全員領域外に出ようよする。その上電子機器にも認識阻害が適用され、結果として危機のダウンという現象を起こしたと思われる。
マルクとして接触した時に気が付かなかったのも、固有魔術で気配を一般人レベルまで偽装していたのだろう。
何より厄介なのは、それが魔力そのものにも適応されている事だろう。
ただでさえ構築が容易で連発しやすい光属性の魔力、それが高位の魔術で隠されているなど、厄介な事この上ない。
『カイゼル制圧、敵魔術師と戦闘中』
最低限のワードで状況を知らせ、思考をダンタリオンとの戦闘に戻す。
ダンタリオンの攻撃手段は光弾、それも追尾持ちで当たれば継承では済まない。ポルターガイストを盾にしてもいつかは核をやられてしまうだろう。
「考え事かい!?」
やはり探知を掻い潜って接近したダンタリオンに反射で飛び退き、しかし決め手を思いつけずに千日手状態となっていた。
「なぁ、ちょっと聞きたいんだけどさ」
突然、ダンタリオンがそんな事を言った。
「……」
「人間って、なんでそんな他人に執着するんだ?」
コイツは急に何を言い出すのか。飄々とした青年の態度をした壮年の男が哲学的な事を話すという状況は、少々頭が痛くなる。
「知らん」
「知らないって、君こそあの子に執着してるじゃないか」
「そうさせたのはお前だろ」
会話を早々に切り上げて、今度はサラが魔術を繰り出すターンになった。
「《戦火の戦槍》」
炎が生まれ、凝縮し、揺らめきが凪いで固体のような振る舞いをする。
これは言わば固体の炎、この世界のそれとは密度もエネルギーも桁違い、原子力爆弾の領域に片足を踏み入れた破滅の灯。
「もう一度言う。ティファはどこだ」
「んー、言うと思う?」
どこまでも嘲笑ってくるダンタリオンを見て、サラの中にあった怨嗟の炎が消えた。
発火する事の無い、純粋で何物とも結合する事は無い殺意が、彼女の心の壺を満たして溢れさせる。
「言うまで殺す。言っても殺す。黙ってても殺す」
殺意の化身と化した更に、ダンタリオンもようやく余裕気な笑みを消した。
両手を組み、祈りを捧げる信徒のような恰好をして言う。
「だったら、こっちもその気になってやろう」
ダンタリオンも未成熟な青年という実を握り潰し、悪意と殺意に満ちた深淵の住民のそれだけを残した。
「《ユダの懺悔》」
そして隠していた光弾の塊を、さらに向けてバラまいて放つ。
サラも回避は意味が無いと知っているからか、接近した光弾を片っ端から叩き落してダンタリオンへ突き進む。
「《原罪の懐妊》」
だがそれも予測済みだったのか、再び光弾の塊が湧き出て来た。
しかしそれは先の術とは違う、凝縮し、押し固まり、まるで主に集う信徒の様に1つとなる。
「っ!」
「じゃあな、同胞」
凝縮した聖なる裁きは、《戦火の戦槍》ごとサラを貫いた。
そして器を失ったエネルギーの奔流は、主の下を離れ瞬く間に離散する。
轟音、いや雷鳴に等しい音を轟かせ、コンクリートの広場は炎に焼き尽くされた。
・・・2・・・
カイゼル・クラブ掃討作戦 始末報告書
参加者:サラ・モーリアック
・魔術暴走により重傷
被害者:誘拐被害者4名
:特定指定動物21匹
・栄養失調や軽度の怪我が見られたが全員命に別状は無し
・被害者はメフィストフェレスが保護、特定指定動物に関しては専門機関と連携の上それぞれ保護環境下へ
処分:サラ・モーリアック
・魔術の無許可使用を確認、即時拘束
・救命措置実行後、メフィストフェレス直轄魔術犯罪者収容施設ヴァルハラに収監、99年の禁固刑が確定
・これと同時に、サラ・モーリアックから青の腕章及び隊長資格を剥奪、魔術使用に関する規制を最高位の《使用禁止》に繰り上げ
報告者:ミネルヴァ・ボーズマン
・・・3・・・
3日後、メフィストフェレス本部。
「だから言ったのに……」
ミネルヴァは始末書を書き終えると、連日酷使していた視神経を労わるように目頭を押す。
何とか彼女に治療を受ける許可を受け入れさせたが、ヴァルハラ収監については一職員の権限ではどうしようも無かった。
ミネルヴァ自身への咎は、どうやら意識が回復したサラが自分の独断だと証言したらしい。独断専行を止めなかった事について小言を言われる程度で済んだ。
「なんだかなぁ」
この事件で悪と呼べるのはカイゼルとダンタリオンのみ。サラは被害者とティファを助けたいという強い願いが故の蛮行であり、祓魔機関側も規則を守るどころかやった事を考えれば収監のみで済ませたのは温情と言える。
人情、ルール、どちらかを守ればどちらかを破る事になる。理性と感情というのは常に隣にいながら反発するもの。
始末書のデータを保存してパソコンの電源を落とすと、帰宅の準備をしようと資料を軽く整理する。
その中にあったある診断書が目に入り、それ以外をデスクの棚に放り込んで鞄に入れた。
魔術犯罪者収容施設ヴァルハラ。
ヴィクトスライヒ大陸部から少し離れた孤島を丸ごと使った大監獄。
唯一の移動手段は専用の港から船で行く道だけ。他の船舶やヘリは警告の後容赦なく撃墜される。
ミネルヴァは事前にアポを通した上でヴァルハラに入り、受付で照会を行って独房に案内される。
「3分だ。それ以上の会話は許されない」
筋骨隆々な看守はそう言って壁のスイッチを押す。
するとスモークガラスが瞬時に透明度を取り戻し、室内にいたサラの姿を現した。
「モーリアック隊ちょ……モーリアックさん、ミネルヴァです」
『……』
マイクとスピーカー越しに聞こえている筈だが、サラは虚ろな表情なまま黙りこくっていた。
「今日は報告に来たんです。その……フランクベルト女史が、亡くなりました」
その言葉にようやくサラは反応を示したが、肩が少し揺れただけですぐ石像のように肉体の時を止めた。
『……そう』
向こう側のマイクがなんとか拾った声は、あまりに力が抜けて生気を感じられなかった。
「……」
ミネルヴァも、掛ける言葉が見つからず閉口してしまう。
きっと今のサラに何か言っても、傷口に触れる事しか出来ないだろう。
「時間だ」
「……はい」
結局会話は3度だけで刑務官によってサラの独房は再び隠された。
ミネルヴァの、そしてサラの曇った心を晴らすスイッチは、どこにも無かった。
更に3年が経っても、彼女はまだ霧の中で眠っていた。
応援ありがとうございます!
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