悪魔憑きファウスト

焼津ヶ袚八雲

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-1:堕胎告知

glorified

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 任務を受けた翌日、サラ達第032部隊は被害者が在籍していたギュルヴィ教の教会へ赴いた。
 ギュルヴィ教とは一言で言えば魔術師の宗教、宗教世界におけるメフィストフェレスのような存在である。
 ギュルヴィ教の教義において、魔術師は神の恩寵を受けた所謂『聖人』であるとされている。だからこそ民を導き幸福へ誘う使命があるのだと言う。
 その教義はギステスライヒには受け入れられこそすれ、ヴィクトスライヒにおいては異端そのもの。宗教自体が煙たがられる彼の国で更に魔術を肯定する教義により、ヴィクトスでは唯一の禁教に指定され、ギュルヴィ教徒であるというだけで迫害されるらしい。
 実際に4年前、観光に訪れていたギュルヴィ教徒がリンチに合って殺された事件が起きた。
 その時は当時の外務大臣が双方とも穏健派であったおかげで大事には至らなかったが、現在の情勢で同じことが起きれば10秒フラットで銃が共鳴を起こすだろう。
「……本当に、つい昨日までは健気に祈りを捧げていました」
 聞き込みに応じてくれた司祭は、視線を恐らくこの宗教の神を模しただろう像へ向けながら言った。
「彼女、魔術が使えたんですか?」
「えぇ。軽い治癒魔術が使えました」
 治癒魔術は圧倒的マイノリティである魔術師界隈の中で更に希少な存在である。同じような事は悪魔の代償術でも可能ではあるが、そちらは前段階の悪魔との契約が違法である上にそんな使い方をそもそも思いつく人間は少ない。
「彼女は、……無事でしょうか」
 視線をこちらに向け、司祭はまるで聖人に救いを求めるように問うた。
「確実な事は、何も」
 代表者としてサラが応じるが、彼女はどこか被害者の生存は諦めているような態度で応答していた。
「お忙しい所ありがとうございました」
「いえいえ、私に出来る事があるなら、いつでも仰ってくださいな」
 柔らかな笑みを浮かべる老人は、きっと被害者の生存を健気に願っているのだろう。
「隊長、1つ聞いても?」
 教会を出てバンに乗り込んだ所で、タブレット端末にメモした聞き込み情報を整理しながらマリネが問う。
「何?」
「被害者の生存率、いくらだと予想してますか?」
 その問いには部外者となっていたティファも肩を震わせる。
「マリネの予想は?」
 返しに喉を詰まらせながら言った。
「……正直、既に手遅れの可能性は高いかと」
 魔術師は基本的に武装する必要が無い。眉一つ動かす事無く相手の息の根を止める事も容易い事。そんな人間をわざわざ監禁し生かし続ける理由は無い。人質にするにしても、それこそ先程の司祭など年を重ねている上に魔術を使えない。見せしめに殺して脅しの材料にする方がまだ使えるだろう。
「ですがかと言って、職務を放棄する訳にはいきません」
「……、……そうだね」
 サラは何か思う事があるようだったが、この時は口にせずタブレットに目を落とした。
「あの、これからどうするんですか?」
 入れ替わりにティファから投げられた問いに、整理を終えてタブレットの電源を落としてからサラがまた答えた。
「目撃場所の捜査と鑑識はもう警察が済ませてる。地道に聞き込みを続けていくしかない」
 面倒だが、魔術も万能ではない。魔術の才があっても向き不向きで使えるモノと使えないモノがある。
「マリネ、目撃現場に」
「了解」
 スタート地点は最後に姿を見せていた場所。そこから目撃情報を募っていく。


 資料にあった最後の目撃場所は、何の変哲もない自然公園だった。
 街灯もあまり見当たらず、夜になれば光源が無いと厳しいだろう。
 数日前から警察が調べを行い、今は祓魔機関が出入りしている公園には人が少なく、敷地外から野次馬が遠目にこちらを眺めている位だった。一応聞き取りも行ったが、既出の情報か悪ふざけしか聞き出せなかった。
「最後の情報はこの辺り。犬の散歩をしていた老人が、礼拝から帰った被害者とすれ違ったのが最後です」
 判明している足取りはこう。17:00に仕事を終えた彼女はすぐ近くの教会に向かい、そこで祈りを捧げた後に併設された孤児院で子供達と戯れていたらしい。食事もそこで済ませ、子供達が寝静まった頃に自分も帰って寝ようと孤児院を出てここを通ったのが最後。
「この公園は東西南北四方に出入口があり、周辺住民がショートカットに使う事も多いそうです」
 捜査資料を改めて読むマリネの横で、ティファは木の陰を刺すように調べ尽くしていた。
「てことは、公園とあの道の辺りで攫われたって事?」
「多分ね。あの道は大きさの割に車通りが少ないし、目撃者が御老人だからね」
 なら簡単に攫えるでしょうね、マリネは顔も背丈も性別も分からぬ誘拐犯に恨めしい目をする。
 サラはと言うと、何やら少し離れた場所に佇んで物思いに耽っていた。
「隊長は何してんだろ」
「さぁ」
 何やら平時よりも近寄りがたいオーラを放つサラを遠目に、ティファは立ち上がって犯人像を考察しようとする。
「犯人は複数人?」
「でしょうね。少なくとも実行役2人と運転手って所?」
「体格は、まぁ小さくはないよね」
「睡眠剤なりスタンガンなりで気絶させるなら別かもだけど」
「被害者が狙われた理由は?」
「偶然、はたまた魔術師全体への怨恨かしら」
 一泊置いて、今度はマリネが球を投げる。
「犯人は被害者と顔見知り、あるいは第三者?」
「知り合いでしょ。彼女の事知ってる人なら、ここ通るのも分かってるだろうし、いつ家に帰るかとかも把握できるし。実際いるでしょ、そういう人」
「まさか、あの司祭さんが犯人の1人だって言いたいの?」
 あり得ないと表情で否定するマリネだが、ティファはどうやらその予想を拭いきれないようだ。
「だって、あの人なら被害者がいつ出たかとか分かるでしょ?」
 澄ました顔であの好好爺を疑うティファ。彼女は理想論者で子供らしさが残る割に、身内以外にはどこか冷めた目をして接している節がある。
「それなら孤児院の職員とか、他にもいるでしょう。それにそんな事を言ったら、元々彼女を狙っていた犯人達が張り込んでた可能性だってある」
 明確な証拠もない以上、これより先はどうしても憶測の割合が増えていってしまう。それが悪手なのは全員分かっているのだが、この状況下ではそうせざるを得ないのが歯がゆい所。
「あ、隊長」
 何やら思案していたサラが戻ったのを見ると、ティファが駆け寄って問いかける。
「何か見つかりました?」
「いや、流石にもう物証の類は出てこないだろうね。事なかれ主義な所以外は優秀だから」
 投げたとは言え、警察もその辺りの見分は充分に済ませているだろう。資料を読んでも不備があるようには見えなかった。
 しかしかと言って、やはりすぐさま現状を打開するような何かが生まれる事はない。
「どうします?」
 指示を求めるマリネの言葉に、親指を当てて脳を巡らせる。
――監視カメラにそれらしい人物や車の存在は無し、毛髪や指紋も残っておらず、証人は偶然すれ違った御老人だけ……
「……すれ違った老人?」
「どうかしました?」
 ティファの声も耳を通らず、突然走り出して公園を飛び出したかと思うとまだ走り出して
戻って来た。
「ちょっと調べたい事がある、ひとまずここで解散」
 突然そう言い放って走り去っていったサラを、2人は見送る事も出来なかった。
「……」
「いつもの事だけど……」
 サラの一匹狼は今に始まった事でないが、まだ慣れる程に時間を共にしてはいなかった。
 しかし止めはしない辺り、2人もサラに毒されているのかもしれない。
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