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第七話 チェリエの騎士

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 体の前で結ばれた両手の拘束は身柄を確保した時点でヴィンドールが既に解いていた。
 けれど、羽交い締めにされ、上腕を抑えられていて両手の指が組めないどころか、体の前に腕を出すこともできない。
 私の性格をよくわかっているヴィンドールは、言葉ではなく行動で私の直接介入を阻止している。
 いつもなら私の意志を優先してくれる騎士見習いが頑として譲らないのだから、宮廷魔導師ザレスが扱う火術は恐ろしいものなのだろう。
 特殊な条件を持つ二人が行う複合魔術の〝火竜の焔〟の顕現を、実際に目にするのは初めてで、燃やす対象を自在に選べるのも特徴のひとつなのかという疑問を取っ掛かりに、他愛無い会話に散りばめられた少ない知識を私は古い記憶から掘り起こして、自力での消火は極めて難しいことを思い出していた。
「さっさと目的を吐いてくれよ。でなきゃ、手か足か、どこから炙られたいのか聞かにゃならん」
 渋い顔で尋問を開始したザレスに、熱気に汗をかくほども暑くなった場に緊張が走る。
「地下にネズミが出たってんで調べてみりゃ、その正体がまさかの王子サマとはね」
 ややしばらく城で姿を見ないと思ったら、地下で探索及び調査に勤しんでいたらしい。それも、声の疲れ具合から、それらは全てひとりで進めてもいたようだ。 ……縄張りに侵入した人間を問答無用に排除する風竜を相手にするなら、ザレスが適任というなら適任なのかもしれない。埋没しても未だ広さを誇る地下都市の捜索範囲の推定に想像を馳せた私も閉口した。
 陸竜を連れ立っての最中というのは、私達王子との合流はザレスとしても不本意なのだろう。
 連日の地下での調査の結果としての今の現状と、加えて妻子を前にして居心地の悪さを感じているのか、ザレスの声はやさぐれたものが混じっていた。
 面倒なことになったと億劫そうにするが、それでも任務だからとザレスは尋問役を買って出る。
「ザレス」
「俺はお仕事中なの」
「ゼルデティーズ魔導師長」
 役職名付きで呼び直す。
「ふたりを生かして」
「おや。肩を持つのか。そうだよな、共に行動していたみたいだし。とすると、俺はチェリエを疑うべきだろうか?」
 不可侵の地で男と密会とは隅に置けないもんだなと嘲笑混じりに挑発されるが、私は静かに頷いた。
「確かな調べがあるから魔導師長は侵入者を処分するんでしょ? ならその対象は、私も含んでくれないと困るわ。〝攫って〟と、私が誘拐をお願いしたの」
 王女という、セレンシアの第一王位継承者という権力を振りかざし、かつ、身売りを始めた私に、ややこしくなってきたとザレスが顔を歪める。
「聞き捨てるには互いの身分が高すぎる。不用意な発言は己の立場を危うくするとわからない歳でもあるまい? 庇う価値がこのネズミにあるのか?
 チェリエは気づいてないが、おまえはぺらぺらとセレンシアの軍事機密を喋っていて、ただで帰すには行かないんだよ」
 手遅れなのだ。
 私の軽率な行動で。
「ザレスおじさま」
「食い下がるなよ。俺だって子供をいたぶるなんてやりたかねえんだ」
 長い髪が煽られてはためくまでに、招来した焔の熱で風が強まっている。
 できれば両手の指を組んで、お願いの形を取りたかった。
「なら、せめて王子達を城に――」
「政のひとつも知らぬ娘がしゃしゃってくるな」
「少しは言葉を謹んでちょうだい」
 この場で発言できる権威があるのだと勘違いしている私は、恥知らずとわかってても言い返した。
「お断りだよ、お姫サマ」
 ザレスの口調がついには呆れたものとなった。
「私の命令は聞かないと?」
「魔導師長だからな。言ったろ、仕事中だって」
 子供の言い分は考慮しないとはっきりと宣言されて私はきゅっと唇を噛みしめる。
「リーガルーダ! あなたならザレスに火を消すように言えるでしょう?」
「いえ。ふたりはここで処断します」
 自分の父親よりも権威のある存在に縋ろうとする私に、しかし、穏やかな声のリーガルーダが困ったような顔で微笑んだ。
「同時に、死亡報告と罪状をともに名も公表します」
 それが然るべき措置だとセレンシアの守護竜は淡々としていた。
「なら、私も死罪に処すべきよ」
「そうしたいのは山々ですが、姫はセレンシア唯一の世継ぎです。次代に子供を残すまではこの件は保留となるでしょう」
「そして、その頃にはうやむやにされてなかったことにされるのね」
 結局は私はセレンシア国直系子孫の王女だから生かされて、他国の王子達ふたりはこの場で殺されるのか。
「姫はふたりを自分の都合で巻き込んだと思い込んでいるようですが、それとこれとは別問題です。それはわかっておいででしょう? 貴女は混同しているだけです。どうか落ち着いてください」
 刺々しくなる私の声に、対するリーガルーダの口調も変わらない。
 人死を前に自分と他人とを分けて考えられない子供を前にして、とてもとても優しい大人そのものだ。
 揺るがない相手に、私は両手を握りしめる。
「ヴィンドール」
 悔しさが滲む声で助けを求めると「いいの?」と笑われてしまい、私はムッとした。
「構わないわ」
 腹がすわった私を羽交い締めから解放したヴィンドールは、躊躇いもなく剣を抜いて、実父であるザレスにその切っ先を突きつける。
「ということだから、降参してよ、父さん」
 堂々と親子喧嘩をふっかけるヴィンドールにザレスはあろうことか私を睨みつけた。そして、その厳しい眼差しを自分の息子にも向ける。
「状況がわかっていて、自分の意志を通そうと何も跳ね返す小娘に従うのか」
「そうだよ。僕はチェリエの騎士だもの」
 名誉と誇りに、父親に挑むように顔を輝かせるヴィンドールは私を自分の背中に庇う形で押しやった。
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