影なら一つになるだろう〜抱いて、抱かれて、喰べられて〜

Laxia

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3章. 時を超えた想い

3. それは彼からの頼み事

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「……先生の能力は“視界に映っている人の寿命が視える”というものでした。ただし、肉体的な寿命がわかるだけで……事件や事故で寿命よりはやく死ぬことは勿論ありますし、寿命は生活習慣によって変動することがあります。煙草を吸う前に寿命を視た場合と、煙草を日常的に吸い出してから寿命を視た場合とではある程度の差異が出ます。医者の能力としては、病気が関係する場合の寿命は殆どの場合正確なのが、素晴らしいところなんですけどね」

 己の情報が正しいことを確かめるように、カレルはロークの表情を窺い視る。するとロークは満足そうに頷いていた為、リーゲル・エラルド医師の能力についての説明は完璧なのだろう。カレルはそれを見て安心したように眉を下げて笑った。

「……確かに素晴らしい能力だな。未来の事件や事故がわかるわけではないにせよ、病弱なのかどうかはわかるし、自分の寿命の最大値が知れるとは……。それはまた、貴族が好きそうな……」

 30歳で死ぬか、50歳で死ぬか、はたまた80歳まで生きる可能性があるのか。何となくでも知ることができれば、それはそれは役に立つ。そんな能力を持っていれば、特に血の繋がりを重視する貴族には垂涎の的だっただろう。後継者問題に活かすことは勿論、後見人として政治に関わってくる方々は、どれだけ自分がその後見人として立っていられるのか、いつその座を明け渡すべきなのか、と。そういう人生設計の指標になる。その家門の状態によっては、いくら金を積んでも手に入れたい情報となり得るだろう。
 そんな日常を数十年送っていたんだとしたら……もしかしたら、彼は──リーゲル・エラルドは。

「そういう自分のことしか考えていない貴族達から利用される人生から逃れ、余生くらいはこんな田舎で暮らしたかったのかもしれないな。しかしこの街で待っていたのは例の渓谷の騒ぎ……。50人以上を解剖しなければならなくなり……結局、かの医師に安息は訪れたのだろうか」
「どうでしょうか」

 なんとも言えない顔で、カレルがぽつりと呟く。その顔は穏やかそうにも視え、懐かしいようにも、思い出したくないような様子にも視え、カレルにとって“先生”とは彼を形作る上でとても重要なものだと改めて理解した。そしてカレルは急に席を立ったと思ったら、奥の棚にアルバムを撮りに行ったようで、そこには数枚の写真が収められていた。写真をわざわざ撮れていたということは、昔は上流階級並の生活をしていたのではないかと考えられる。……確かにカレルは何をするにも少し品がある、ような気もする。センスはないが。貴族相手に診療することも考えて、そういう教育もある程度は受けていたのだろうか。

「この、弟子達に囲まれている男性が、先生です。髪が白くなり多少薄くなろうとも、いつも髪を後ろに流し整えていて、理知的な光を灯す、深い緑色の眼を持った方でした」

 カレルが指差したモノクロの写真には、確かに多くの人達に囲まれる白衣の男性が映っていた。囲む人達も殆どが白衣を着ているため、やはり皆医者なのだろう。

「先生は、人と接することが好きでした。おれには、貴族相手だろうが、民間人や騎士、軍人相手だろうが……見かけの階級や職業なんて関係なく、目の前の命を、平等に、大切に扱っていたように視えました。だから……、もし助かるかもしれない命があるのなら、先生は何処へだって──」

 カレルは、そう言うと顔を手で覆ってしまった。その表情は、手で隠れて窺い知ることができない。……いや、例え視えていたとしても、わからなかったかもしれない。彼は表情がころころ変わるように視えるが、しかし俺よりも年上であるし、手術など、感情に左右されてはならない精密な作業を正確に行う手腕を持ち合わせている。

「……そうだね。彼はそんな医者だったと思うよ」
「……?」

 ──ロークはまるで、リーゲル・エラルド医師と会ったことがあるように言うんだな。そう、思いはしたものの、言葉は出てこない。二人の感情に、記憶に、ついていけなくて、俺は肩に掛けていた軍服の裾をぐしゃりと掴んだ。
 そんな俺の様子に気付いてか、ロークは出来る限り自然な様子を装って口を開く。

「話が少し逸れてしまったね。それでさ……、カレルがその消えた一族であるという前提で話すけど、リーゲル・エラルド医師なら、カレルが出来る限り普通に生きていく方法を、絶対にどこかに記していると思うんだよ。彼がカレルのことを殊更に大切にしていたのは、この診療所を君に預けたことからも明白だ。……だから、どうか僕に、彼の遺したもの全てを視せてはもらえないだろうか?」

 俺とカレルの情報を得意気に披露していた時の調子は何処へやら、緊張した面持ちでカレルを見るロークに思わず毒気を抜かれる。信用するとは決めたものの、まさかこんな正攻法な手段で来るとは思っていなかった。俺とカレルはついつい顔を見合わせて、くすりと笑う。

「どうする、カレル? 俺はロークのこと、悪い奴だとは思えない」
「おれもです。ふふ、実年齢はどうであれ、そんな傷だらけの少年にお願いされては、断りにくいですしね」
「え、じゃあ……!」

 ぱあ、と顔を輝かせたロークに、カレルは慈愛を含んだ医者の顔で、微笑んでゆっくりと頷いた。

「ええ、全て視せましょう。ただ、おれはもう飽きる程に全てのものに目を通しましたが何もそれらしいものはありませんでした。医学に関するもの、としか思いませんでしたね。……ですので視るのはロークに任せて、ちょっとご飯食べててもいいですかね」
「は」

 今それを言うか。今度は俺とロークが顔を見合わせることになって、互いに声を出して笑う羽目になった。本当に、この人は。俺の緊張も、ロークの遠慮も、全て吹き飛ばしてしまうのだから困る。

「あー、笑った。勿論さ。情報屋の僕に任せてよ。大船に乗った気持ちでいるといい」

 ぽん、と胸を叩いてアピールしたロークだったが、傷に響いたのか若干涙目になっていて全く様になっていない。カレルはそんなロークを心配しながらも、リーゲル・エラルド医師が遺したという手記や論文を取りに向かった。
 待っている間に、と軍に嘘と事実が混じった報告を入れておく。齟齬が生じた部分はロークがどうにかしておくと簡単に言っていた為、本当にこの情報屋は優秀なのだなと思った。

「そんなにスキルがあるのなら、別にわざわざ協力を求めずとも情報なんていつでも盗み出せただろうに。どうしてそうしなかったんだ?」
「……確証がなかったから、リスクは出来るだけ減らしたかった。それに──頼まれたんだよ」

 誰に何を、そう口にしたかった言葉は、ロークの次の言葉に掻き消された。

「それと、ルイス。君がカレルと出逢ったから。だから僕は──逃げるのをやめたんだよ」

~*~
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