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2章. 消えた一族
16. 手がかり
しおりを挟む「……ふう。治療、終わりました。縫った怪我もありますし、1週間は絶対安静で──」
「できない」
「……え?」
「それはできない。ポーションってないの? お金は払うからさ。持ってきてよ」
「え、ええ、はい」
突然何事もなかったかのように喋り出した少年に、俺もカレルも驚く。普通に喋れるんじゃないか、この少年。俺の為にポーションを注文した時にいくつか余分に買ったのか、カレルは鍵の掛かった棚にポーションを取りに行った。
「はい、じゃあこれ。お代」
「あ、はい──」
胸ポケットから硬貨を取り出そうとしたであろう少年に向けて、手を差し出したカレルの腕を掴んで止める。そしてカレルを庇うように自分の身体の後ろに隠した。
「どういうつもりだ」
「あは。やっぱりお兄さん強いね」
少年は、今まで一切変わらなかった表情を歪な笑みに変えた。少年が取り出したのは硬貨ではなく、小型の刃物。殺意は感じなかったが、俺が止めなければ確実にカレルの腕に刺さっていただろう。
「見込み通りだ。──ルイス・ローザー。軍人で今の階級は少尉。そして王家の元近衛騎士だってね。能力は戦闘向きで、五感が鋭い。でしょう?」
……なんだ、こいつは。俺が軍人なことは今軍服を羽織っているから誰でもわかるだろうが、どうして元騎士なことを知っている? 得体の知れない雰囲気に、カレルをもっと後ろに下げた。そしていつでも抜けるように剣を握り締める。
「あれ、無視? あってるでしょ? 僕は情報屋なんだ。そっちのお医者さんのことも知ってるよ。──カレル・ギルトナー。リーゲル・エラルド医師の下で医学を学んだんだってね。能力は医者向きでとても便利そうだ。……しかし、君の生い立ちには謎が多い。興味があるなぁ」
「……おれの、生い立ち……」
カレルは考えるように目を伏せた。カレルとしても、自分自身の生い立ちはとても気になるところだろう。影の秘密に関わってくるかもしれないしな。
「……俺達の情報を得意気に披露して、結局何が言いたい? 俺に勝てるとは思っていないだろう」
目の前の少年からは、戦えるような雰囲気を感じない。情報屋、というのは本当なのかもしれない、と思う程戦い慣れていなさそうな気配を感じる。戦いよりも、言葉と知識で生き抜いてきたような、そんな感じがした。
「ああごめんごめん。別に傷つけるつもりはなくてさ。君が本当に強いのか見極めたかったんだよね。……うん、合格」
「急に初めて会った奴に、合格と言われてもな……」
「うん、まあそうだろうね。……でもさ、これならどう?──ルイス・ローザー。君が騎士を辞めた理由を知っていると言ったら? それをばら撒かれたい?」
「……情報がそう簡単に漏れるわけ、」
「とある高貴な人に、騎士見習い時代から執着されてたでしょ。そしてそれは今も変わらない。だからこんなところで身を隠している。──違う?」
……何故。何故それを知っている? 思わずたじろいでしまい、そのせいで少年の言葉に肯定したも同義となってしまった。
アデル様が──今はもう結婚して王族となったあの人が、情報を統制しているはずだ。それなのに、どうして。こんなに若い少年が、それを。
「ちょっとヘマをして、僕が本当に危なかったのは事実だけど、最近一緒にいるって噂の君達に助けられたのは僥倖だった。逃げる時にこの周辺のルートを使ったら、人助けが大好きな君達が助けてくれるかもと思ったんだよねえ。いやあ、本当に僕は運が良い」
少年は大仰な仕草で俺達との出会いに感謝するような身振りをしてみせた。敵対する意思は感じない為、剣に添えていた手は下ろす。しかしカレルを庇うように前に立ったまま、だ。
「……俺達に何を望んでいる?」
「あは、話が早くて助かるよ。──ルイス・ローザーには僕の護衛と、君に無体を働いたとある高貴な人の断罪への協力。僕もあの人にはどうしても返したい借りがあってね。カレル・ギルトナーには僕の治療と、君の影と一族の秘密を解き明かすことの協力だ。情報屋だから、持つ情報は多ければ多いほどいいし、国家機密レベルの情報を握れるのは価値がありすぎる。──さあ、君達はこれに興味ない?」
あるでしょう、と少年は笑いながら──突然20代くらいの青年へと姿を変えた。……成る程、これが彼の能力か。
「勿論、興味はある。……カレルはどうだ?」
「おれも、……興味は、あります。ずっと人の影を喰べないと生きていけないなんて御免ですし……自分についているこの得体の知れない影の正体がなんなのかは、知りたいです」
「そうか、わかった。なら、協力するということでいいか?」
「……はい」
頷いたカレルに、俺も同じように返す。カレルが俺と同じ気持ちなら、迷うことはない。この少年──いや、青年がどんな人物であれ、俺達が喉から手が出るほど欲しい情報をこの青年が少しでも持っているならば……少々危険でも、チャンスを逃したくはない。今はこの青年が持つ情報以外、手がかりが殆どないのだから。
「……協力するのはいいが、条件がある。──断罪より先にカレルの件を先に解決することだ。あの人のことは急ぐものでもないだろう?」
「……まあ、確かにね。それくらいの条件ならいいだろう。僕は今まで手に入れていた情報と、今接してみた君達の人となりから、信用に値するだろうということがわかった。しかし君達はそうではないでしょう? ……だからまずは僕を信じてもらうことにするよ」
そう言うと、青年の姿から今度は30代位の男性の姿に変わった。彼が言うに、性別は変えられないが、見た目の年齢や髪色、瞳の色を自由に変えられる能力らしい。確かにこの能力であれば、あらゆる場所にあらゆる姿で潜入して情報を引き出すのは容易だろう。
「僕の能力の説明はこれでいいとして、次はカレル・ギルトナー。君の生い立ちに関わるかもしれない情報を話すよ。──消えた一族って、知ってるかい?」
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