影なら一つになるだろう〜抱いて、抱かれて、喰べられて〜

Laxia

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1章. 出逢いと影

4. 騎士と軍人

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「ああ、頼む。……貴方の方に変わりはないのか?」

 カレルが寝台に横になっている俺の手に触れる。その瞬間、何かを探られているような感覚に肌が粟立った。慣れるまで嫌だな、この感覚。……さて、一体俺は何を奪われたのか。

「おれは……ううん、飢餓感……が減ったというか……。いつもどれだけ食べてもお腹が満たされないんです。それが少し軽減されたような気も……?」
「……何だそれは、俺のことを知らぬ間に喰い尽くすなよ……? 貴方の影が入って来た時、病み上がりだからかもしれないが、全く抵抗できなかったし、声も出せなかった。対処法を考えないと、いつか……」

 ──いつか誰かを喰い殺すぞ。その言葉は、流石に口から出なかった。仮定の話だし、とりあえず指摘されたのが初めてということは、俺はカレルの影に一番襲われた人間で……ある程度気に入られたのだろう。まず喰われるのが俺からなら、俺が出来る限りカレルから離れなければ、他への被害は減らせる筈だ。

「ルイスが、いなくなるのは嫌ですね……。こんなに綺麗な薄水色の髪と青色の瞳、初めて視ましたし」
「……口説いてるのか?」
「そ、そんなつもりは……?!」
「わかってる、冗談だ。……で、俺が奪われたものはわかったのか?」
「そう、ですね……。口、開けてもらってもいいですか?」
「? ああ」

 あまり身体と恋愛の経験がなさそうだな、カレルは。カレルが悪いわけではないのだが、流石に初対面の人間の前でイったのは恥ずかしくて、ついからかってしまった。……そんなことを考えながら口を開けると、何か器具のような冷たいものが舌に触れた。

「ん」
「ああ、やっぱり……。異常があるのは舌ですね。なら恐らく……」
「……味覚か?」
「かも、しれません。確かにルイスが最初に起きた時はこんな異常はありませんでしたから、貴方の言う通り、本当におれの影がやったのでしょう。……すみませんでした、一体、どうお詫びをすれば……」
「いや。生憎と色々失うことには能力で慣れているから問題ない。……ただそうだな……、コーヒーの味が感じられないのは、少し寂しい。悪いが取り戻すのを協力してくれると助かる」
「それは勿論! 寧ろおれが……」

 ……何だか湿っぽい空気になってしまったな。小さく溜息を吐いて、カレルに手を伸ばす。うん、このあたりが頭か。わしゃわしゃ、とそんなに手触りが良いわけでもないが悪いわけでもない髪を撫でると、彼は情け無い声を上げる。ふふ、面白い。からかい甲斐のある奴。

「そんなに気にするな。手当をしてもらった恩がある。……一応、本当に味覚がなくなったのか確かめても良いか? 何でも良い、味があれば飲み物でも食べ物でも。あるか?」
「あ、……はい、そうですね。コーヒーを淹れてきます」

 うと、うと。彼を見送った後、横にずれていたブランケットのようなものを引き寄せる。段々眠くなってきたし、例え味がしなくてもカフェインが摂れるのはありがたい。身体は相当怠いが、寝ないように起き上がっておくか。……ああ、頭がぐらつく。

「ルイス! 一人で起き上がって大丈夫なんですか? 言ってくれたら、支えたのに」
「これくらいで動けなくなっているなら、とっくに戦場で死んでる。……言ってなかったな、俺は軍人だ。カレルを助けたのも職務の一環で、週のノルマは達成しているから暫くは暇だよ」

 髪の右側をかき上げると、軍人の証であるナンバーがそこに記されている。俺のナンバーは0452。頭を怪我していない限り、ここは治療の為にわざわざ見るところではないからな、気づかなかったのだろう。へえ、と物珍しそうにカレルがそこを撫でるから、くすぐったくて彼の手を掴んだ。

「くすぐったい」
「あ、すみません……! お待たせしました、コーヒーを。一人で飲めますか?」
「ああ、渡してくれさえすれば大丈夫だ」

 カップが近づいてきた気配を感じて、それを持つ。ああ、目覚めた瞬間に嗅いだ、安っぽい匂いだ。ゆっくりカップの縁に口を付けて、中のコーヒーらしき液体を飲み込む。……うん、全く味がしない。

「どうですか……?」
「何も味がしない。奪われたのは味覚で間違いないようだ。……さて、どうするか……」

 持っていたカップは、彼の手が伸びてきた気配を感じたからそっと渡す。ノルマを達成した今週は良いにしても、来週からは仕事を再開しないとまずいだろう。

 ──この世界では、都市や街の門を影から守ったり、人間同士の諍いを仲裁するなどの治安維持をする者を騎士、戦闘能力に優れ、影の討伐に特化した者達を軍人、と呼ぶ。
 俺以外にもこの街周辺を守る軍人はいるが、騎士と違って軍人はノルマを達成したらもう働かない奴が多い。騎士は国に仕えており、名誉と必要最低限の報酬をもらっていて身を粉にして働くが、軍人は国に雇われているだけで、各個人に決められた影の討伐数のノルマを守ってそこそこ高い報酬を受け取って、後は悠々自適に暮らしているからだ。
 正直、騎士は弱くても長時間の勤務をこなすことさえできればなれるが、軍人は強くないとなれない。というか、なっても食っていけない。ノルマを達成できなかった軍人には報酬の減額や降格処分があるからだ。

「金なら今まで働いて貯まった分があるから当分大丈夫なんだが、俺が来週働けないとなるとこの街の守りが俺一人分薄くなる。騎士が頑張ってくれればいいが、お世辞にもこの街の──レイゾルテの騎士は強いとは言えないからな……」
「ああ……。先週も、騎士が止められなかった影の被害に、街の人が何人か遭っていましたね。治療を二人ほど引き受けたので、覚えています」
「そうなんだよ……。その時は互いにお疲れ様、だな」

 俺もその時討伐に加わっていたから騎士達の戦いぶりは知っているし、そもそも今回カレルが影に襲われていたのも騎士達が守りを突破されたせいだ。

「来週はまだ満足に足を動かせないだろうし、視覚は戻るにしても味覚がとられている以上、対価として差し出せるものが少ないな……。もし影が大量に来るような緊急事態が起きたらまずい。味覚はなくても戦闘に影響しないから結構対価として便利だったんだが……」
「なら色々、試してみるしかないですね……。貴方の足は本当は一週間くらい安静にして欲しいところなのですが、というのは今は置いておいて。ええと、言いにくいんですが、ルイスはおれの影に襲われて、イってしまった瞬間に味覚を奪われたんですよね……?」
「……正確には、俺が襲われたんじゃなくて俺の影が襲われたんだが、大体そうだ。最初は気持ち悪さとか、痛みの方が強かったんだが、中々俺の影に干渉できなかったからか今度は……その……」

 ここから先は言いたくない。しかし、状況を伝える為に言わなければならないということが何とも恥ずかしい。意を決して、しかし顔は覆って、呟くように言った。

「腹の中に、触れてきて。段々……気持ち良くなって。そうして俺の頭が快楽で混乱してきたところに、奥まで……入れられて、頭を撫でられているような感覚と、腹の中をぐりぐりと弄られるような感覚で、イってしま、って……何を言わせられているんだ……」

 できることなら今すぐに死んでしまいたいくらいの羞恥に、顔が火照る。どうにもカレルには格好悪いところばかり視せている気がするな。格好良かったのは最初に彼を助けた時だけか……。悲しくなってきた。
 ……待てよ?

「カレルの影が俺を気持ち良くすることで俺の影に干渉できたなら、逆は?」
「え」
「なあ、……試してみるか?」

~*~
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