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1章. 出逢いと影
1. 視覚
しおりを挟む夢を、見た。
金色の綺麗なものが、傷つけられそうになる夢。だから俺は、走って、走って、手を伸ばして。黒い靄のようなバケモノ達を、吹き飛ばして。ああ、やっと届く──。
「──……」
──コーヒーの香りがする。安いコーヒーの匂い。いくらか紛い物も混ざっていそうな安っぽい匂いだ。それに、何だか消毒液のような臭いもする。それらが混ざって、正直良い匂いとは言えない有り様だ。
加えて、何かをコトコト煮込むような鍋の音が聞こえる。かちゃかちゃと医療器具を弄るような音も。嘘だろ、センスのなさしか感じない。全部同時進行でやっているのか?
「──う」
あまりの臭いに気分が悪くなってきた。その呻くような声を聞いてか、そこにいる人物が驚いたような声をあげてこちらへ向かって来るのがわかる。こんな感じで目覚めるのはいつものことだから大体わかってはいるが、俺はどうしてここにいるのだろうか。
しばらくして、目の前に気配がひとつ。
「大丈夫ですか?」
「──じゃない」
「え?」
「大丈夫じゃない……から、とりあえず、換気を、して」
喋ると余計に吐きそうだ。どうやら寝台のようなものに横になっているらしいが、よくわからない。とにかく気分が悪くて悪くて、仕方がない。
恐らく声から判断するに、俺を助けてくれた“彼”は飛び上がるようにして窓を開けに行ったようだ。落ち着いてくれ。窓を開けたような音の後、今度はバタバタという急いで駆けてくるような音がして、彼が戻ってきた気配を感じた。
「すみませんでした。気が回らなくて」
「いや、いい……。助けて、くれたんだろう。俺はルイス。ルイス・ローザーだ、ありがとう」
「いえ、元はといえばおれがまず助けてもらった側なので……。おれは、カレル・ギルトナーです。こちらこそ、ありがとう」
ひとまず寝台のようなものから身体を起こして、感謝を。ぎしりという音がなった事から、そんなに新しいものではなさそうだ。まあ、コーヒーの匂いだけで何となく質の良い部屋ではないことはわかっている。お辞儀をしたつもりだが、身体が重くて上手くいったかわからない。
「あの……」
「……何だろうか? そんなに遠慮しなくても、助けてくれたのだから、できる限りの質問には答えるよ」
「では、その──失礼ですが、もしかして、目が視えてないんですか」
それは確かに質問の形をしていたが、疑問ではなかった。ほぼ確信を持った問いかけに、俺は苦笑して答える。
「ああ──そうだよ」
目の前は、確かに真っ暗だ。しかしそこにいるであろう気配が、僅かに息を呑んだのは、視なくてもわかった。
~*~
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