上 下
1 / 36
1章. 出逢いと影

1. 視覚

しおりを挟む

 夢を、見た。

 金色の綺麗なものが、傷つけられそうになる夢。だから俺は、走って、走って、手を伸ばして。黒い靄のようなバケモノ達を、吹き飛ばして。ああ、やっと届く──。


「──……」

 ──コーヒーの香りがする。安いコーヒーの匂い。いくらか紛い物も混ざっていそうな安っぽい匂いだ。それに、何だか消毒液のような臭いもする。それらが混ざって、正直良い匂いとは言えない有り様だ。
 加えて、何かをコトコト煮込むような鍋の音が聞こえる。かちゃかちゃと医療器具を弄るような音も。嘘だろ、センスのなさしか感じない。全部同時進行でやっているのか?

「──う」

 あまりの臭いに気分が悪くなってきた。その呻くような声を聞いてか、そこにいる人物が驚いたような声をあげてこちらへ向かって来るのがわかる。こんな感じで目覚めるのはいつものことだから大体わかってはいるが、俺はどうしてここにいるのだろうか。
 しばらくして、目の前に気配がひとつ。

「大丈夫ですか?」
「──じゃない」
「え?」
「大丈夫じゃない……から、とりあえず、換気を、して」

 喋ると余計に吐きそうだ。どうやら寝台のようなものに横になっているらしいが、よくわからない。とにかく気分が悪くて悪くて、仕方がない。
 恐らく声から判断するに、俺を助けてくれた“彼”は飛び上がるようにして窓を開けに行ったようだ。落ち着いてくれ。窓を開けたような音の後、今度はバタバタという急いで駆けてくるような音がして、彼が戻ってきた気配を感じた。

「すみませんでした。気が回らなくて」
「いや、いい……。助けて、くれたんだろう。俺はルイス。ルイス・ローザーだ、ありがとう」
「いえ、元はといえばおれがまず助けてもらった側なので……。おれは、カレル・ギルトナーです。こちらこそ、ありがとう」

 ひとまず寝台のようなものから身体を起こして、感謝を。ぎしりという音がなった事から、そんなに新しいものではなさそうだ。まあ、コーヒーの匂いだけで何となく質の良い部屋ではないことはわかっている。お辞儀をしたつもりだが、身体が重くて上手くいったかわからない。

「あの……」
「……何だろうか? そんなに遠慮しなくても、助けてくれたのだから、できる限りの質問には答えるよ」
「では、その──失礼ですが、もしかして、目が視えてないんですか」

 それは確かに質問の形をしていたが、疑問ではなかった。ほぼ確信を持った問いかけに、俺は苦笑して答える。

「ああ──そうだよ」

 目の前は、確かに真っ暗だ。しかしそこにいるであろう気配が、僅かに息を呑んだのは、視なくてもわかった。

~*~
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

処理中です...