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 ぐいっと腕を引かれて、ぐらっと体が揺れたと思ったら温かいものに包まれていた。

「大丈夫?」

 目の前にあるのは真っ白な布。
 耳元をくすぐる高くて耳障りの良い風鈴の音に、僕は息を飲み込んだ。先程まで過呼吸が起きていただろうに、あっという間に収まった。信じられないという気持ちと落胆に苛まれながら、僕は何もなくなった手を宙に彷徨わせる。どこに行けば良いのか分からない。どこを目指せば良いのか分からない。震える手は闇雲に動いて宙を切って、その度に身体がカチコチに凍ってしまう。

「ねえ、目を開けて弾いてよ」
「?」
「わたし、あなたのその綺麗な翡翠色の瞳を見ながら踊りたい!!だから、目を開けて弾いて“お願い”!!」

 彼女はにっこりと笑って宙を彷徨い歩いていた僕の手をパシっと掴んだ。
 僕は彼女のお願いに弱いから、こうされると断れない。
 原っぱに落ちているヴァイオリンと弓を拾い上げて、僕はもう1度構える。もちろん、今度は目を閉じない。目を閉じず楽器を弾くなんていつぶりだろうか。うきうきと顔を輝かせる彼女の顔を見るたびに、楽器を握っているという実感を得るたびに、僕の心臓はどくどくと痛む。苦しいのにどこか楽しいと感じている自分がいて、それが不思議で、自分の手があることに感謝する。

「さぁ、弾き語る時間だ」

 1音目は柔らかく、2音目は情熱的に、3音目は強弱をつけて。
 目の前で舞い踊る彼女の動きに合わせて、僕は即興で楽譜を展開する。頭の中に広がる楽譜は誰かの作ったものでも、過去に聴いたものでもない。ただ、僕が彼女を思って彼女の音だと感じた音。

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読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈

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