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 木の下という憩いの場所に向かうために、街の中心部にあるスポーン地点から歩く。途中の露店で手の込んだ花を買って、いく途中で見つける野花を千切って、花束をだんだんに大きくしながら、僕は畦道を歩く。

 木の下には、いつも彼女が立っている。
 だから、僕はまだ見えぬ彼女に向かって歩く。

 艶やかに広がる彼女の髪が、現れてはパチンと簡単に消えてしまう淡く儚いシャボン玉みたいな香りがする彼女の静謐な雰囲気が、鳥と一緒に駆け回る空気に乗って、花束を抱えた僕の方に走ってくる。その髪を、その雰囲気を感じるたび、僕は全てを忘れて、花と草を踏み締めてぶちぶちと草が千切れる感触を靴裏で感じながら、原っぱの上を走る。彼女はそんな僕を見るたびに、仕方がない子供を見るかのような表情をして、息を整えるために肩を揺らす僕の顔を覗き込んでふぎゃっと僕の鼻をつまむ。
 その腰まで伸びるまっすぐな黒髪に、日焼けを知らぬ雪の肌に、顔の中心部を流れる高い鼻梁に、ころっとした飴玉みたいに大きな黒曜石の理智的な瞳に、ぷっくりとさくらんぼみたいなくちびるに、僕の全てが引き寄せられる。

「お花さんは踏み潰しちゃダメなんだよ?」

 小さな子供に言い聞かせるみたいに、僕の顔を真正面から覗き込んだ彼女は風鈴みたいに涼やかな声を僕の耳に届ける。聞き分けがない子供に言い聞かせる優しいお母さんみたいな彼女は、真っ白なフレアワンピースを風に靡かせてぷりぷりと怒る。
 でも、可愛すぎて僕はそのことばかりに気を取られてしまう。怒っているところでさえも可愛いと感じる僕は重症だ。

「ちゃーんと分かってるって」

 何度も何度も繰り返される会話。
 その愛おしさに、寂しさに、苦しさに、僕はくしゃっと笑う。

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読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈

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