81 / 95
番外編① (3)
しおりを挟む
くちびるを淡く引っ付けて、永遠にも感じられる時間を経験した結菜は、陽翔の頬を白磁のように白く滑らかな指で包み込む。
「わたしは、———あなたのいない天国よりも、あなたのいる地獄を選びます」
この世の何よりも幸せそうに、桜の花弁が舞い落ちるように淡く儚く美しく微笑んだ結菜は、けれど、誰よりも諦められないと言わんばかりに彼の額に自らのそれをくっつける。
「あなたが居ない未来なんて、世界なんて、………死んでいるも同然です」
結菜は知っている。
人の温かさのないモノクロの世界を。
「多くの人は、わたしの選択を愚かなものであると罵るでしょう。非難するでしょう。………軽蔑するでしょう。何故お家を継がないのかと、苦労する道を選ぶのかと責め立てるでしょう」
陽翔が申し訳なさそうに瞳を閉ざす。
「でも、それで良いのです。今現在、わたしはわたしの欲望に従って生きています。全てが自己責任となる現状は、世間知らずのわたしにとっては、とってもとっても厳しいもの。恋は人を愚かにするのです。愚かにならない恋なんてない」
にっこりと笑った結菜は彼の肩に自らの顔を埋め、自らの全てを殺して生きてきた10年を想う。
「わたしはずっとずっと苦しかった。生きている意味が分からなくて、悲しくて、さびしくて、病院長の命令が絶対の世界で、冷たい視線やわたしを特別な人間として見る視線のみに晒される世界で、ただただ人形であるように自分に言い聞かせて生きてきました。息をしている心地すらしなかった。いっそのこと家名に泥を塗ることがないのであれば、死んだ方がマシだと想うことも何度もありました」
結菜はお風呂でカミソリを片手に立ち尽くした日々を思い出し、そうっと彼の手に自らのそれを乗せて優しく繋ぐ。
「………でも、あなたと“恋人”になってからは、明日が楽しみになったのです。何度も何度も明日なんて永遠に来なければいいと願っていたわたしが、明日を願ったのです」
彼が嗚咽をこぼしているのが聞こえる。
繋いでいない方の力の入っていない手で頭を押さえられた結菜は、彼の胸を優しく撫でながら、微笑を浮かべた。
「………わたしにとって、恋は、あなたは、最大で最高の“お薬”なのです」
結菜の言葉に、彼はこくりと唾を飲み込む。
「わたしはあなたがいなかったら死んでしまます。どうかわたしを、殺さないで………、」
耳元で囁いた結菜の懇願を彼はどう思ったのだろうか。
何も答えてくれない陽翔に、結菜はどこまでも弱々しい声で呟く。
「あなたのご病気も、恋のお薬で治ったらいいのに………、」
*************************
読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈
「わたしは、———あなたのいない天国よりも、あなたのいる地獄を選びます」
この世の何よりも幸せそうに、桜の花弁が舞い落ちるように淡く儚く美しく微笑んだ結菜は、けれど、誰よりも諦められないと言わんばかりに彼の額に自らのそれをくっつける。
「あなたが居ない未来なんて、世界なんて、………死んでいるも同然です」
結菜は知っている。
人の温かさのないモノクロの世界を。
「多くの人は、わたしの選択を愚かなものであると罵るでしょう。非難するでしょう。………軽蔑するでしょう。何故お家を継がないのかと、苦労する道を選ぶのかと責め立てるでしょう」
陽翔が申し訳なさそうに瞳を閉ざす。
「でも、それで良いのです。今現在、わたしはわたしの欲望に従って生きています。全てが自己責任となる現状は、世間知らずのわたしにとっては、とってもとっても厳しいもの。恋は人を愚かにするのです。愚かにならない恋なんてない」
にっこりと笑った結菜は彼の肩に自らの顔を埋め、自らの全てを殺して生きてきた10年を想う。
「わたしはずっとずっと苦しかった。生きている意味が分からなくて、悲しくて、さびしくて、病院長の命令が絶対の世界で、冷たい視線やわたしを特別な人間として見る視線のみに晒される世界で、ただただ人形であるように自分に言い聞かせて生きてきました。息をしている心地すらしなかった。いっそのこと家名に泥を塗ることがないのであれば、死んだ方がマシだと想うことも何度もありました」
結菜はお風呂でカミソリを片手に立ち尽くした日々を思い出し、そうっと彼の手に自らのそれを乗せて優しく繋ぐ。
「………でも、あなたと“恋人”になってからは、明日が楽しみになったのです。何度も何度も明日なんて永遠に来なければいいと願っていたわたしが、明日を願ったのです」
彼が嗚咽をこぼしているのが聞こえる。
繋いでいない方の力の入っていない手で頭を押さえられた結菜は、彼の胸を優しく撫でながら、微笑を浮かべた。
「………わたしにとって、恋は、あなたは、最大で最高の“お薬”なのです」
結菜の言葉に、彼はこくりと唾を飲み込む。
「わたしはあなたがいなかったら死んでしまます。どうかわたしを、殺さないで………、」
耳元で囁いた結菜の懇願を彼はどう思ったのだろうか。
何も答えてくれない陽翔に、結菜はどこまでも弱々しい声で呟く。
「あなたのご病気も、恋のお薬で治ったらいいのに………、」
*************************
読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。


【完結】お姉様の婚約者
七瀬菜々
恋愛
姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。
残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。
サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。
誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。
けれど私の心は晴れやかだった。
だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。
ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる