68 / 95
69 絶望
しおりを挟む
「どいて、」
「きゃっ、」
彼の身体を呆然と握りしめていた結菜の身体が、ベリッと剥がされて床に叩きつけられる。誰がやったのか、誰が動いたのか分からなかった。けれど、目の前に現れた見慣れた恐怖の象徴たる背中に、結菜は結菜を突き飛ばした犯人が唯斗であったことに気づいた。
「脈は………、あるな。そこのお姉さん、救急車をお願いします」
冷静な判断力で指示を出した唯斗は、強い力と大きな声で陽翔の意識を呼ぶ。
「大丈夫ですか、大丈夫ですかっ、大丈夫ですか!!」
けれど、陽翔の意識が戻ることがないし、それどころか彼から流れ落ちる冷や汗は増してきている気がする。顔から血の気が引いていくのを感じながら、結菜は呆然と彼の近くで座り込んでしまう。幼い頃から大病院の医院長の娘として、緊急時の応急処置の仕方はしっかりと叩き込まれていた。なのに、結菜は大事な場所で、最も行わなければならない場所で、何もできない。
遠くから救急隊員が走り寄る足音が聞こえる。その地響きのような揺れに、振動に、結菜はビクッと肩を跳ねさせる。
「逃げろ」
「にい、さん………?」
「こいつと2度と会えなくなっていいならここに残れ。そうじゃないなら、ーーー逃げろ」
言いたいことの意味は分からない。けれど、結菜はただただ一生懸命に足を動かしてその場を逃れた。意味がわからない。先ほどまでは確かに人生最高潮の幸せにいたはずなのに。それなのに、いつのまにかどん底まで突き落とされてしまった。結菜には全て理解できなかった。けれど、本能は分かっていた。もう、この幸せが戻ってくることなんてないって言うことを。
目から溢れる涙を拭うこともせず、結菜は店の入り口でタクシーを拾って家の住所を伝える。ただただ早く、ベッドに潜り込みたかった。絶対不可侵の自分だけの領域に逃げ込みたかった。外の世界は結菜にとって全てが敵だ。蹴落とすための道具であり、生き残るための手段。そのはずなのに、そのはずだったのに、結菜は知らず知らずのうちに愛してしまった。そとの世界という自由を、味わってしまった。
「こんなんだから、わたしは馬鹿なのです………。“恋”なんてくだらないものに生きるんじゃなかった………………」
無駄に豪奢な家に帰宅した結菜は、天蓋付きの大きなベッドに頭からダイブする。無駄に溢れてくる涙は止まるところを知らない。泣いて泣いて、いつしか眠りの世界という最大の逃げの世界へと結菜は駆け込んだ。
*************************
読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈
「きゃっ、」
彼の身体を呆然と握りしめていた結菜の身体が、ベリッと剥がされて床に叩きつけられる。誰がやったのか、誰が動いたのか分からなかった。けれど、目の前に現れた見慣れた恐怖の象徴たる背中に、結菜は結菜を突き飛ばした犯人が唯斗であったことに気づいた。
「脈は………、あるな。そこのお姉さん、救急車をお願いします」
冷静な判断力で指示を出した唯斗は、強い力と大きな声で陽翔の意識を呼ぶ。
「大丈夫ですか、大丈夫ですかっ、大丈夫ですか!!」
けれど、陽翔の意識が戻ることがないし、それどころか彼から流れ落ちる冷や汗は増してきている気がする。顔から血の気が引いていくのを感じながら、結菜は呆然と彼の近くで座り込んでしまう。幼い頃から大病院の医院長の娘として、緊急時の応急処置の仕方はしっかりと叩き込まれていた。なのに、結菜は大事な場所で、最も行わなければならない場所で、何もできない。
遠くから救急隊員が走り寄る足音が聞こえる。その地響きのような揺れに、振動に、結菜はビクッと肩を跳ねさせる。
「逃げろ」
「にい、さん………?」
「こいつと2度と会えなくなっていいならここに残れ。そうじゃないなら、ーーー逃げろ」
言いたいことの意味は分からない。けれど、結菜はただただ一生懸命に足を動かしてその場を逃れた。意味がわからない。先ほどまでは確かに人生最高潮の幸せにいたはずなのに。それなのに、いつのまにかどん底まで突き落とされてしまった。結菜には全て理解できなかった。けれど、本能は分かっていた。もう、この幸せが戻ってくることなんてないって言うことを。
目から溢れる涙を拭うこともせず、結菜は店の入り口でタクシーを拾って家の住所を伝える。ただただ早く、ベッドに潜り込みたかった。絶対不可侵の自分だけの領域に逃げ込みたかった。外の世界は結菜にとって全てが敵だ。蹴落とすための道具であり、生き残るための手段。そのはずなのに、そのはずだったのに、結菜は知らず知らずのうちに愛してしまった。そとの世界という自由を、味わってしまった。
「こんなんだから、わたしは馬鹿なのです………。“恋”なんてくだらないものに生きるんじゃなかった………………」
無駄に豪奢な家に帰宅した結菜は、天蓋付きの大きなベッドに頭からダイブする。無駄に溢れてくる涙は止まるところを知らない。泣いて泣いて、いつしか眠りの世界という最大の逃げの世界へと結菜は駆け込んだ。
*************************
読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
2番目の1番【完】
綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。
騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。
それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。
王女様には私は勝てない。
結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。
※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです
自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。
批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる