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65 幸せもの

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「いただきます」

 結菜は穏やかな声を出してからお弁当箱の中身を端でつまむ。猫らしき形をしたご飯は塩辛いし、中に入っていた梅干しは結菜の知っているものとは大きく異なっていてびっくりするぐらいにしょっぱかった。スクランブルエッグ溶かした卵焼きやボロボロと崩れる唐揚げ、無惨に切り裂かれたウインナーは焦げていて炭の味がするし。野菜も切り刻まれすぎておかしな味がするものもある。けれど、何故か今までに食べたどんなものよりも美味しい気がした。
 結菜の瞳からぽろりと一筋に涙が溢れおちる。

「!? や、やっぱり不味いよな。はやくぺってしろ。ぺ!」

 そのなんとも子供っぽう言い草が可愛くて、結菜はクスっと笑ってしまう。

「違いますよ。美味しいなと思っただけです」

 涙を啜りながら歪な笑みを浮かべた結菜は、幸せを彼氏と作ったお弁当と一緒に噛み締める。噛み締めれば噛み締めるほどに幸せはお口の中いっぱいに広がって、心がぽかぽかと満たされる。結菜は今絶対に、ここにいる誰よりも幸せだ。間違いない。間違いなんてあってはならない。だって、こんなにも心が温かい。身体に活力が満ちている。こんなに幸せで仕方がないのに、結菜が1番じゃないわけがない。

「わたしは、誰よりも幸せものです」

 自分は誰よりも恵まれていると思っていた。
 そして、誰よりも不幸だと思っていた。
 けれど、今ならば断言できる。

 結菜は今、ーーー誰よりも恵まれていて、誰よりも幸福であると。

 誰よりも優しく、かっこよく、気遣いができる彼氏。
 そんな彼氏が作ってくれたお弁当。
 彼氏と共に出かけたデート先。
 そして、今は彼が買ってくれたピアスの刻印の待ち時間だ。

 幸せじゃないわけがない。

 鼻をしゅんしゅんと啜る結菜は、頭のてっぺんを彼に擦り付けるように、陽翔にぐりぐりと頭突きっぽく抱きついた。巷ではこれを照れ隠しと言うらしいが、結菜にはやっぱりよく分からない。けれど、今この瞬間がとっても恥ずかしいのに幸せであることはちゃんとわかった。

(わたしは本当に幸せものです)

*************************

読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈

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