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64 初めての彼氏のお弁当

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「あそこのカウンター席で食おうか」
「………はい」

 言うことを聞いてくいれない腹の虫を恨めしく思いながら、何も聞かなかったことにして先を歩く彼に続いて結菜は繋いだ手を引っ張られながら、カウンター席へと向かい席についた。彼が手渡してくれたお弁当を丁寧に自分の座る席の前にある木製の薄い机の上に置く。普通の椅子よりも座高の高い椅子が落ち着かずにもぞもぞしながらも、結菜はぺこぺこになった自分のお腹を早く満たしたくて、なんだかウズウズしてしまう。

「………味と見た目は保証しない」
「ふふっ、知っていますよ。あなたが料理を不得意としていることくらい」

 しっかりと風呂敷で包み込まれたお弁当を開けるために、結菜は風呂敷の結び目に手をかけた。硬く結ばれている風呂敷の結び目はなかなかに解けてくれない。ほんのちょっと苦戦しながら開くという作業はなんだかプレゼントを開けるみたいで、わくわくする。
 やっとのことで風呂敷を開けると、中からは男らしい素朴なお弁当箱が出てきた。学校でよく見かけたプラスチック製のお弁当箱。幼い頃は、何度もあのチープなお弁当箱で父や母が作ったキャラクター弁当なるものを食べることを夢見た。シェフが作ったとびきり美味しいお弁当が食べたかったわけでも、栄養満点なお弁当が食べたかったわけでもない。ただただ暖かな愛情のこもったお弁当が食べたかった。
 なんだかここ数日だけで幼い頃の夢が何個も何個も叶っているような気がする。夢にまで見るような幸福が、ここには存在している。

 だからこそ、結菜は怖い。この生活を失うことが、この幸福を失うことがーーー。

 ゆっくりとした手つきでお弁当の四方についている留め具を外してお弁当箱を開ける。かこんかこんというプラスチック特有のマヌケな音がなんだか楽しい。
 お弁当箱の蓋を開けると、中からは歪な猫らしき生き物とぐしゃっとしたおかずが現れた。彼らしい不器用な感じがなんだか愛らしい。結菜は目尻を下げてこれ以上ないくらいに幸福そうな顔をする。

「………さっさと食って見なかったことにしてくれ」

 悲壮感漂う彼の声に首を振った結菜は、穏やかに微笑む。

「無理です。このお弁当は、わたしの人生史上1番のお弁当ですから」

 見た目が大事なわけでも、味が大事なわけでもない。誰かが結菜のために、結菜のためだけに、お仕事とは別で作ってくれた、それがとっても大事なのだ。

 彼氏が初めて結菜に作ってくれたお弁当に、結菜の幸せは絶頂を迎えた。

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読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈

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