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54 初めて彼の前で泣く
しおりを挟む「今日は早いな」
「ほんの少し早く目が覚めたので。はるくんもお早いですね」
「弁当作りで早く目が覚めた」
「そうですか」
誰もいない教室に落ちる静寂が心地いい。どこまでも澄んでいて、息ができるお水の中でふわふわと浮かんでいるみたいだ。
「今日、1つお願いをしてもいいですか?」
「ん?」
勝手に結菜の隣の席に腰掛けた彼の方を向くと、陽翔は机に頬杖をついて首を傾げていた。その無防備な姿に、なぜか胸が高鳴る。
「学校の授業をサボってみたいです」
「どこで?」
「………どこならサボれますか?」
「ん~、保健室が狙い目かな」
「そうですか。ちょっと楽しそうです」
くすくすと笑う結菜に、彼はゆっくり瞬きする。
「授業、真面目に受けるのやめたの?」
「はい。もう無駄ですから。多分、今週末をもってわたしは退学になります。よくて転校でしょう。双葉の家の嫁になるというのはそういうことです」
「意外だな。医者になるんじゃないのか?」
無表情なのにきょとんとした表情をした陽翔に、結菜は何もかもを諦めたような笑みを浮かべる。
「そういう場合が多いですが、わたしの場合は逃げることを防止するために、翼になる可能性があるものは全てもがれるでしょう。だからこそ、学歴も中卒にしたがるはずです。わたしの高校生活は、いいえ、学生生活は間も無く終わりを迎えるでしょう」
遠い世界を見つめるように、結菜は目を細めて彼の顔を見つめる。
「そうなったわたしは、果たして生きているのでしょうか。翼を持たぬ鳥が死んだも同然であるように、わたしも死んでいるも同然になるのでしょうか」
声が、音が。全てがひび割れてガラガラになっていく。
「わたしは、あなたとのたった1週間といえどもとても幸せな日々を、笑って思い出にできるのでしょうか。わたしは、この1週間を幸せな思い出として、唯一の幸せだった日々として、墓場まで持って行く気でした。でも、幸せを実感すればするほどに、わたしはどんどん貪欲になって行く。もっともっとと幸せを追い求めてしまう。わたしは、ただただ与えられるだけの、翼をもがれた惰性的な日々に、………耐えられるのでしょうか」
目の前には膜が張っている。
もう何年も前に忘れ去ったはずの水が、枯れ切ったはずの水が、いつのまにか満たされて、そして崩壊していく。
目から溢れる水が、雫が、妙にしょっぱい。こんなものだったっけと思うと同時に、陽翔の手が結菜の目元に触れる。
「耐えなくてもいい。逃げてもいい。ただ、それがお前にとって苦痛でない道であれば、それでいい」
ふわっとチョコレートみたいにとろけた微笑みは、結菜の心を陥落させる。どろどろにとろけて、ダメになったチョコレートみたいに、結菜をダメにさせる。
「いい、の?」
「あぁ」
「逃げても、いいの?」
「あぁ」
「楽になっても、いいの?」
「あぁ」
「これ以上、わがままになっても、いいの」
「お前はそのぐらいでちょうどいい」
「っ、」
「好きなだけ泣けばいい。ここにはお前のことを咎める奴は誰もいない」
「うあああああぁぁぁぁぁあああああああ!!」
彼の胸にしがみついて、子供のように泣き叫ぶ。
幼き頃に泣けなかった分を取り戻すかのように、泣き方を知らない赤子のように、要求をぶつけるでもなく、喚くでもなく、ただただ純粋な涙を叫びを上げる。その絶叫は、結菜の心の荒んだ状況をそのまま表しているかのようだった。
結菜はこの日、初めて彼の前で泣いた。
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